6. 宮元の件があってから、少年は当然のように虐めに加わっていた全てのクラスメイトに犯されるようになった。 口で一人から二人の相手をし、一人が肛虐する。場所も、狭いトイレの個室から使われていない空き教室へと移動した。 参加している全員の頭が切れるから、教師に見つかることもない。たとえ見つかったとしても、少年は助けを求めないであろう。それ以前に、少年の目はもう何も映してはいない。胃に腸に精液を受けながら、ただ腰と舌を動かすだけだった。 宮元を含め、全員がこのおかしな状況から抜け出せなくなっていた。少し考えれば倒錯しているのは分かるはずなのに、誰も言及したりしない。お互いがお互いに弱味を作り合い、そしてそれを掴み合っているからだ。 その異常さからくる不安を振り切るように、生徒たちは少年に向かって腰を打ち付けていた。 「あれ? 何だこれ?」 小さな痛みに、暫くまともな働きをしていなかった少年の脳が僅かに反応した。じわじわと波紋のようにそれは広がり、目に光が戻る。 「こいつ、ここに何か・・・」 クラスメイトたちは少年の口と尻にしか興味がなく、服も下を剥がれることしかなかった。数日目にして漸く胸にある金属に気付き、その痩躯を反転させる。 一度口も肛門も開放してやり、シャツのボタンを外していく。 「あ、だめ・・・やめ、てっ」 「見ろよ! こいつ乳首にピアスなんか挿してやがる!」 見張り以外が集まり、そこに視線が集中した。驚愕と軽蔑が、それぞれの目に浮かんでは消える。 「・・・何これ。こんなとこに挿して、本当に気持ちいい訳?」 宮元が輪を摘み、少し引いてから離した。その痛みが混じる刺激に、少年が頬を染める。 「こいつ感じてやがる。どこまでも変態なんだな」 「いあっ、あぅ!」 引いたままぐりぐりと捻られ、少年は唇を震わせた。その、痛がりながらもどこか恍惚しているような表情に、宮元の唇が憎々しげに歪む。どこか、遠くを見ているような視線に苛立った。 「もしかしてこいつ、喜んでねぇ?」 「もしかして、彼氏に貰ったやつ・・・とか?」 宮元の発言に一人が笑いながら答え、少年の反応でそれは図星らしいことが分かった。宮元の機嫌は更に悪くなり、つねる力も強くなる。 「ぃや、痛い! やめ・・・っ」 血が出るのではないかというほど引かれ、少年が涙を浮かべた瞬間に手を離した。ほっと息を吐いたのは一瞬で、宮元の手がその止め具を外そうとしていることに気付いて憔悴した。やめて、と空言のように呟く。 「や! やだ、取らない、で・・・! お願いっ」 久し振りに喘ぎ以外の声を聞いた宮元が、眉をひくつかせる。残忍な独占欲に、胸が妬かれた。 「人間らしい顔してんじゃねぇよ・・・この、淫乱人形が」 少年の懇願虚しく、細い金属はするりとその肉から逃げていった。 そこからはまたよく覚えていない。気付くと下駄箱の前で靴を片手にぼんやり立っており、気付いてからも暫く動けないでいた。 夕日が昇降口からちらりとだけ差し込み、もう夜が近いのだと分かる。かたん、と音がして、少年は億劫そうに音のした方へ顔を向けた。 「・・・誰?」 「誰ってお前。たった五日で忘れるってどうよ」 声を聞いても、なんだか厚いフィルターに覆われているようでよく意味が理解できない。意識の逸れた手から靴が滑り落ち、木製のすのこがぼこんと鳴った。 「せっかく迎えにきてやったのに、いつまでも出てこないからよ。帰ったと思っただろ」 近付く人物の髪が少ない夕日に薄く透け、きらりと光った。その輝きに、凍りかけていた心が不意に揺れた。 「き、さかさん」 「そうだよ、早く帰ろうぜ。また可愛がってやるから」 また一週間が過ぎていたなんて。それよりも、また忘れてしまっていたなんて。 自分の頭はいよいよおかしくなってしまった。いや、おかしいのなんて今に始まったことじゃない。それよりも。それよりも。 竦んだように一歩下がる少年に首を傾げ、木坂はその体に手を伸ばそうとした。その手が届く前に、少年がその手をはたき落とす。そうしてから、自分のしたことに気付いて蒼褪めた。 「・・・ヒロキ?」 「行きたく、ない」 肩にかかった鞄が落ち、それにも気付かないまま身を抱くようにして後ろへ退いた。木坂から貰ったものも失い、他の男でも感じてしまうこんな浅ましい躯なんて。 「もう木坂さんとは、セックスできない・・・!」 汚れてしまったから。木坂が気に入ったと言ってくれたこの体は、すっかり汚れてしまった。 もう抱いてもらえる資格なんて一縷も残っていない。そう思っての言葉だったのだが、木坂は全く違う意味に捉えていた。蓋付きの下駄箱を、壊れるんじゃないかというほど強く殴りつけた。その音に、少年の肩がびくりと跳ねる。 「お前、何言ってんだ? 俺が飽きるまでは離さねぇって、言っただろうが!」 怒鳴られて、少年は耳を覆った。膝が恐怖で揺れ、しゃがみ込みそうになる。 「い、つか飽きるなら・・・今、飽きて。捨てて、くださ・・・」 「ヒロキ! てめぇ!」 その時、いつもなら出してから帰っていたはずのものが、肛門からどぷりと溢れた。膝を崩した少年の表情や態度でそれを悟り、駆け寄って乱暴に躯を引き起こす。必死で抵抗するのも無視してベルトを外しスラックスの後ろに手を突っ込んだ。ぬるりと生温かいものが手に触れ、頭に血が昇る。 「この・・・っ!」 最後の夕日が建物群の中に消え、暗くなった昇降口に鋭い音が響いた。 渾身の怒りを込めた平手を喰らった少年の躯が横に飛び、哀れなほど滑っていった。それを荒い息を吐きながら見下ろし、指に付いた不快なものを一払いで落とした。 「なんだ、もう新しい男を咥え込んだか? ああ? 好きだもんなあ、セックス」 頬の痛みに呆然としながら、木坂を怒らせた事実に芯から震えた。目を瞬かせ、泣きそうな鼻の痛みに目を強く閉じた。 「木坂さ・・・」 「呼ぶな!」 苛立つ声に一括され、少年は慌てて口を噤んだ。これ以上不和は買いたくない。泣きそうなのを堪えながら、必死で押し黙った。 怒りの呼吸と、嗚咽に喉を震わせる呼吸。暫くそれだけが聞こえていたが、不意に木坂が動いた。携帯を取り出し、その場から離れていく。 「木坂さん・・・っ」 服を直すこともせず、その場に両手を付いた。わなわなと唇を揺らし、堰を切ったように涙がぼたぼたと落ちた。 「木坂さんっ」 怒らせた。当たり前だ。自分から関係を断ち切ったのだから。 崩れるように顔を伏せ、咽び泣く。嗚咽に交えながら、何度も謝罪した。 「おい」 俯く少年の背中に声が落とされ、それが木坂のものと分かってもすぐには顔を上げられなかった。びくつくその姿に焦れ、木坂は腕を掴んで引き上げた。 「あっ」 「来いよ。お前が満足できる場所に、連れてってやるから」 冷たい目だった。その視線に射抜かれたことで、漸く今までの自分は恵まれていたんだと理解する。 しかし、理解したところでそれはやはり今更だった。 「稔!」 普通の民家のような場所に連れて来られて、怯えながら少し待っていると誰かが駆けてきた。見覚えのある顔だが、名前が出てこない。尋ねようにも、木坂はちらりとも少年を見てはくれなかった。 「遅いぞ陽平。お前がいなきゃ、入れないだろうが」 「何考えてんだよ! お前、ここがどういう場所だか・・・」 刺すような視線に、男もまた口を塞いだ。それと同時に思い出す。新橋陽平、木坂の男優仲間だ。 「お前・・・怒ってんのか? ヒロキくんが何したのか知んないけど、お仕置きならもっと他に方法が」 「こいつが俺とはしたくないって言ったんだ。早く入れろ」 有無を言わせまいとする口調に、新橋は従うしかなかった。少年を気遣うように見てから、そこらでは一番大きな家の門前に立つ。呼び鈴を鳴らしても反応はなく、それが当たり前のように新橋は財布から何かカードのようなものを取り出してかざした。暫くして、チェーンの外れる音がする。 「お久し振りです、新橋様。今日はどなたと・・・?」 「あー・・・今日は俺じゃなくて。新客の紹介に」 出迎えたのは落ち着いた雰囲気の青年で、新橋の横に立つ木坂を見ると目を輝かせた。 「まさか木坂稔さんですか? 凄い、本当に知り合いだったんですね」 手を叩いて喜ぶ姿はまるで芸能人に会った少女のようで、やはり知る人には凄い人気なのかと、少年は思った。 「木坂さんなら審議は必要ありませんね。さ、どうぞ」 通された玄関は外観からは想像も付かない装丁で、ホテルのカウンターのようなものを構えていた。青年がその奥に入り、ファイルのようなものを出してくる。 「ここにお名前と電話番号を。身元証明のようなものなので、私以外は誰も見ることはしません」 丁寧に説明したが、木坂にはどうでもいいことなのかさらさらっと書くと無造作に青年にファイルを戻した。そして少年に向き直り、腕を引く。その手に新橋が己のを重ねて、少年の顔を見た。 「何があったのかは知らないけど、早く謝っちゃいな。ここは、」 「口を出すな、陽平」 手を振りほどき、強く少年の体を引いた。しかしすぐに止まり、青年に声をかける。 「中の照明はどんなだ?」 「顔の判別は難しいと思いますので、木坂さんだとはバレないと思いますよ」 「そうか、ありがとう」 それだけ言うと木坂は奥に進み、その先にある扉を開けた。入り際に少年が振り向くと、新橋が心底気落ちした顔で見ている。それに目だけで礼をして、後に続いた。 青年の言っていた通り、中の照明は申し訳程度しかなく最初の内は家具の配置すら分からなかった。ただその独特の匂いだけは嗅いだことがある気がして、少年は思わず顔を顰めた。何があるのだろうと目を凝らすより早く腕を引かれ、部屋の真ん中辺りに連れていかれた。 「脱ぎな」 「え・・・」 ソファのようなところに腰掛けたのか、少し低い位置から聞こえた声に少年は怯んだ。小さな舌打ちが聞こえ、肩を掴まれたかと思うと木坂に背を向けて乗せられた。 ベルトを外す気配に驚いて足を動かすと、動くなと後ろから低い声で脅された。 「もう目も慣れてくるころだろ。周りが何してるか、その目で見てみな」 言われて間もなく、ぼんやりだが部屋の全容が掴めてきた。入り口を避けて三方に長いソファが置かれており、その上は勿論床や壁沿いに何人かの影があった。 その殆どが体を密着させていて、やがてそれらが性交をしているのだと理解した。いやらしい音と声が、今起きたかのように漸く耳に入ってきた。嗅ぎ慣れた匂いは、性交時に漂う空気のようなものだったのだ。 「木坂さん、ここ・・・」 「カップル喫茶って聞いたことあるか? まあここはゲイ専用なんだけどよ・・・まあ簡単に言や、会員制の乱交場ってとこか」 乱交。その言葉で、木坂が自分に何をさせようとしているのか気付いてしまった。逃げようと腰を浮かせたところで両手を掴まれ、抜いたベルトを使い背中側で一まとめにされた。スラックスと下着を取られ、いよいよ全身が冷たくなる。 「い、嫌です・・・いやぁ」 弱く首を振る少年など無視し、木坂は足を大きく開かせるとその尻の間に両手の指を差し込んだ。ぶちゅりと残った精液が溢れ、その指を汚す。 「・・・なんだ、ほぐしてやる必要もなさそうだな? ここに、何人咥えたんだ?」 ぐちぐちと広げられ、その刺激に思わず声を漏らした。床にいた数人がそれに気付き、寄ってくる。 「新顔さん? この子、俺らも弄っていい?」 「ああ、してやって。こいつ淫乱すぎて、四六時中ハメてやんないと満足しねんだわ」 「きさ、んぐっ」 精液臭い指が口に突っ込まれ、残りで尻の肉を割る。誰かの手が両膝を持ち上げ、触れた舌の感触に怖気が立った。 「んんんぅーっ!」 びちゃびちゃと舐められ、腰が揺れる。他の手が性器を擦り、いきなりのことに訳が分からなくなる。 「んんう! ん! んふっ!」 「気持ちいいか? 次はハメハメしてもらおうな?」 優しい口調だが、声は今までに聞いたことがないもので。 いや、一度だけ聞いたことがある。一番最初、ただの仕事で抱かれたときだ。 「それじゃ、いただきまーす」 黒光りするペニスが薄暗い照明の中だというのに異様にはっきりと見え、少年はその太さと凶悪な形に涙を零した。何か埋め込まれているのか、見るからに形がおかしい。 「っんんん! んぅーっっ!」 巨大なものに肉を割られる痛みと、それが木坂の指示で行われていることに涙が大粒の雫となって滂沱の如く流れ出した。 嫌だ、やめて、許して。 口を塞ぐ手は振り向くことすら許してくれず、懇願の目を向けることすら叶わない。 「んん! っふ、うぅ・・・っ」 がつがつと突かれ、それに合わせて竿を揉まれる刺激に全身が震えた。嫌がるのは頭だけで、躯は貪欲にピストンを喜んだ。 「ふ、ぅんっ! んっ! っぷは、あ、あっやっあぁ!」 口を開放されたのに、出てくるのはうるさい喘ぎ声ばかり。少年は浅ましい自分の肉体を呪いながら、それでも快感に飲まれそうになる。 「随分開発されてるみだいだね、この子? 君のペット?」 「まあそんなとこ。エロく育ち過ぎたけどね」 そうしたのは自分なのだが。そうだとしても、誰彼構わず腰を振る姿は正直憎らしい。 自分以外の下で啼くなんて、許せない。 「ぅあ! あ! あん、木坂、木坂さ・・・っ」 唾液で濡れた指で首を反らせ、そこをなぞりながらシャツの襟から侵入させる。内側からボタンを外し、その胸をまさぐった。 「・・・っ」 予想していた固さは、その指に触れなかった。先週付けてやったときは喜んでいたように見えたのに、それすらも幻だったのか。 「木坂さ・・・っ木坂、さぁんっ」 「・・・っう、締まる・・・!」 少年を犯していた男が体を震わせ、精液に濡れた凶器をそこから引き抜いた。見れば少年の性器もぐにゃりと力を失っていて、いつの間にか果てていたのかと呆れがくる。 「ピアス、どうしたんだ?」 「ぁ・・・」 「最初からいらなかったとか?」 「ち、が・・・」 少年が何か言おうとしたところで、息を飲んだ。さっきのとは違う男が、その逸物を挿している。 「ヒロキ?」 「んぁ! ひゃ、ピア、あっやっやん、ああぁ・・・っ」 がくがくと頭を揺らし、先走りなのか射精なのか分からないが透明な汁を飛ばして少年は喘いだ。 いまだ精液は出ないのか、勃起と萎縮を繰り返す性器から白いものは吐き出されない。 「ああ・・・出しすぎで、もう作れないとか?」 「ち、ちが・・・あぁん!」 もう何も考えられない。少年はただ諾々と嬌声を上げ続け、それがまた木坂の苛立ちを増幅させる。 二人目が射精し、三人目がそれに取って代わる。少年の目はそれを映していたが、どろりと濁った瞳では理解しているのか定かではない。 「いや・・・いや、木坂さん・・・木坂さん」 「・・・んだよ」 「きさ、あん、ぁは、あっ・・・木坂、さん・・・」 「だから、なんだよ」 首を上に反らしたまま揺らす少年の肩に鼻を押し付けて、木坂は虚しさに囚われた。 もう反応のない少年が、愛しいのか憎らしいのかもうよく分からない。 「なんだって、訊いてるだろ・・・っ」 少年は答えなかった。 いや、答えられなかった。 暗い部屋の中で二人の気持ちは行き場を失い、セックスの熱気で湿った空気のなかをうろうろと彷徨う羽目になった。 一時間と待たず、少年は事切れたように意識を失った。 名残惜しそうな面々を丁寧に振り払い、その腰を上げて外に出る。退屈そうにしていた青年がそれに気付き、木坂に声をかけた。 「いかがでしたか? 御贔屓にしてくださいね」 可愛らしく笑うその青年に笑って返し、木坂は昇華しきれない気持ちを胸に抱いたままそこを後にした。 まだそんなに遅くもない時間に民家の間を抜け、車を止めておいた場所へと歩く。と、夜の闇に漂う紫煙に気付き足を止めた。木坂の車に、誰か寄りかかっている。 「・・・陽平」 声をかけると、その影は煙草を落とし踏み付けた。そこに散らばる数本が、彼をずっとここに留めていたことを物語る。 「お前、待って・・・」 バシン、と音がして、それが頬を叩かれた音だと気付くのに数秒かかった。 呆然とする木坂から少年を奪い、後部座席へと横たわらせる。それに伸ばそうとした手を扉を閉めることで制し、新橋はもう一度木坂の顔を殴りつけた。 「一度目は、彼の頬に付いていた分。二度目は、馬鹿なことしたお前への制裁だ」 痛む頬を押さえ、よろりとしてから新橋を睨み付けた。 「っは、お前もそいつの味方かよ? いつからだ? いつから、そいつはお前とも寝てたんだ?」 「・・・もう一度殴ってやろうか?」 怒気を含んだ声に、木坂は目を逸らした。そんなことしていないことぐらい、分かっている。 「・・・そいつが、悪い」 「ヒロキくんが? あんな仕打ちを受けるほど、ヒロキくんが何をしたって言うのさ」 「他の男と、ヤったんだ!」 「この前は自分で仕向けてたくせに?」 「それは・・・」 「自覚がなかったからって許されるの? じゃあ、ヒロキくんはもっと許されるはずだよ。だって、稔に好意を示してないんだから」 そんなことはないと思っていたが、わざわざ言ってやろうとも思わない。反省しろ、と新橋は内心で毒づいた。 「少しは冷静になって考えてみたら? ヒロキくんが、自分で誘うような子に見える?」 木坂が押し黙る。そして、ちらりと眠ったままの少年に目を向けた。 「・・・俺があげたピアス、外してたし」 「取られたとは考えないの? ヒロキくんが自分から捨てたって、言ってたの?」 唇を咬んだ。怒りに任せていた所為で、少年の境遇なんて考えもしていなかった。 「最近おかしいって言ってたよね? それって、私生活で何かあったとしか考えられないよ」 分かっていた。でも、少年が何も言わないから、何もできない自分にも嫌気がさして。 蒼褪めてきた木坂を見て、新橋はやれやれと溜め息を吐いた。本当にこの男は、肝心なところが全く育っていない。 「訊くけど、稔は本当にヒロキくんがお前とセックスするのに何も感じてないと思ってる?」 「そりゃ・・・初めての男なんだし、何もない訳・・・」 「この馬鹿。本物の馬鹿」 馬鹿馬鹿言われ、流石に顔を上げた。その怒った顔を見て新橋が溜め息を吐き、腕を組む。 「今日、どうだった? ヒロキくん、お前の名前ばっか呼んでなかったか?」 「あ?」 「正面から突いてたって、キスしたって、あの子が俺を見ることはなかったよ。いつだってお前を見て、いつだってお前を呼んでいた」 大業な溜め息をもう一度長く吐いて、指を突き立てた。 「これがどういうことか分からないなら、俺がヒロキくんを貰うよ」 「そんな、こと」 ぱし、と口に手を当て、木坂は思い返した。今日少年が掠れるほど呼んでいたのは、誰の名前だった? 「そんな・・・俺は、嘘だろ・・・まさか、そんな」 頭を抱えた木坂の肩に手を置いて、新橋は苦笑いした。 「分かったなら、謝りな。許してもらえるまで、何度でも」 許してもらえる訳がない。だが、少しでも少年に木坂への想いがあるのなら。 期待を込めた目を上げたとき、その顔が不自然に硬直した。新橋もそれに気付き、慌てて背後を窺う。 「ヒロキくん?」 いない。二人のいるほうとは反対側の扉が、開け放されている。 「ヒロキ!」 叫び声に視線を戻したときには既に木坂は走り出しており、その方向の先にいる少年に新橋も気付いた。ふらふらと、車通りの多い道へ向かっている。 「何してんだヒロキ!」 少年が振り向いたのと、少年の足が大通りに出たのはほぼ同時だった。その影を、車のヘッドライトが煌々と照らす。 「ヒロキ!」 少年の口が動いた。 その直後、地響きを起こしながら大型のトラックが眩しいライトを携えてその姿に迫った。 続。 |