クリスマス特別編おまけ.『選択:豊橋と金森のストーキングを続ける』


<12月24日 PM10:39  金森宅>

 目を覚ましたとき既に外は真っ暗闇で、金森は憔悴してベッド上にある時計を見た。緑色の数字はあと十数分ののちには23時を指そうとしており、かなり焦った。横にいる少年の体を揺さぶり、起こそうとする。
「豊橋、豊橋起きて。随分寝ちゃってた」
「ん・・・うん?」
 寝ぼけて目を擦るのが可愛い。
 なんて思っている場合ではなく、金森は電気を点けようと毛布から体を出そうとする。その背中を、豊橋の指先が掻いた。
「だい、じょうぶ。今日はクラスのみんなとオールするって、言ってあるから・・・」
「え・・・それって」
「金森んちも今日誰もいないんでしょ? 泊めて」
 毛布に包み直りながらそんなことを言われ、金森は顔を赤くして固まった。暗闇だが、見慣れた豊橋がどんな表情をしているのかくらい分かる。恐らく、あの時と同じような顔をしている。
 どぎまぎしながら頷いて、服を着るためにやはりベッドから降りた。このままでは、気持ちよさそうにまどろむ豊橋を襲いかねない。
「何か食べるかい? お風呂に入るなら、お湯溜めてくるけど」
「・・・なんか甘いの、欲しい」
 少し舌足らずな声にそんなことを言われ、金森は危うく噴出しそうになった。夕方にケーキを食べておいて、まだ食べるというのか。
 本当に甘党なんだね、なんて思いながら額を撫で、毛布を掛け直してやる。ぬくぬくと嬉しそうな顔をしたかと思うと、するりと目を閉じた。疲れているのだろう。
 今日は朝から自分の予定に付き合わせてしまった。午後一杯は豊橋の要望に全て応えていったが、それでもずっと外にいたわけだから。ツリー見物のときもはしゃいでいたから、結構疲れているはずだ。
 そして帰って軽い夕食を摂り、部屋でまったりする流れで行為に至った。イヴの特番なんて、途中から見る気もなかったので、冒頭すら覚えていない。後はもう、豊橋の一挙一動を記憶するばかりだ。思い出して、つい頬が上がる。
 リビングの電気を点けて、冷蔵庫の中を物色する。豊橋の好きそうなものはあるかな、なんて見渡していたら、プリンを見つけた。姉がこれは私のだから食べるんじゃないなんて言っていたが、まあ無視しよう。今日は彼氏のところに泊まるといっていたので、それをネタに脅せば問題ないだろう。
 今日のために、金森は両親に温泉旅行をプレゼントしていた。そんなに遠くではないのだが、クリスマス時期には美味しいものが出るというそこを、インターネットやら友人の助けやらを借りてなんとか手に入れた。両親には、友人にもらったことにしてあるのだが。
 そのことを豊橋に伝えてはいたのだが、まさかお泊りの準備をしてくれるとは思わなかった。嬉しくて、やはり口元が綻んでしまう。
「豊橋、プリンあったけど・・・」
 戻ると、豊橋が裸のまま窓の傍に立っていた。カーテンを開けているものだから、慌てて毛布を剥いで後ろから巻くようにして抱きしめた。あ、なんて豊橋が金森を振り返り、思わず溜め息が出る。
「も・・・何、してんの」
「静かだと思ったら、凄い積もってやんの。空も奇麗だし、星でも降らないかと思って」
 そう言って見上げる視線に倣うと、確かに黒い空は澄んでいて奇麗だった。一瞬金森も流星を探しかけたが、シャっとカーテンを閉め、豊橋をベッドに引き戻した。
「それはいいけど、ちゃんと服着てよ。・・・心臓に悪い」
「あは、ごめん。プリン食べよー」
 そこはちゃんと聞いていたらしい。呆れたが、可愛いので許してしまう。毛布に巻いたまま座らせ、電気を点けてその後ろに回った。
「あ、」
 腕の中で、小鳥のように口を開けてスプーンを受け入れる。柔らかいそれを飲み込むと、嬉しそうに目を細めた。
「美味しい?」
「うん。やっぱエッチの後は甘いものが欲しくなるよなー」
「・・・」
 無意識に煽らないで欲しい。背後で金森が悶絶するのも気付かず、豊橋は続きをねだった。
「金森は食わねぇの?」
「僕? うん、僕はいらないよ」
 豊橋がセックスの後に甘いものが欲しくなるのなら、金森は逆に甘いものはいらなくなる。というのも、セックス中は全身が甘いものに満たされているような気がするからだ。そんなことを言うと豊橋はまた照れるのだろうが、金森にしてみれば豊橋の言動の方が心臓に悪い。心臓というか、下半身に、だろうか。
 そんなことを思う自分に呆れながら、金森は豊橋の思うようにしてやった。美味しいと笑うから、それだけで心が満ち足りる。
 やがて全部を食べ切り、金森の胸に背中を預けてきた。手を伸ばしてローテーブルにカップを置き、そのまま横に倒れる。毛布の上から抱きしめると、豊橋はくすぐったそうに笑った。
「金森も入りなよ。寒いだろ?」
 寒かったが、金森は首を振った。裸の豊橋と体を密着させるのは、色んな意味で危険である。
「本当に静かだね・・・車も通らないみたいじゃない?」
「な、外出ようぜ。夜中の散歩しに行こうよ」
「え? 寒いんじゃないかな」
「いいじゃん、帰ってきてから風呂入れば。行こうぜ」
 勝手にそんなことを言い、豊橋は毛布から蓑虫のように這い出してきた。慌てて目を逸らし、上体を起こす。
「ちょっと待って豊橋。僕の帽子貸してあげるから」
 豊橋は何故だか余り防寒具をつけない。小学生の時はひょっとして冬でもTシャツと短パンで生活していたんじゃないだろうかとさえ疑う。恐いので、真偽のほどは訊けないのだが。
「うわー、真っ白! 足跡ない!」
「豊橋、静かに静かに」
 たしなめるが、興奮していて余り聞いていないそれでも騒ぐのはやめ、ぱたぱたと走るだけになった。
 性格は猫みたいだと思っていたが、雪で騒ぐところは犬のようだ。くすりと笑いながら、その後ろをサクサクとついていく。
「金森ー。なんか、町中が寝てるみたいだなー!」
 遠くのほうでそんなことを言い、豊橋が嬉しそうに笑った。それにつられて笑い、少し早足で追い駆ける。
「雪は音を吸い込むって言うからね。本当は、みんな起きているのかもしれないよ」
「金森はロマンがねーよ、ロマンが。ここは、世界に僕らだけ取り残されてしまったね、くらい言わないとモテないぜぇ?」
「僕は豊橋一人にモテていればいいからいいの」
「おま・・・」
 また恥ずかしいことを、と豊橋は黙り込んだ。自分の方がおかしな台詞を言っているくせに。
「それに、本当に僕たち二人だけになったら、困るのは豊橋だよ」
「え? なんで?」
 白いもやを吐いて振り向く豊橋に、金森は大股で近付いてコートに包んだ。髪に顔を埋め、すっと息を吸い込む。
「僕は豊橋さえいればいいけど、豊橋は厳しいだろ? 漫画の連載は止まるし、大好きなプリンも食べられなくなるよ」
「は! それは困る!」
 即答に、金森はくすくすと笑った。結構真剣な愛の告白のつもりだったのだが、流されてしまったようだし。
 まあそれはそれで構わないか、と見上げた空から、また白いものが降りてきた。本当に今日は、よく降る。
「豊橋、寒くない?」
「んー、まだ平気。少し歩こうぜ」
 コートから抜け、豊橋はサクサクと歩き出した。それについて金森も足を進め、足跡を辿っていく。
 自分のより少し小さいそれは、歩幅も少し短い。ずれないように注視して歩いていたら、突然歩くのをやめた豊橋にぶつかった。お、と足を止め、その背中に声をかける。
「どうしたの?」
「・・・お前、あんまさっきみたいなことさらっと言うなよな」
「うん?」
「俺だけいればいい、とか」
 なんだ、流されていたわけではなく、意図的に無視されていたらしい。首を傾げると、豊橋は振り向かないまま言葉を続けた。
「大体、金森は俺に甘すぎるっていうか。怒んないし、なんでも言う事聞いてくれるし・・・」
「いや?」
「いやじゃ、ないけど」
 どうしたのだろう。前に回り込もうとしたら、方向を変えられてしまった。顔を見ることができず、目を瞬かせる。
「本当にどうしたの? 何か言いたいことがあるなら言って?」
「だから・・・」
 豊橋が俯いた。帽子の横を掴んで、きゅっと引っ張る。
「俺ら、大学離れんじゃん。金森に甘えることばっか覚えてたら、俺・・・」
「僕が甘やかしたいんだって言っても、駄目?」
「だから、駄目とかじゃなくて・・・」
 突然振り仰ぎ、金森を真っ直ぐに見た。その目は、どこか不安の色を交えている。
「あの大学、お前は憧れの人とかもいて楽しかったかもしれないけどさ、俺は完全に異分子だったよ! あそこにお前がいると分かってても、俺は多分馴染めない・・・!」
「・・・別れたいの?」
「ちがっ」
 泣きそうな顔になったので、金森は若干乱暴にその体を引き寄せた。腕の中に閉じ込め、骨が軋むほど力を入れる。
「違うなら、なんでそんなこと言うんだよ・・・僕が、僕が豊橋のことを手離せるとでも思っているのか?」
 強めに言うと、豊橋は腕の中で首を振った。躊躇うことなく、手を回してくる。
「だって俺、付き合うとか初めてだもん・・・恐いの、当たり前だろ・・・」
「ああ、もう」
 顎を捉えて、性急にキスをした。唇から全てを食い尽くしてしまいたいという、凶暴な欲求。
 豊橋に被せた帽子が、雪の上にぽすりと落ちた。気付くが、無視して口を動かす。どれくらい、どれだけ重ねていれば、豊橋が不安なんか感じないのかを知りたくて。
「君が来れないなら、僕が行くから。毎日だって、迎えに行くから」
 今日の待ち合わせに送れたことが、こんなにも豊橋を揺さぶっていたなんて。普通にしていたから、全然気付かなかった。
「好きなんだ。好きなんだよ、豊橋」
 豊橋の頬に雪の粒が付いた。それを親指で拭い、また口付ける。そこから何度も返事が聞こえるのが、嬉しかった。
 やがて落ち着いてきたらしい豊橋から顔を離し、その顔を包むように撫でる。その手に、豊橋も唇を寄せた。
「・・・帰ろう、豊橋。お風呂に入って、温まらなくちゃ」
 両手を握って目に訴えると、豊橋は小さく頷いた。少し赤い目元が、やけに愛らしい。
 手を握って、帽子を拾った。雪にまみれてしまったそれを、再び被せるのは少し抵抗がある。軽く払ってポケットに入れると、豊橋がぴっとりと体を寄せてきた。
「俺も好きだよ、金森。ちゃんと、好きだよ」
「分かってるよ」
 サクサクと、半分埋まりかけている足跡を逆に踏んでいく。今度は一列ではなく、二列に。
 これから先も、こうして二列の足跡をつけて行こう。どちらかが追うのでも、分かれるのでもなく。同じ方向に、歩幅を合わせて。
「もう、12時過ぎたかな」
「え?」
「イヴじゃなくて、もうクリスマスかなって」
 笑いかけると、今更ながら恥ずかしくなってきたのか、豊橋は耳まで真っ赤にして俯いた。ぼそぼそと、何か言っている。
「・・・メリクリ」
「うん、メリクリ」
 豊橋には言いそびれたが、自分だって人と付き合うなんて初めてだ。だからいつも新鮮で、いつも少しだけ恐い。
 それでも、ずっと一緒にいたいと思っているから、そうだからこそ、本音でぶつかっているつもりだ。別に甘やかしているわけではない。豊橋といると、自然になんでもしてあげたくなるだけだ。本当のところ、あの部屋に閉じ込めて自由を奪ってしまいたいくらいなのに。
 ただし、この思いだけは一生口にしないだろう。束縛したい気持ちは一杯だが、自由にしている豊橋を見るのも好きだから。
 ちらちらと降り注ぐ雪を見上げ、金森は微かな笑みを浮かべた。


Merry Xmas!!






終。

12.25 PM09:55up
ちょっと重くなった。でも、結局ラブラブでしてん。
予定ではあと四つ。