5.

 今までのを地獄と称するのなら、これからは一体何と言えばいいのだろう。
 休み時間に、放課後に。二人以上に連れられてトイレに押し込まれる。必ず一人は見張りに立ち、残りが少年の口へ射精する。性行為に慣れていない少年たちはみな早く、奉仕させているというよりは少年の口を使ってのオナニーと言っても過言ではない。勝手に満足し、勝手に帰る。もはや、性玩具だ。
 男のケツに入れるのなんて気持ち悪い。
 そんな理由で後ろを犯されることはなかったが、代わりに放課後の教室で公開オナニーをさせられたことがあった。飛ばなかったら罵倒され、飛んだら飛んだで舌で拭わされる。今まで無視しかしなかった奴らまでが参加し、そしてたがが外れると今度は止まらなくなった。進学校という無言の圧力からのストレスが、ちょうど溜りきっていたのかもしれない。
 しかしそんなことは少年の体を蹂躙する理由になどならない。少年の心を壊していい訳が、なかった。
 今まで呼ばれなかった分を取り戻すかのように、少年の名前は呼ばれた。待ち望んでいたことの筈なのに、呼ばれるたび少年の心は血を噴いた。木坂に呼ばれたときのような震えは、起きなかった。
 少年は日に日に磨り減っていき、思考もままならなくなっていた。ただ言われるまま未熟な性器を咥え、舐め、出されたものを嚥下してまた舌で後始末をする。
 二日目から頭痛が止まらなくなった。飲み込んだ精液が自分の中に吸収され、それが体液となって染み出すといった夢を毎晩のように見る。そのたびに悲鳴を上げて目を覚まし、一人の家で背中を震わせて何度も吐いた。
 気持ち悪いのが収まらない。再び毎日のように死ぬことを考えるようになった。以前よりずっと、それは鮮明に。
 包丁の刃を見ていると落ち着いた。
 高い所に立つと、頭痛が治まった。
 少年の心は壊されかけていた。元々限界だったところに、今追い討ちがかけられている。
「ヒーロキ!」
 ゆらゆらと校舎を出て、聞きなれない言葉に顔を上げた。少し前から少年の視界は擦りガラスをかけたみたいに白み、その中に深緑色のものを見た。あれは、なんだ。今の言葉は、どういう意味を持っていたっけ。
「どうしたヒロキ? お前、顔色が悪い・・・」
「き、さかさん・・・」
 反射のように唇が動き、そこで鈍くなった頭が今日は金曜日だったことを思い出す。
「木坂さん・・・」
 この名前は誰だろう。でも、酷く嬉しい心地がする。
 少年は数歩その影に近付いて、そのまま眠るように気を失った。


 突然冷や汗が噴水の如く汗腺を通るような気がして、その恐怖に目が覚めた。
 全身は氷のように冷たいのに、胃の辺りだけ馬鹿みたいに熱い。嘔吐する。そう思ってベッドから半ば転げながら降りると、後ろからその細い手首を掴まれた。振り向いて、その顔に自然心が動いた。
「ヒロキ?」
「木坂さん、」
 名前を呼ばれて嬉しいのに、目が回った。ここで吐く訳にはいかないと手で口を押さえ、食道からせり上がる嫌な音を奥に押し戻した。そこで漸く木坂が少年の状態に気付き、毛布を蹴るようにのけ、少年の体を抱き上げる。
「ったく、また軽くなりやがって。ちゃんと喰ってたんだろうな?」
 何も食べていない。精液なら、毎日のように飲まされていたけれども。
「ぅうえっ、かはっあ、ぁ、ぇあ・・・っ」
 全身を震わせ、舌が硬直するまでえづいたのに、結局胃液が喉を焼いただけだった。もう吸収されてしまったんだという思いに、愕然とした。固まったまま動かない少年の背を木坂がさすってやり、大丈夫かと声をかける。
 温かい。
 吐瀉行為のおかげで涙が滲んでいる。それを木坂が指で拭ってやり、タオルを渡された。
「平気か? マジ焦るから。心配かけんな」
 髪をぐしゃぐしゃにするように頭を撫でられ、少年は申し訳なく思いながら頷いた。心配をかけるつもりはなかったのに。
「目覚めちまったな。なんかあったかいもんでも淹れてやるから、来な」
 手を引かれ、それに従う。しかし木坂がコンロの上にある棚を開けようと手を離した瞬間、少年はその腰に抱きついていた。そして驚いている木坂の寝巻きの下を引くと、萎えて縮んでいるそれに唇を当てた。子供が乳を吸うように舌を動かし、硬くなったところで愛しそうに咥え込む。
 突然のことに目を丸くしていた木坂がはっと我に還り、その肩を押して引き剥がした。
「・・・何、喰いたいのは俺ってか?」
 笑ってはいるが、戸惑いを隠せていない。少年がおかしいのは明らかなので、このまま性交渉に陥っていいのか真剣に考える。
 だがそんな木坂の思惑も考えられないのか、少年は焦点の定まらない目でそれでもしっかりと木坂を見、懇願した。
「へ・・・き、だから。セックス、して。木坂さんでいっぱい、に・・・し、て」
 少年の必死さに、木坂は唇を咬んだ。一瞬躊躇うように下を向き、舌打ちすると性急にその唇を吸った。キッチンマットに押し付けて、破るように服を脱がせていく。
「木坂さん・・・木坂さん、いれて。いれて・・・」
「・・・少し待て、ばか」
 下を脱がせると、唾を付けた指を二本、一気に突き入れた。流石に痛いのか少年が呻いたが、構わず広げていく。
 二、三度のピストンでそこは柔らかく湿り、早く早くと少年が繰り返すので挿してやった。背中が反り、苦しいのかぼろぼろと泣き出す。
「おかし、ぞ、お前・・・何があった?」
「ひゃ、あっあっあん、木さ、ぁあ、やんっ」
 木坂の問いには答えず、というよりももう何も聞いておらず、少年は打ち付けられる肉にただ喜んだ。あんあんと喘ぎ声を上げ、その切れ間で木坂を呼ぶ。
 時々ごめんなさいと聞こえるのが、木坂には疑問でならなかった。
「あっあ、木坂さん、もっと、もっと奥まで・・・」
「・・・この、スキモノが」
 足を抱え上げ、木坂がぐんっと身を進める。痛い。痛くて、熱い。心臓がうるさいくらい鳴って、ああ、生きている、と少年は涙を流す。
 最奥まで押し込んだとき、一際高い声を上げて少年が果てた。しかしいつものように腹を汚す白いものは出ず、代わりに透明でさらさらした汁がつ、と垂れただけだった。小首を傾げ、木坂もそれに気付きながら射精した。
「ちゃんと喰わねぇからだぞ」
 違うとは思ったが、木坂は後ろと性器を濡らしたタオルで拭いてやりながら言った。
 以前から危うい感じは漂っていたが、今夜は一番酷い。少年が何も言わないから、どうしてやることもできない。
 木坂は奇麗にしてやったあとで服を整えてやり、ベッドに運んだ。
「眠くなったか? なら寝ちまえ。疲れてんだよ」
 ぐりぐりと頭を撫で、毛布を鼻までかけさせた。その瞼がゆるりと閉じるのを待って、木坂も横になる。抱いてやると、その体は一層小さいように感じられた。
「恐ぇな・・・」
 自分にはなんの知識も経験もない。それでも何かしてやりたくて、木坂は少年が落ち着くことだけを祈って眠りに落ちた。


 昼頃に起きて、一緒に風呂へ入った。泡をいっぱい立てたスポンジで擦られ、心地よさにうとうとする。
 宮元たちに奉仕を強要されるようになって、少年は自分が汚いものになった気がして日に何度もシャワーを浴びた。でも今が一番清められている気がする。体内の毒が、全部出ていくよう。
「目閉じな。・・・おい、寝るな」
 頭も洗ってもらい、温めのシャワーで流されて息を吐いた。たくさん溜められた湯船に浸され、縁に寄りかかって木坂が洗い終えるのを待った。その間もとろりと眠気が少年を遅い、首を落としては木坂に起こされた。
「寄りな」
 言われるまま木坂の入る場所を作り、端に寄った躯を引き寄せられた。後ろから抱くようにされ、人肌に胸が震えた。
「木坂、さん」
「ん?」
「なんで、今日は優しいの?」
「・・・ばっか。いつも優しいだろ、俺は」
 そうだろうか。そう、かもしれない。
 木坂は自分勝手なようでいて、少年が本気で恐がることはしない。気持ちよすぎて恐いのは別だが、少年が泣けば泣きやむまで慰めてくれたりする。ちゅ、と耳の後ろを吸われ、ふるりと身を縮めた。
「・・・んっ」
 肩口を軽く咬まれ、胸の中心を擦られる。簡単に立ち上がったそこをこりこりと潰され、息が上がる。着々と開発されている所為で、その刺激だけで腰の辺りが切なくなる。ぱちゃぱちゃとお湯が跳ね、その音がまた少年の興奮を煽る。
「ひゃっあ、あ、あんっ」
「膨らんでるな。お前のここ、すっげー好き」
 挟まれ、引かれ、弾かれる。刺激に散々声を漏らして、抱かれている所為で動かせない腕を突っ張った。自分の体の熱さが、風呂に浸かっているからなのかそれとも自ら発している熱の所為なのかもう区別が付かない。はふはふと唇を動かして空気を求め、お湯の中で木坂の太股を掻いた。
「穴、開けてもいい? ピアス挿して、可愛がってやりたい」
 爪を立てられる痛みに、脳が痺れた。がくがくと頷いて、首を捻る。
「開けても、い・・・何しても、いいからぁ・・・っ」
 言葉の先を予想して、木坂はさっきから可哀そうなほど主張している性器を摘んだ。びくんっと少年の体が揺れ、少し遅れて手の中の性器から力が失われたことで昇りつめたのだと分かる。それでもやはり白いものが湯を汚すことはなく、木坂は眉を寄せた。
「どうしちまったんだろうな」
 萎えた性器を指先で弄びながら、息を荒げる少年の体をさする。先端はぬるついているようだが、ほんの少しすら白いものは出ていない。
「やっぱ栄養が足りねんだな。何かうまいもんでも頼むか」
 少年を抱き上げて湯船から出、シャワーで軽く流す。明るさの中で少年の骨はことさら浮かび上がり、その脆弱さに木坂は胸を痛めた。
 結局少年に何か食べさせてやることは叶わなかった。風呂上りの水分補給にと飲ませたスポーツ飲料さえ、少年は吐いてしまったのだ。
「ほんと、どうしたんだよ・・・」
 ひとまず寝かしつけた少年の胸を優しく叩いてやりながら、木坂は溜め息を吐いた。
 そういえば笑った顔を一度も見たことがない。泣き顔ばかりに固執して、気付いてすらいなかった。
「・・・笑えよ」
 むにり、と頬を摘み、虚しさに肩を落とした。


 昨日の今日だから、やはりまだじくじくと痛い。
 俯きがちに授業を受ける少年の胸には小さな輪を模したピアスが左右に一つずつはめられており、服が擦れるだけでぴりりと痺れた。そのたびにそれを付けたときのことが思い出され、羞恥と幸福で胸がいっぱいになる。
 針の貫通する鋭い痛みに泣き出した少年の頭を包み、木坂は流れる涙を舌で掬っては優しくキスを降らせてきた。何度も宥めるように頬を吸い、痛みと恐怖に震える唇を緩く食んだ。
 ピアスを通してからは痛みを和らげるためだとかなんとか言って、そこを溶けるほど舐めてきた。唾液でとろとろになったそこを指先で押し潰されると、中の金属が転がって少年はそのむず痒さに喘いだ。
 可愛い、可愛い、と。木坂は少年の頭がおかしくなるのではないかというくらい囁き続けた。しまいにはその言葉にすら体は反応するような気がして、少年は幸せと絶望の狭間で泣いた。戯れだとしても、残酷すぎる。
 優しくされればされるだけ、木坂が隣にいないときの喪失感に耐え切れない。今朝分かれたばかりだというのに、もう会いたくて仕方がないのだ。
 服の上から金属の輪を摘んで引き、その痛みに集中する。
 会いたいなんて思っちゃいけない。何かを期待しても、いけない。
 そう言い聞かせるように少年は自らを苛み、月曜日の授業をなんとか堪えた。あとは火曜日と水曜日と木曜日と金曜日。それまでに、何度ここを引いて木坂を思い出すのだろう。もう先週のように、思い出せないのは嫌だった。
「おい」
 幸せな痛みの淵から、無粋な声に引きずり出された。弾けるように上げた顔を、宮元が嫌な笑いを浮かべて見下ろしてくる。
「何やってんだ? 早く来いよ」
 授業が終わってから結構経っていたのか、もう数えるくらいしか生徒は残っていなかった。先を行く宮元のあとをついて行き、トイレへと向かう。
「土日寂しかったんじゃないのか? お前、ちんこ咥えんの好きだもんな」
「うん、大好き」
 嘘の返事をして、それに喜ぶ宮元の気持ち悪い笑みを見ないように窓の外を見た。もしあの校門に木坂の深緑色の車があったら。想像して、苦しくなる。
 最近の土日を寂しいと思ったことなど一度もない。もうずっと、平日はモノクロの世界だ。
「俺のちんこが一番だろ?」
 ぐしし、と笑われて、少年はそうだねと頷いた。宮元のちんこが一番気持ち悪い。
 宮元は自分の優位を示したいのか、時々少年にこういったことを言わせる。何に影響されているのか知らないが、少年を自分専用の娼婦にでもしたいのかもしれない。他の連中が少年を使うときも、宮元に一言入れないと怒られる。
 しかし少年からしてみればそんなの見当外れ以外の何物でもない。少年の体は今だけは木坂のもので、木坂に捨てられればあとは朽ちるだけなのだから。勝手に所有の証だと信じている輪をついと引き、上と下の唇を強く合わせた。
 宮元の性器はいつも少し小便臭い。吐き気を抑えながらそれを咥えるのは拷問に近く、それでも少年は精一杯奉仕した。
 木坂と少しでも長く繋がり続けるには、これをするしかない。
 流石の両親も、ビデオのことがあれば少年を放っておく訳にもいかなくなるだろう。外聞を何より気にする人たちだ、もしかしたら木坂とは完全に関係を断たれてしまうかもしれない。
 木坂に飽きられるならともかく、そんな終わりは断固として避けたい。そのためにも、宮元たちの機嫌を取り続けなければ。
 びちびちと喉の奥に当たる精液をやっとの思いで飲み込み、舌で奇麗にしてやってから前を閉めた。さあ帰ろうと立ち上がった少年の背中が蹴られ、トイレのドアに押し付けられる。
「え?」
 驚いて声も出ない少年のスラックスを後ろから掴まれ、ベルトの存在など無視して引き降ろされた。剥き出しになった白い尻を眺められている気配に、悪寒を感じて震え上がる。
「宮元くん・・・?」
「兄貴の友達がさ、女とケツでしたことあんだって自慢してた。よく考えたら、男も女もここは変わんねぇよな」
 冷たい感触に、唾をべったりと付けられたのだと分かる。一気に血の気が引いて、少年は木製の扉に爪を立てた。
「い、や! やめ、やめて・・・!」
「うるせぇよ」
 首の後ろを掴まれ、何度か額を扉に打ち付けられた。脳が揺れる感覚に少年の動きが鈍った隙を突いて、宮元が尻の肉を左右に広げた。ずるずると上半身が下がった所為でそこは簡単に広がり、赤い肉を見せて収縮する様に宮元は喉を上下させた。
「・・・流石、男を誘うのは慣れてんじゃん」
「ち、ちが・・・っあ、いや! 入れな・・・っ」
 みち、と肉を割って進む熱に、少年の目が見開かれた。ああ、と喉の奥から悲痛な叫びを上げ、逃げようと扉を何度も掻く。
「いやあああぁ! いや! いやあぁっっ!」
 これは違う。違う。分かっているのに、腰が揺れた。拙い律動を、体が勝手に勘違いして反応を返す。宮元が空気だけの口笛を吹き、ずんずんと中へ押しやった。
「なんだお前、感じてんのか? ほんと変態なんだな」
 体はそうでも、心は違った。犯されているという感覚に胃が震え、恐らく何か口にしていたなら吐き戻していただろう。噴く泡が酸味と苦味を持ち、少年を更に最悪な気分にさせた。
「ぃあ、あ、あんっ」
 穿たれることに慣れた体は、その下手な腰使いにさえ貪欲に享受した。足の間に下がるものからも、ぽたぽたと雫が垂れている。宮元の手が腰を掴んで、奥まで差し込んだ。
「ひいぃ・・・っ・・・い、いやああああぁああぁぁ・・・っ!」
 目の淵が痛いほど見開かれて、少年は射精の伴わない絶頂に打ち震えた。宮元の体液が、奥に注がれる。
 木坂さん。
 思い浮かべた顔は、少年の願いなど無視して霞の向こうへと消えていった。





続。