クリスマス特別編おまけ.『選択:春樹と御門の行動を見てみる』


<12月24日 PM02:14  研究室内>

 実験の結果だけ見るつもりが、少し気になるところを弄っているうちに結構な時間が経ってしまった。御門は頭上で肘を内側に入れるように伸びをして、肩を回す。こきこきと首も鳴らしてから振り向くと、愛する恋人がソファの上で船を漕いでいた。どうりで静かだったわけか、なんて思いながら、その前に跪く。
「きーちゃん、起きて。ツリー見に行きましょう」
「んん・・・」
 包まっている毛布は、最初にここへ来たときから使っているものだ。すっかり春樹専用となったこのソファに、いつでも畳んで置いてある。御門が研究で忙しいときは、大体ここでこうして寝て待っていることが多い。
「きーちゃん」
 さらりと前髪を払うと、奇麗に睫毛の揃う瞼がゆっくりと開かれた。そのまま真っ直ぐに御門を捉え、ふにゃりと笑う。
 ここへ来たばかりの頃は、よく寝不足だと言って眠っていた。今でもその生活は変わらないのだが、寝不足の理由は前のものとは全く異なる。前は精神的なものに起因し、今は専ら御門が主要因である。
「今日も泊まっていけるのかしら? なっちゃん、二日連続は怒るのよねぇ・・・」
「多分大丈夫だと思うよ。夏兄、今日は朝からそわそわしてたし」
「ああ、敬心が行くのかしら? でもさっき、喧嘩してたって聞いたけど・・・」
 寝ぼけ眼を擦る春樹の膝から剥いだ毛布を畳んでやりながらそんなことを言うと、春樹はくすくすとおかしそうにした。不思議がる御門を見上げて、首を傾げる。
「夏兄は、浅月さんが謝るのを待っているだけだよ」
「どういうこと?」
「えへへ、秘密」
 そう言って楽しそうに笑う春樹は、のほほんとしている割にどこか鋭い一面を持つ。特に恋愛方面にはそれが更に磨かれるらしく、大野と伊部の間にある微妙な関係にまで、結構早いうちから気付いていた。ただのクラスメートにさえそんななのだから、一緒に暮らす兄の心境などお見通しなのだろう。御門は苦笑して、その体を引き起こした。
「まだ時間も早いし、どこかでお茶でもしましょうか。・・・大野くんと伊部はどうするのかしらね?」
「分かんない。電話してみる?」
 問いに頷きで返すと、春樹は近くに置いていた鞄から携帯を取り出した。ぴこぴことボタンを操作し、耳に当てる。
「・・・・・・あ、大野?」
 多分、来ないだろう。大野は伊部に対してそれなりの恋愛感情を持っているようだが、深いところでそれを認めたがらない。ツリー見物なんて恋人のためにあるようなイベントに、まさか来るとは思わない。案の定断られたらしい春樹が、唇を尖らせて携帯のフラップを閉じた。
「行かないって。伊部さんも、忙しいだろうからって」
「あら、今日あいつは何もなかったはずだけど?」
「ね。 大野が来るからって、わざわざ出てきたんだもんね」
 今朝方雪に埋められていたが、そろそろ這い出してきて何かしら行動を起こしているところだろう。素直になれないのは大野も同じだが、本心を隠すところは伊部も似通っている。恥ずかしいのかかっこつけているのか、伊部は大野に対して優位に立っていたいらしい。
「それじゃあ二人で行きましょ。美味しいケーキのお店を見つけたのよ」
「ほんと? じゃあ行こう」
 ぱっと顔を綻ばせ、春樹は御門を促すようにその手を握った。御門もすぐに握り返し、手を繋いで研究室を出る。
 人目を憚らないのは、お互いに自分たちしか見えていないからなのか。大学内では知らない人のほうが潜りだと噂されるこの公認カップルには、隠そうという気持ちがまずない。恐らく、自分たちの恋愛が異常だとは、全く思っていないのだろう。
 天然と名高い春樹はともかく、御門も特に気にしていないようだった。というより、妙な連中に狙われ易い春樹を、こうしてバックボーンを誇張することで守っているのかもしれない。学内で春樹に手を出そうものなら、即座にその存在を消す準備くらいはしている。
「御門さん? どうかした?」
「ん? なんでもないわよ。早く行きましょうか」
「うん!」
 子供のように返事をするのは、少しばかり退行の症状が出ているからだ。そう気付いたのは、結構前のこと。幼少期のトラウマを全部吐き出すことで、辛かった時代をやり直そうとしているのかもしれない。
 とはいえ実生活にはなんら影響はないので、御門は何かしようとは思っていなかった。寧ろ可愛いからいいわ、くらいにしか思っていない。
「楽しみね、ツリー見物。もしかしたらさっきの高校生もいるかもしれないわね」
「あ、それいいな。そしたら本当に奇跡だね」
 無邪気に笑う顔に、時々ほっとする。もう、夜中に苦しむようなこともなくなっていた。
 後ろからマフラーを巻いてやりながら、そのうなじに唇を当てた。振り向いた春樹が、少し恥ずかしそうにしてから目を閉じる。希望通りキスをしてやり、手を握りなおす。強く握り返してくるそれを、御門は一生離す気はなかった。


「うわー、大きい。凄いね、御門さん」
「本当ねぇ。一番上の星とか、どれくらいあるのかしら」
 点灯式の少し前に辿り着き、前後左右を人に囲まれながら二人はツリーを見上げていた。
 色とりどりの電飾に、表情豊かな天使の人形。ジンジャーマンもぶら下がっており、ツリー全体を包むようにリボンが巻かれている。駅前の商店街の中心にどっかりと据えられたツリーは本当に荘厳で、二人は暫し会話も忘れて見惚れていた。
「ツリーも凄いけど、人も凄いわね。これじゃあはぐれたりしたら大変だわ」
「大丈夫だよ。ほら、こうすれば」
 躊躇いなく手を握ってくる春樹に、御門もすぐに応えた。五指を絡めるいわゆる「恋人繋ぎ」をして、その場から歩きだす。
「御門さんは、サンタさん信じてたほう?」
「アタシ? そうねぇ・・・うちはそういう習慣なかったから」
「そうなの?」
「ええ」
 もの凄い厳しいというわけではなく、子供に正直な両親だった。教育方針は自由そのもので、だからこそ、御門がこんな風になってしまったのだが。
 ちなみに両親は御門が女言葉を話そうが男と付き合おうが気にしていないようだった。それどころか、早く紹介しろと口うるさい。妹だけは、なんだか複雑な顔をしていたけど。
「でもパーティやプレゼントは豪華だったわね。最初にもらったのが化学の図鑑セットだったのには驚いたけど・・・」
 思い出し笑いをする御門の横で、春樹も笑った。子供の頃の話はしないほうがよかったかな、なんてちらりと思いはしたが、楽しそうなので安心する。
「うちにはね、毎年サンタさんが来てたよ。夜中にふと目を覚ますと、枕元で誰かが何かしてるの」
 くすくすと笑って、商店街でケーキを売る女の子たちのサンタ姿を目で追った。
「夏兄だったんだけどね、毎年何かくれたの。気付いてたけど、毎年手紙送ったりしてたんだ」
 いつやめたんだったっけな、と上目に記憶を辿る顔が可愛くて、御門は思わずキスしていた。あ、と思うより早く近くにいた女子高生が小さく悲鳴を上げ、なんだか嬉しそうに友達を呼んでいる。
「どうしたの?」
 気にしていない春樹の声に、御門は心中で安堵した。流石に今のは怒られるかもな、なんて思っていた。
「したくなっただけよ。・・・そろそろ帰りましょう」
「うん。あ、ちょっと待って」
 ポケットを探り、春樹は携帯を取り出した。その着信はバイブではなく、この人ごみでよく聞こえたなと目を瞬かせた。
「夏兄? ・・・うん、うん。今ツリーのとこ。・・・・・・あはは、そんなことしてないよぅ」
 言いながら、春樹は御門に視線をやってはにかんだ。そうして少しだけ会話を続け、携帯を御門に渡す。
「代われって。今日泊まってきていいって言ってくれたよ」
 なら何故また御門と話すことがあるのか。訝しみながら耳に当てると、低い声で怒られた。
『お前、人ごみに紛れて何やってんだ。殺すぞ』
「え? なっちゃん、まさか近くにいるの?」
 慌てて周りを見たが、夏威らしい影は見当たらなかった。一度安心してから、ヤバいと気付く。カマを、掛けられた。
「ご、ごめんなさい・・・きーちゃんが可愛くて、つい」
『ふん、お前の行動なんてお見通しなんだよ。それより、明日は昼過ぎに春樹を帰してくれよ』
「あら、なんで? いつもなら午前中に帰すようにって・・・」
『なんでもだ! 分かったな!』
 怒鳴るだけ怒鳴ってから通話を切られ、御門は携帯から耳を少し離した状態で電源ボタンを押した。春樹がそれに気付き、手を伸ばしてくる。
「夏兄、なんだって?」
「危険な目に遭わせたら殺すってさ」
 本当は全く違うのだが、まあ言わなくてもいいだろう。携帯を受け取った春樹は気のない返事を返し、それだけでは分かっているのかいないのかよく分からない。それでも、夏威と話せば大体のことは分かってしまうんじゃないだろうか。
「一通り見て回ったら、マンションに帰りましょうか。きーちゃんの好きなものいっぱい作ってあげる」
「わーい。俺、御門さんの作るご飯大好き」
「アタシは、それを食べてるきーちゃんを見るのが好きよ」
 お互いに笑い合い、もう一度キスをした。今度は、誰もそれを見ることはなく。短い口付けだったが、それでも二人は満足そうだった。強く手を握り直し、目配せあってから足を踏み出す。
 商店街に、クリスマスの定番ソングが流れ出した。それに耳を傾けながら、二人がうきうきと進んでいく。何人かが手を繋ぐ男という状況に振り向いたが、人ごみなのと記念日だということで、すぐに忘れるようだった。そして本人たちにいたっては、そもそもから人目を気にしていない。
「きーちゃん、好きよ」
「俺も好き」
 大好き、と付け加え、春樹は可愛い笑顔を御門に向かって振りまいた。


Merry Xmas!!






終。

12.25 AM01:45up
眠い、寝ます。この二人はいちゃつかせるのがただただ楽しいの。