『拍手オマケ小説健全サイド』

「いつになったら、俺は栄先輩の家にお邪魔できるんですかね?」
 話のついでみたいに言われ、栄一は思わず流してしまいそうになった。
 ここ最近、栄一は三角の家に入り浸っている。大学から近いというのもあるし、行けば三角が手料理でもてなしてくれるし、他にも色々と手を焼いてくれるからとにかく楽チンなのだ。悪いなあという気持ちもあるにはあったが、どうせ夜になれば嫌というほどお礼をさせられるので、この頃は あまり胸も痛まなくなっていた。
 だから、そんなことで悩んでいたなんて思いもしていなかったので、作ってもらった鳥とホワイトソースのドリアを口にふくんでから目を丸くした。
「何、来たかったの? 早く言えよ。いつでも連れてったのに」
「誘われる前に自分で言うなんて嫌に決まってるじゃないですか。男心が分かってませんね」
 俺も男だが。
 そう言ってやろうと思って見上げた三角は向かいに座り、栄一の方に手を伸ばすと口元についていた米粒を摘み己の口に入れた。年下の三角に子ども扱いされるのは少し恥ずかしいが、栄一は下を向くことでそれをごまかす。
「てか、俺なんかいつも来てるじゃん。それにお前とは、ホラ・・・」
 付き合ってる、とは未だに照れてすらりとは言えないでいる。そんな栄一の態度に三角は微笑みを投げるが、すぐにつまらなそうな顔になり頬杖を付いた。
「家ってのは一種のテリトリーですよ。いくら恋人とはいえ、勝手に入りたくはなかったんです」
 動きの止まった栄一の手からスプーンを奪い、一さじ掬って食べる。それを舌の上で転がすように吟味してから、もう一さじ掬うと今度は栄一の前に差し出した。殆ど反射のようにそれを口に入れ、栄一は美味しさに顔をほころばせた。
「お前って、変なとこ律儀だよなあ」
 あ、と口を開けておかわりをねだれば、程よく冷ましたドリアが運ばれる。至れり尽くせりな現状には、大分慣れてきた。
「栄先輩が大雑把なんだと思いますよ。いくら言っても未だにHの時しか名前で呼んでくれないし」
「そ、それは関係ないだろ・・・っ」
 真っ赤になって抗議したら、スプーンがずれて口の横にホワイトソースが付いてしまった。
「ああもう、暴れるからですよ」
 腰を上げ、机越しに栄一の顎を包みベロリと舐め上げる。
「ん、美味し」
 にこっと笑い、席に戻る。その余裕の態度の前で、栄一は服の裾で頬を拭きながら口ごもった。
「は・・・ずかしい奴」
「そうですか? とにかく、今度連れてって下さいよ」
 残り少なくなったドリアを集め、少し多い量の乗ったスプーンを栄一の前にかざす。
「分かったよ。片付けるから、今度の土曜日な」
 大きな口を開けて食べる栄一の前で、三角は子供のように喜んだ。

 迎えに行くと言ったのに、三角は地図を頼りに行くと言ってきかなかった。
「辿り着けたことと、玄関で迎え入れてもらうこと。二つもいいことがあるじゃないですか」
 栄一に地図を描かせている間ずっと浮かれていた三角は、こんなことをのたまっていた。こういうところは、まだよく理解できない。
 そんなこんなで約束の時間を五分ちょっと過ぎた頃、栄一はドアチャイムに呼ばれ玄関にまで迎えに出た。開けたら目の前にケーキの箱があって、それをずらした先で三角が笑っている。
「少し迷ってしまいました。これ、お土産です」
 にこにこ顔の三角は、着いたことが嬉しくて堪らないらしい。うきうきと中に入り、楽しそうに部屋中を見回している。
「面白いものなんて何もないぞ?」
「何言ってんですか。栄先輩の家ってだけで、楽しいんです」
「分かんねえなあ」
 本気で首を傾げ、ケーキを受け取ってから奥の低テーブルまで通した。
 普段は借家にしているという三角の家と違い、栄一の部屋はただの安アパートである。風呂とトイレは分かれてないし、キッチンのシンクも狭い。 片付けたのでまあ見られるものの、やはり少し恥ずかしい気持ちもあった。
「えっと・・・コーヒーしかないんだけど」
「いいですよ。俺がやりましょうか?」
「バカ。客は黙ってもてなされてろ」
 立ち上がりかけた三角を制し、キッチンに向かう。コーヒーといってもインスタントなのだが、まあいいかとお湯を沸かした。
「・・・で? 感想は?」
 ポットを火にかけてから三角の傍へ戻ると、相変わらず嬉しそうな顔で頷いた。
「嬉しいですよ。この空間にいつも栄先輩がいるのかと思うと、にやけます」
「変な奴」
 くすくすと笑って、それが治まる頃合った目が、真摯に栄一を見つめた。
「栄先輩・・・」
「あ、ほら! お湯沸くし!」
 漂いかけた空気をパンと手を叩くことで散らし、栄一は慌てて立ち上がった。今日は、流される訳にはいかない。
 三角が不機嫌になるだろうとは分かっていたが、どうしても譲れない気分だった。

 買ってきたケーキを、三角は全く食べなかった。理由は甘いものが苦手というもので、じゃあなんで買ったんだと訊けば、買ってみたかったので、とのこと。
「これを片手に地図を見て歩く・・・最高でした」
「・・・あ、そ」
 ますます理解できない。
 ちょっと引き気味の栄一だったが、三角の分のケーキも食べることができたのでよしとした。甘いものは好物である。
「ああ、またクリームつけて・・・わざとなんですか?」
 親指で拭い、今回は栄一の口に近付けた。促されるままクリームのついた部分を唇で食み、ちゅぷっと吸い上げて離れる。
「うるさいな。別にいいだろうが」
「いいですよ。そういうとこも、好きなんで」
 会話の流れに、栄一はまた危ないものを感じ目をそらした。それを過敏に感じ取り、三角が目を細める。
「さっきからなんか気に喰わないですね。何をビビってんですか?」
「・・・お前が、すぐエロい雰囲気に持っていこうとするから」
「付き合ってんだから当たり前でしょうが。それともなんですか? 本当はいつもヤリたくもなかったとか?」
「いや、そういう訳じゃなくて・・・」
 妙なことを言っているのは分かっていたが、内容に羞恥で熱くなることはなく、緊張で躯が冷えた。三角が怒るのは、嫌だ。
「好きなんだから求めるのは当然でしょう。怒りますよ」
「だ、だって・・・!」
 顔を上げると、説明を求める目に射抜かれた。観念して、正直なところを口にする。
「ここでやったら、いつも思い出しちゃうだろ・・・頭ん中、お前で一杯になっちゃうじゃん」
「そんなん俺はいつもあんたで頭が一杯ですがね。先輩、本当に俺のこと好きなんですか?」
「好、きだよ」
 ふうんと素っ気なく言われて、栄一は目を泳がせた。言いたくはなかった。でも、誤解されたままなのも困る。
「好きだよ。だから、お前がいないところでそんなこと思い出したら・・・我慢するのは辛いだろ」
 最後のほうはぼそぼそと小さくて聞き取りにくかったが、三角は一瞬固まって栄一の顔を凝視し、次の瞬間引き寄せて抱き締めた。
「ばっか、苦し・・・」
「ああもう、好きです先輩。マジ、好き・・・」
 唇はもとより、至る所にキスをしながら床に押し倒され、栄一はぎょっとした。
「ばか! 話聞いてんのかよ!」
「はい、聞いてます。理解もしました」
「なら・・・」
「栄先輩が我慢できなくなったら、すぐ飛んでいきますから。好きなだけ思い出してください」
 にっこりと言われ、栄一は全身の血の気が引くような気がした。

 昼間から夕方まで、そのあと夕食休憩を取ってから夜中までずっとヤリ通した。
 栄一が三回イった辺りから三角は抜こうとしなくなり、五回目以降はもう数える気も失せていた。しかもわざと色んな場所に担ぎ上げ連れていかれたから、家の中で三角との記憶が染み込んでいない場所はなくなってしまった。腰も足も感覚がなくなってきた頃、気を失うみたいにして眠りに就いた。三角はまだ起きていたようだから、ひょっとしたら栄一が覚えている以上のことをしていたかもしれない。しかし、目覚めた栄一にそれを知る由はなかった。
「・・・お前、最低だ」
「え? 最高ですよ」
 すっかり機嫌のいい三角は勝手に台所を使い簡単な朝食を作っている。朝日を避けるようにシーツにくるまっている栄一の目には、やけにすっきりした顔の三角が憎らしいものにしか映らない。
 シーツはごわごわだし躯の中も外も相当凄いことになっていたが、シャワーに立ち上がるのすら辛い。
 とりあえず中のだけは出したいともぞもぞしていたら、目の前にスープを差し出された。
「はい、栄先輩。食べられますか?」
「・・・喰う」
 正直食欲なんてなかったが、少しでも回復したくて差し出されたスプーンから一口飲んだ。コンソメの香りが鼻腔をくすぐり、温かさが全身に浸みるのが心地よかった。運ばれるままスープをすすり、喉を上下させる。
「・・・う、」
「栄先輩?」
「・・・中、出てきた」
 締める力も残っていない。少し上げた所為で太股を流れる感触が気持ち悪くて、その原因である三角を睨む。
 すると三角は皿を台所に戻し、両手を付いてその気持ち悪さに耐えている栄一をふわりと担ぎ上げた。
「お風呂にお湯溜めておいたんですよ。洗えないんで、とりあえず出すだけ出して温まってください」
「出すだけ・・・」
 栄一が青ざめた言葉の通りを実行し、ぐったりしたところを浴槽に残し三角は洗濯を始めた。
 結局三角の家にいる時となんら変わらない待遇に、軽く笑ってしまう。
「三角。おい、みす・・・渓夜!」
「はい?」
「・・・お前な。まあいいや。テレビの横に棚あんだろ。・・・そう、それ。その一番上の引き出しに入ってるやつ、やるよ」
 カタコト音がして、そのあと一瞬静かになったと思うとすぐドタバタとうるさい音を立てて三角が駆けてきた。カーテンを勢いよく開けたので、溜まっていた湯気が解放される。
「こ、これ・・・っ」
「喜ぶか分かんないけど。いつでも来てくれるんだろ?」
「喜ぶに決まってるじゃないですか。俺・・・もう、あー・・・好きです、栄一さん」
 照れ隠しに言った言葉を真剣に返され、赤面する栄一を濡れることも構わず掻き抱いた。お湯の滴る髪を分け、キスをして、また抱き締める。
「も、栄一さん好き・・・栄一さんだけいればいいです。栄一さんが、俺の全て」
「ばぁか」
 そう簡単に嬉しくなるようなことを言わないで欲しい。合鍵一つでこんなに喜ぶなら、もっと早くに渡しておけばよかった。
 幸せなまどろみの中で、栄一はそれだけ後悔した。




終。

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