クリスマス特別編おまけ.『選択:大野を追いかける』


<12月24日 AM10:31  『読み研』部室内>

「あーもう、くそ!」
 本の壁を抜け、部屋の最奥にある長ソファへリュックを力任せに投げつけた。バサバサとコートも脱ぎ、同じようにしようと構えたところで腕を止める。いくら箱に入っているとはいえ、余り衝撃を与えるのはどうだろか。
 そんな心配までしてしまう自分が嫌になり、やりきれない想いが更に募ってくる。
 なんだってあの男のことに、こんなに心を乱してしまうのか。放っておけばいいものを、他の男と喋っているのを見るのは気が滅入る。いや、落ち着かなくなる。
 力なくソファに腰かけ、コートを抱いたままリュックに頭を乗せた。
「さっきの子、確かに可愛かったよなぁ」
 ちまっとしていて、警戒心むき出しで。恐らく、伊部の好きなタイプ。
「なんか・・・やだな」
 大野と伊部は、恋人として付き合いだしてからまだ日が浅い。といっても大野はまだそのことを認めようとしていないのだが、とにかく二人は今が一番楽しい時期・・・というわけでもなかった。
 先日なんとかして院入りの決まった伊部は、その後も何やらずっと忙しそうだった。右に左にのおおわらわで、時折学内で見つけても軽く挨拶と称したセクハラを受ける程度。家に行けば、ただセックスして寝るだけの日々が続いていた。元々セックスフレンドのような関係だったので、代わり映えしていないといえばそうなる。しかしなんとなく、大野には腑に落ちないものがあった。
「こんなもん、なのか」
 今朝見た二人の高校生と、友人の春樹とその恋人の姿がちらつく。認めたくないが、大野は二人が少しだけ、ほんの少しだけ、羨ましかった。認めたく、ないが。
 それを打ち消すように長い溜め息を吐いて、大野は目を閉じた。ヒーターなんてないこの部屋は凍るように寒いが、丸まっていればそれほどでもない。だんだんと温まってくるのを感じながら、とろりとしたまどろみに身を預けていった。


 ヒリリリン、という電子音に慌てて起きた。着信は、名取春樹。急な覚醒で妙にすっきりしている頭でそれを理解し、すぐにそれを耳に当てることができた。
「も、しもし?」
『ああ、大野? 俺たちもう帰るけど、大野もツリー見に行く?』
 ツリー? 問いかけて、そういえば朝のワイドショーでそんなことを言っていたなと思い出す。向こうには見えないと分かっていながらもつい首を振り、言葉で断った。
「大体、お前と御門さんと俺の三人じゃ、どう考えてもおかし・・・」
『何言ってんの。大野は伊部さんと見るんでしょー』
 珍しく遮りながら言われた言葉に、大野は口を止めた。ばかじゃねぇの、という言葉が、途切れ途切れになる。
「それにあの人、忙しいみたいだし。じゃあな」
 これ以上会話するのが億劫になり、まだ何か言おうとしていたが一方的に通話を切断した。
 まだ昼過ぎのようだが、空が随分と重苦しい。また降るのかもな、と窓から視線を室内に移し、固まった。向かいに突っ伏して、伊部が寝ていたのだ。
「え・・・って、えぇ?」
 かけたままだった眼鏡を直しながら、大野はその頭頂部を見た。うん、やはり間違いない。この無駄に奇麗な黒髪は、伊部のものだ。
「伊部・・・さん」
 声をかけてみたが、動かなかった。いつからいたのだろうと考え、胸に棘が刺さる。大野が先に寝ていた場合、いつもなら勝手に膝枕なりセクハラなりしてくるくせに。目の中央が熱くなる。鼻もツンとして、ヤバい泣きそうなんて思って立ち上がろうとした膝が、机にぶつかった。あ、と思うより先に、びくりと肩を跳ねさせて伊部が起きた。
「やーべー俺寝てた? せっかく翼の・・・ってどうした? お前、泣いてないか?」
「泣いてなんか・・・っ」
 言ったが、反射的に目を擦ってしまった。これでは泣いてましたと認めるようなものだ。案の定、伊部はからかうような笑顔で机を乗り越えようとアクションを起こした。
「来るな!」
 手を正面に出して制すと、伊部はきょとりと動きを止めた。
「来るな、よ・・・」
「じゃあ翼が来るのか?」
 はっと顔を上げると、伊部はにたにたと笑っていた。
「それとも帰るのか? 出口はここしかないんだ、俺は捕まえるぞ? 俺か、お前か、どっちが行くか選びな」
 結果は変わらないんだと言われ、大野はぺたりとソファに戻った。その様子を見てから、伊部はよいしょと机を乗り越える。空いている部分に座り、大野の向きを変えさせた。そして眼鏡を外すと、至近距離で無理矢理に視線を合わせる。
「で、どうした? 今日のお前は嫉妬したり泣いたりで可愛いな?」
「んな・・・っ」
 どかっと顔を赤くして暴れようとするのを、伊部は瞬間的に腕の中に収めて宥めた。怒りのぶつけ場所が分からなくなり、硬直して胸の辺りの服をきゅっと摘んだ。それに気付いて、伊部は口角を少しだけ上げる。
「バレてないとでも思ってた? 翼は分かり易いんだよ。俺が可愛子ちゃんナンパしてると、すぐ殴りかかってきてさ」
 きしし、と笑われ、大野は唇を咬んだ。手のひらで操られているなんて、真っ平なのに。
「あんたって、いっつも好き好き言ってくるけど、嘘臭い・・・っすぐ、エロいことばっかして・・・!」
「んー? んんんんん?」
 大野を抱きしめたまま、伊部は天井を見て目を瞬かせた。そして突然、ぷすりと吹き出す。そしてけらけらと笑いながら、体を離した。ぽかんとする大野の肩をばしばしと叩き、落ち着いてきたかと思うやキスをしてくる。一度拒んで体を離そうとするが、背中に回した手に殆ど身動きの取れないほど強く抱き寄せられて諦めた。目を閉じて、柔らかい唇の愛撫に身を任せる。
「・・・ん、ふぅ・・・っん」
「翼、お前さあ」
 とろりと体の力をなくしたのを確認してから、伊部は大野を覗き込んだ。
「実は、結構どころかもんの・・・・・・っ・・・凄く、俺に惚れてたんだな。知らなかったよ」
「・・・は?」
 否定はしてみたが、心臓が跳ねた。目を逸らそうとするのを、伊部の手が意地悪く尻を揉み上げ、睨むことで視線を重ねてしまった。
「俺と恋人らしいことしたくなったんだろ? セックスばっかじゃなく、イチャイチャラブラブしたかったわけだ」
「何言っ」
 言葉は口に差し込まれた指に遮られた。思わず歯をぶつけてしまった二本のそれが、にゅるにゅると舌を弾くように遊ぶ。
「お望み通り、超甘々なエッチしてやるよ。嬉しいだろ?」
 嬉しくなんてない。
 降りてきた唇に飲まれたその言葉を、大野は本気で言いたかったのか否か分からなくなった。


 逃れるように伸ばした手が、窓にうっすらとついた結露を拭いながらずり落ちた。
 雪の降る外界との温度差はそこまでないだろうに、二人の出す熱気が窓を曇らせている。大野は快感で濡れた瞳を彷徨わせ、そんなことを考えていた。
「・・・っ! んぁ、あぁっん、やあ・・・っ」
「よそ見すんなっての。ちゃんと俺を見て、腰振りな」
 弱い部分をぐりぐりと刺激され、大野は無意識に腰をくねらせた。その動きはやけに煽情的で、伊部の嗜虐心をうずかせる。
「気持ちいいのか、翼? 触ってもいないのにだらだら零して、お前は本当に可愛いな」
 両手の指を絡めて繋ぎ、唇を舐めるように口付けた。その唇がひくひくと震え、少量だが精液を吐いて達しているのだと分かる。ぐちゅり、と舌や指で相当な時間をかけてほぐした場所を広げてやれば、艶めいた声を上げてきちきちと締め付けてくる。もうすっかり快感に浮かされており、大野は甘えるような声で幾度も伊部を呼んでいた。
「伊部、さ・・・いべさん、いべさぁ、んっ」
「ん? 翼、何? お前は可愛いよ」
「も、駄目・・・おかしく、なっちゃ・・・いつもみたいに、して」
「いつもみたいって?」
 分かっているくせに、伊部は意地の悪そうな笑顔で、繋いだ手を引き寄せて指の甲にキスをした。ぞくぞくっと大野の全身に痺れが走り、頭を振って腰を回すように動かす。
「奥まで、あっ・・・乱暴に突い、あぁん! ああぁあ・・・っ」
 ソファが壊れるんじゃないかというほどの激しい抽出に、大野は繋いだ手を強く握った。指先から甘いものが溢れる。狂おしくて、もう何も考えられない。
「いべ、さん・・・おねが、ぁ・・・っして、」
 聞き取れないような小さな声だったが、伊部はにんまりと笑って腰を曲げた。赤く濡れた唇を塞いでやりながら、奥へと大量に吐き出す。その奔流の熱さに、体の下で大野が大きく痙攣して果てた。口内に飛び込んでくる甘い悲鳴が、その快感の強さを如実に表している。
「んんっんく、んっんっんーっ!」
 昼間から何をしているんだろう。一瞬浮かんだ考えが、二度目の大きな絶頂で掻き消える。目の前で光がちらつき、その中で伊部が笑っている。
「あ、ふ・・・伊部さん・・・」
「ん?」
 言いかけたのに、急に喉が詰まったようになって声が出せない。生来の天邪鬼が、こんなところで邪魔をする。
 見下ろす伊部が、見かねたように大野の額にキスをする。もう一度、今度は慈しむように。
「俺も愛してるぜ、翼」
「・・・そんなこと、言ってない」
 そんな意地も伊部には全て見透かされているようで、大野は悔しそうに目を細めた。


「へぇーへぇーへぇー。翼が俺にプレゼントたぁねえ」
 黒色の万年筆を掲げて見ながら、伊部はにやにやとご機嫌だった。その横でせかせかと身支度を整える大野を引き寄せて、横に座らせる。
「しかも、クリスマスなのに万年筆ってチョイスが、なんとも翼っぽいよなぁ」
「べ、別にクリスマスだからってわけじゃないですし。院入りおめでとうございますっていうか・・・」
「そうかそうか。ま、ありがとな。大事にする」
 そう言って、伊部は白衣のポケットに宝物のようにそれを刺した。その表情に、大野はついどぎまぎする。
「も、帰ろうぜ。守衛さんが回ってくる」
「そう焦んなって。もう少しくらいゆっくりしても大丈夫だっての」
 言うなり、大野の眼鏡を外してキスを求めてきた。いやいやながらも、それに応えて目を閉じる。認めたくないが、こうして無理矢理流してくれるのが、素直になれない大野にはちょうどよかった。キスの合間に髪を弄られるのも、本当は結構好きだ。
 唇を食むようなキスにうっとりとしかけたところで、首元にふわりと何かが巻かれた。目を開けると、近くにある伊部の目が笑むように細められる。ちゅうっと下唇を一吸いして、顔を離す。
「俺からもプレゼント。お前、いっつも寒そうなんだもん」
 くるりと一巻きしてから結ばれているのは、白、青、深緑、そして黒の細いストライプが入ったマフラーだ。シックなデザインのそれは、大野の好みを捉えている。
「本当は俺がぎゅっとして温めてやりたいところなんだけどな。お前嫌がるだろ? だからこれで我慢してくれな」
 はいできたと手を離し、少し身を引いてその出来に一人満足そうに頷く。
「うん、やっぱりよく似合う。かっこいいぜ、翼」
「・・・っ」
 言われ慣れない言葉に、大野が赤面する。それに笑い、髪の毛を両手でくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「やっぱ可愛い。メリークリスマス、翼。愛してるぜ」
「・・・・・・」
 何も言わず、大野は頷くような流れで伊部の肩に頭を乗せた。それを広い手の平が包むように撫でるのを、どこか安心した気持ちで享受する。
 あと、もう少しだけ。もう少しだけこうしてから、暑苦しいと言って振り払おう。今だけはまだ、外も雪が降って寒いから。
 気付かれないように服の裾を小さく掴み、大野は心持ち体を伊部の方に寄せた。


Merry Xmas!!






終。

12.24 22:20up
すいません、倒れました。今日中にはこれが限界・・・かな。