成田の様子がおかしい、と金森が言うので、そんなはずはない、と首を振った。 というのも、授業中や休み時間は必ずと言っても過言じゃないほど一緒にいるというのに、俺がそれに気付かないわけないからだ。何お前、俺より成田の方見てたのかよ、と。 「違うよ。まあいつも豊橋と仲いいなー、羨ましいなーって思ってみてるから気付いただけ」 「あっそ。そういうことにしておいてやるよ」 「まだ怒ってる。こっち向いて」 「やだ」 なんてこと、ベッドに座った金森の膝に抱っこされた状態でやってるんだから、喧嘩でもなんでもないんだけど。つまり、まあ、俺が拗ねているだけという話だ。 いや、実際には拗ねているふりをしているだけだ。俺が怒ったり拗ねたりしていると、金森が優しくなるから。 背後で金森がやれやれと溜め息を吐いたのを感じてから、俺は漸く首を後ろに捻った。そのまま何も言わず、軽く唇を合わせる。むに、と柔らかいそれを唇で食むようにすると、金森の手が腰の辺りを動いた。 「だめ、金森は動くな」 これは罰なんだとばかりに手を叩いて、その手で今度は金森の頬を押さえた。唇を押し付けながら体重をかけて、シーツの上に倒していく。 「俺がいいって言うまで、動いちゃだめだからね」 「はいはい」 くすくす笑う金森の顔から眼鏡を外して、少し遠い位置にある机の上に置いておく。壊しでもしたら、大変だもんね。 「ん、ん・・・」 上唇を押して、次に下唇。戯れに歯を舐めると、金森が舌を出そうとしたのですいと顔を離した。残念そうに眉を下げる顔を睨みつけて、再び唇を寄せる。 キスって気持ちいい。 舌を絡めるのもいいけど、こうして合わせるだけのキスも、なんだか幸せになる。 何度か付けたり離したりをしているうちに、腰の辺りが熱くなってきた。あーあと思っている隙に、金森の膝がそこをつつく。あっと体を離そうとしたときにはもう遅く、いつの間にか腰に回された手でがっちり押さえられてしまった。少しだけ不機嫌そうな面持ちで見ると、金森はすまなそうに、しかしどこか楽しそうな顔で笑っていた。 「もう我慢できないんだけど。それともまだ、何もしちゃだめ?」 「・・・・・・」 金森の手がシャツの隙間から入って脇腹をさする。そうされると、もうだめだ。 観念したように金森の上に倒れ込み、目を閉じる。 「・・・いい、よ。気持ちよく、して」 「了解」 なんて楽しそうな声を出すんだ。 別に嫌なわけじゃないけど、なんて心の中で言い訳をして、俺は金森の手が動くのに任せた。 それで成田はというと、なんのことはない。従兄だか叔父の家に行くのが嫌だったとかいう話で。金森に言われて訊いた俺は、心底気が抜けたものだった。 「なんだよそれ。なんか、この世の終わりみたいな顔してるって聞いたから、心配したのに。親戚の家に行くのなんて簡単じゃないか」 「聞いた? 誰だよ、それ」 「あ、いや・・・思った、だよ。俺が感じたの」 「ふぅん・・・?」 あ、危ない危ない。なんていうか、成田には金森とああいう関係だっていうことが、バレてるような気するんだよね。言ってないのに、なんでだろう。 でもおかしいなと思っていたのは、本当のことだ。今日の表情とかには気付かなかったけれど、ここ最近の成田はおかしい。俺のこと見透かしたような目で見てくることもあれば、どこか羨ましそうな顔をして見てくることもある。何、と訊いても、なんでもないと返されるだけだった。 そんなわけで、金森が昨日あんなことを言うから、これは訊くチャンスかもと思ってこうして昼休みに話をしているわけだ。うん、俺って友達思いだよね。 「直はさぁ・・・」 「ん?」 「バレンタイン、どうするわけ?」 「はぇ?」 ば、バレンタイン? 「あ、あぁー・・・そういえば、そうだね。そろそろそんなイベントがあったっけ」 ん、ちょっと待て。確かに世界のバレンタインは男が女にあげるのが主流だって話を聞いたことがないでもないが、それでも俺たちの住む日本では恋する女子が男子にあげるっていうのが当たり前な訳で。だから今ここで成田が俺に「どうする?」と訊いてくるのは、やっぱり俺が男とというか金森と付き合ってるのバレてるってことなのでは! 「貰う相手もいないのに、空けてたりすんのかって訊いてんだよ」 「あ、ああ・・・そういうこと」 ふぅ、びっくりした。 やっぱりバレてない訳ね。あーよかった。 「お、俺は特になんの予定もないぜ。ていうかそんな行事興味ないし」 「あ? 去年は俺と一緒になって騒いでたじゃねーか。義理でもいいから欲しーって」 「あ、いやー、それでムキになって自分で買って喰ったら、虫歯になっちゃったからさ。今年はもういいかなーなんて・・・」 ああ、苦しい。苦しい言い訳だよ、これは! ていうか、本当に気付いてないの? 気付いてんの? もういっそのこと、ズバっと切り裂いてくれよ! と俺が悶々としているのも眼中にいれず、成田は窓の外に視線をやって溜め息を吐いた。あ、今なら金森の言っていたことが分かる。やっぱり変だよ、成田。 「なんかあった?」 「あー・・・うん。いや、あったというかこれからあるというか・・・」 なんだろうか。叔父さんだか従兄に会うと言っていたけど、貰えないとその人にからかわれたりするんだろうか。 からかわれるのは嫌だよなぁ。俺も毎年毎年母さんから貰って、そのたびに「今年もこれ一個なのね」ってからかわれて・・・くそ、母さんめ。モテない顔に産んだのは誰だよ。 なんて俺が今更出生についての恨み言を頭に浮かべていると、成田が小さく笑った。え、とそちらを向いた鼻を、つんと摘まれる。 「なんもねーよ。親戚んちに行くのが億劫なだけだって。ほら、授業始まるぞ。俺は便所」 そう言って成田は立ち上がり、教室を出て行った。 その姿を目で追うと、自然と廊下側一番前の席に目が行く。俺の対角線、金森の机だ。 「っ、」 金森が不意に振り向いたので、軽く驚いた。そのまま席を離れ、俺の方へと近付いてくる。 「ちょ、金森・・・」 学校では余り一緒にいないほうがいいと思うんだけれど。俺はそう思うが、金森は別に気にしていないようだった。それに、夏休み前のテストでの一件以来、俺たちは意外と仲がいいらしいという風にクラスでは認識されている。そう、意外と。 「どうだった?」 「親戚に会うのが億劫なんだって」 「そんな顔かなぁ?」 「知るかよ。だったら自分で訊けばいいだろ」 「あ、また拗ねてる」 金森が眼鏡の奥で笑う。むっとして、唇を尖らせた。 「あと、バレンタインがどうのって言ってた。お前はどうするんだーって」 「へぇ。・・・どうしてくれるの?」 「え?」 急に振られ、俺は思わぬところから声を出してしまったような気分になる。慌てて周りを見渡すが、自分が思っていたほどの声は出ていなかったようだ。誰もこちらを気にしてもいない。 それでも若干声を抑え気味にして、金森に注意した。 「な、何バカなこと言ってんだよ! が、学校で・・・」 「誰も聞いてないって。で? 豊橋は僕に何してくれる訳?」 「な、何って・・・」 金森の笑顔が、ずいと近付いてくる。 「僕の希望としては、首にリボンを巻いて・・・」 「ばっ」 「何大きな声出してんだよ、直。先生来るぜ?」 「な、成田・・・」 俺は掴みかけた金森の胸倉から手を遠ざけ、成田を見上げた。ぱくぱくと言い訳すら発せない口を動かしている間に、金森が笑いを堪えながら離れていく。それを目で追ってから、成田が俺の前に腰掛けた。 「何、また金森とじゃれてた訳? 相変わらず仲いいのな、お前ら」 「仲いい訳ないだろ、あんな奴!」 叫ぶと同時に教室へと入ってきた数学の先生に、俺は元気だなーなんて言われて、その日最初の問題を解かされる羽目になった。 いつもなら数学の授業がある前日には金森に教えてもらいながら予習してくるんだけど、昨日はあんな感じに拗ねてたからそんな時間はなく。黒板の前で薄ら笑いを浮かべながら固まる俺の頭は、先生の教科書でぽこりとはたかれる始末。 そんな俺の様子を、金森は一番前の席で肩を震わせながら見ていやがった。もーあいつ、絶交! 真っ赤になって睨みつけると、金森はとうとう噴き出した。 終。 09.02.28 |