4.

「3Pするか」
 飼い猫ごっこをした翌週、また金曜の放課後に連れてこられた部屋で、唐突に木坂がそんなことを言った。
 先週の土日ずっとさせられていた所為で多少は慣れたフェラチオをしている最中だったから、少年はそのまま上目遣いで問いかけた。それは何、と。
「だから三人プレイ。あと一人連れてくるから、上も下も犯してやるよ」
 未だぎこちない動きをする口を離し、シーツの上でうつぶせにさせる。形程度に腰を上げさせ、狭い肉に唾液で濡れたものを押し込んだ。無理な挿入に逃げるよう反らせた少年の背中に、いつものように歯型を残していく。
「なあ、いいだろ? あんまOKしてくれる奴いないから、コレクション少ねんだわ」
 がつがつと犯しながら白い背中に歯と唇の痕を刻んでいき、それらを爪の先で掻いて繋げたりする。細かい痛みに少年が泣くように鼻をすすった。
「い、です・・・して、いいです、からっ」
「から?」
「い、イカせてくださ・・・」
 言い終わるより先に腰を掴んで浮かせ、大きく足を開いた。深くまで飲み込めるようになったそこを、強く激しく揺さぶられる。少年の高い声を、ベッドの横に設置されたカメラのマイクが拾っていく。
「んぁ! あ、あ、いぃ・・・い、いくぅ・・・っ」
 熱で浮かされた皮膚に浮かぶ赤い鬱血の痕が、突くたびに更に鮮やかな色に染まっていく。それを見ながら、木坂は少年をもっと鳴かせたくて腰を乱暴に打ち付けた。強すぎる挿入に射精が引き伸ばされ、少年はがくがくと顎を揺らした。
「木坂、さ・・・も、死んじゃう・・・っ」
 何度か強く突いて、シーツと腹に挟まれた性器からやっとの思いで精液が飛び出した。それとほぼ同時に中の肉から締め付ける力が消え、気絶したのだと分かる。
 木坂は小さく舌打ちしたが、その緩い肉の感触も悪くない、と暫く動いてから遅くに射精した。


 木坂の電話一本で休日をおじゃんにしたのは、長峰ともう一人知らない男だった。長峰をカメラマンとして呼んだのなら、それが木坂と一緒に少年を楽しむ男だろうか。
 すっきりと筋肉の付いた、短髪の似合う男だ。顎に少しだけ生えた髭が妙にやらしくて、目が合うと笑いかけてくるその男から少年は目を逸らした。
「久し振り、だね」
 裸でベッドに小さくなって座っている少年に長峰が近付き、苦笑いする。こうして呼び出されることはままあるのか、少年に気付くまではぶつくさ文句を言っていた。お前の趣味に俺を巻き込むな、と半ば呆れながら。
 少年のことはずっと気にしていたようで、前と余り変わっていないことに何やら安堵していた。背中や肩に残る歯型には、流石に辟易していたが。
「稔のことだから、てっきりもう壊しちまってるかと思ってたよ。安心した」
 頭を掻きながらそう言った長峰に、木坂が突っかかる。人聞きが悪いこと言うな、と。
「だって本当のことだろ? お前に何人の女優や男優を壊されたことか」
「あれは奴らが勝手におかしくなったんじゃねぇか。俺に抱かれなきゃ死ぬとか言って」
「お前が原因なのは確かだろうが。この絶倫馬鹿」
「まあまあ二人とも。大人気ないよ」
 言い争いが始まりそうになったところで短髪の男が仲裁に入った。止められた二人はお互いに二の句を接ぐタイミングを逃し、その怒りも含め矛先を男に向けた。
「邪魔すんなよなあ。長峰さんは俺のありがたみってやつが全く分かってないんだから」
「二流ホスト上がりが何ナマ言ってんだ。俺が拾ってやったおかげだろ」
「はあ? 誰のおかげであんたのビデオが売れてると・・・」
「まあまあまあまあ」
 再び激化しそうになったところでまたもや男が止め、少年を指差した。三人の視線が集まり、びくりとする。
「いい加減に紹介してよね。今日抱く相手の名前も知らないってのはね」
 穏やかに笑われて、漸く溜飲が降りた。木坂がおざなりに少年の名前を口にし、長峰の持ってきた機材を広げ始める。
「ヒロキくん? 上は?」
「かい、」
「いいだろフルネームなんて。長い付き合いになるわけじゃないんだし」
 言葉を遮られ、少年は少しだけ伏し目がちになった。男がそれをちらと見、呆れるように笑う。
「相変わらずなんだな、あいつ。俺は新橋陽平。今日はよろしくね」
 そう言って出された手を遠慮がちに握ると、そのまま強く引かれ抱き込まれた。驚きで反応できない内に新橋は身を反転させ、少年を上に乗せるようにしてベッドに背中から倒れた。音に気付いた木坂と長峰が目を向け、眉を寄せる。
「・・・何してんだ、陽平」
「いいじゃん、仕事じゃないんだし。ちょっと味見」
 木坂は不満そうな顔をしたが、結局は勝手にしろと言った。許しを得た新橋の手が尻の肉を揉み、その柔らかい感触に口角を上げた。太股を使って足を割らせると、一舐めした指をずぶりと差し込んだ。
「んっ!」
「お、いい締まり。稔さあ、ほんと見る目だけはいいよね」
「だけってなんだ。でも、いいだろそいつ? ここ最近じゃ一番だね」
 そう言われて、嬉しくもあり悲しくもなる。自分以外の人間もここに来たことがあるのは知っていたが、それと比べられるのはなんとなく嫌だ。
どうしてだろうと考えかけ、しかしぐちゃぐちゃと指を動かされて頭が真っ白になった。かくかくと腰が揺れ、新橋の胸の辺りを強く掴む。
「大人しい顔してHだなあ。稔、もう挿入れちゃってもいい?」
「ちょっとは我慢しろよ。カメラだってまだ」
「俺はOKだぜ。始めようか」
 長峰の言葉に、木坂は小さく舌打ちをした。してから、何を苛立つ必要があるのかと首を傾げた。さっきから、新橋が少年に触ると心がささくれる。理由を考えるのも面倒なので、上を脱いでベッドに足をかけた。それとほぼ同時に、カメラのほうへ向けさせた少年の両膝を持って、新橋が座ったまま貫いた。
「んぁ! ひゃああぁあ!」
 軽くほぐされただけでの挿入に体を震わせ、小さく喘ぎながら少年は目の前に膝立ちした木坂の首に縋るように手を伸ばした。それが届く前に掴み、下に引いて上半身を曲げさせる。
「どうだ? 陽平のちんこはデカくていいだろう?」
「あ、んぁ・・・おっき、木坂さん、苦しい・・・」
 ぱくぱくと口を動かしながら木坂を見ようと顔を上げ、ぼろぼろと泣きながら何かを訴えた。その頭を撫でてやり、ファスナーを下ろす。
「欲しいか? しゃぶらせてやるよ」
 言われて、唾液が泡のようになった口をもったりと開く。押し当てられた慣れた感触に、舌が勝手に動いた。
「可愛いペットだね。稔にべったりで羨ましい」
「俺が始めての男だからだろ。お前のちんこのほうがいいって言うかもよ?」
「・・・それは、どうだろ」
 新橋も腰を上げ、シーツに付いていた両手を掴んで後ろに引くようにして深くまでえぐった。咥えたままの口から悲鳴が上がり、苦しさと激しい快感に目を閉じた。
「ん! んぐ! んっんっんっあ!」
 衝撃でとうとう口から木坂の性器が抜け、揺すぶられながらもう一度触れようを試みてはただ喘いだ。木坂に見てもらいたくて、その視線が濡れたまま上を仰ぐ。
「木坂、さん。きさ、あぁん!」
「ほら、見ろ。やっぱお前がいいってさ」
 そう言って笑い、少年を挿したまま少し下がってその体をシーツに押し付けた。手が、木坂を求めて前に伸ばされ、届かなくてシーツの上をのたうった。
 その様子をフレーム越しに見ながら、長峰は木坂と少年の間にある感情に気付き始めていた。木坂はなんのために自分たちを呼んだのだろうか。いつもなら楽しそうに喋り捲るくせに、今日は気乗りしないのか無口で、そしてつまらなそうだ。
 ここ数週間木坂は予定を早めては土日を空けようと頑張っていた。そんなに少年の体が気に入ったのかと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。木坂を前から知っていただけに、その感情を推測すると面白い。撮りながら、長峰は思わず笑ってしまいそうになる。
 木坂は若い内からホストという外見を売る商売を始め、そしてこの世界に入ってからはそっち方面の技術ばかり上がり内面は殆ど成長しないまま生きてきた。そんな男が一人の人間に固執するなんて。子供の成長を見るようで、なんとなく楽しかった。
「きさ、あ、あん、木坂、さ・・・んっ」
 木坂を呼びながら、後ろから新橋に胸を摘まれて果てた。同時に奥へと熱いものを注がれながら、がくりと力を抜く。 高い声を上げながらの絶頂に、木坂の顔色が変わる。疲れた表情をしている顔を顎を掴んで自分のほうに向け、目を開かせる。
「デカいのはよかったか? この淫乱」
「お前が、そうしたんだろう?」
 言いながらずるりと身を引き、木坂の手を払うように少年の体を反転させた。その上に覆いかぶさるように手を付き、唇を合わせる。
「・・・ん、んふ、ぅ」
 唇から逃げるような動きに、新橋が気付いて体を起こす。前髪を掻き分けてやりながら、木坂をちらりと見た。
「キスは下手なんだね」
「教えてねぇからな」
 こともなげに言い、新橋の下から少年を引きずり出した。仰向けのまま首を捻らせ再び自分のものを咥えさせ、足首を持って大きく開かせた。泡を含んだ精液がとろとろと緩んだ赤い肉から漏れ、その卑猥な光景に新橋が喉を鳴らす。
「まだイケるだろ? この淫乱を満足させてやれよ」
「んん! んむっ!」
 新橋のほうを見て自分を見ない木坂に何か訴えたが、木坂はそれを無視した。新橋が横目で長峰を伺い、二人して肩を竦める。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 すっかり溶けたそこに先端を押し付けると、少年の瞳から涙が大粒の雫となって零れ落ちた。


 疲れ果てて眠りに就いた少年の頭を撫でてやりながら、木坂はぼんやりと考え事をしていた。そこに風呂上がりの新橋が来て、プルを上げた缶ビールを手渡した。
「怒ってる?」
「・・・誰が」
 ビールを呷り、その首にあるタオルを奪った。立ち上がり、浴室に行こうとしたのを新橋が腕を掴んで制す。
「稔が、だよ。なんかノリも悪かったし、今も機嫌悪いでしょ」
「そんな訳・・・」
「あるだろ」
 声のしたほうを見ると、居間に続く扉から入ってきた長峰が木坂に向けて何かを放ってきた。それは今日の撮影が収録されているだろうディスクで、いつもは編集してから渡されるそれに首を傾げる。
「お前さ、その子を他の男に抱かせたくないならこんなことするな。それだって、もう俺が見ないほうがいいだろ?」
「っな! お前らさっきから何がいいたい?!」
「しっ、ヒロキくんが起きる」
 立ち上がった木坂の代わりに新橋が少年の横に座り、その頭を撫でた。ん、と小さく声を上げる姿を見て、木坂が動きかけて止まる。苦々しい顔でビールの残りを一気に飲み、缶を潰した。
「自分から呼んでおいて気のねぇセックスしやがって。玩具取られたガキみてぇな顔してたぞ」
「ヒロキくんも泣いてたしね」
 涙の痕を拭い、視線を向けられる。左右から矢継ぎ早に言われて、苛立ちを隠せず潰した缶を足元に投げつけた。僅かに残ったビールが飛び、虚しく音が鳴る。
「いい加減にしろよ。なんだ? 俺がそいつに執着してるとでも?」
「違うのか? じゃあその子貸してくれよ。上玉だから本契約させろって、上から言われてんだ」
「あ、それいいな。ヒロキくん相手なら、俺ノーギャラでも構わな・・・」
「勝手に進めんな! そいつは俺んだ!」
 怒鳴ってから、木坂は口を押さえた。新橋と長峰が、目配せしてにやける。
 悔しそうに唇を咬み、暫く足元の染みを睨んでいたが、やがて根負けした。降参だと言うように両手を上げると、新橋を立たせて少年の近くに腰を下ろした。
「思いついたときは楽しかったんだぜ。でも、なんか・・・」
 眠る少年の髪を摘むように梳く。喘ぎながら何かを求めて泣いていた顔が、すぐに思い浮かぶ。
「こいつ、なんでも言うこと聞くし。俺だけ見てたのが可愛かったんだなって」
 言いながらどんどん声が小さくなり、最終的には気恥ずかしさに負け頭を掻いた。そんな木坂の首に新橋が腕を回し、もう片方で掴むように頭を撫でた。
「なんだよ稔、28にもなって酸っぱいこと言うなよなあ」
「誰が言わせたんだ、誰が。俺でも気付いてなかったってのに・・・」
 項垂れて、顔を覆う。その様子を見て、新橋と長峰が顔を見合わせ噴き出した。
「な、長峰さん長峰さん! こいつ絶対初恋だって! ぶふー笑える」
「わ、笑ってやるな陽平・・・こいつだって一応にんげ・・・ぶはっ」
 肩を震わせて笑う二人に、木坂が枕を投げた。そしてうるさいんだよ、と寝室から押し出し、後ろ手に扉を締める。
「ヒロキには言うなよな。俺にだって、プライドはあんだから」
「え? 言われるの待つってこと?」
「は? だってあいつノンケだろ? フラれるなんて我慢できないからな」
 どうやら本気で言っているらしいその言葉に、二人は抑えていた笑いを再び吐き出した。今度は涙まで浮かべ、腹を抱えて笑い狂っている。
 一人だけ理解していない木坂を放って暫く笑い続けた後で、長峰が思い出したように機材をしまっている鞄の方へ歩いた。中から安っぽい装丁のDVDを取り出し、木坂に向かって投げる。
「契約の話は嘘だが、それはもう市場に出回る。許せよな」
 そのパッケージを見て、木坂は眉を下げた。企画ものなので他にも何本か似たようなものが収録されていて、少年の広告部分は結構小さい。仕方ないと苦笑いして、ソファに投げる。
「後で見るわ。あいつも視覚で興奮するタイプだし」
「それは稔が興奮してるからだと思うけど・・・」
「どういう意味だ?」
「別にぃ」
「どうでもいいが、お前らいつまでフリチンで立ってるつもりだ?」


 起きたらもう家には木坂しかいなくて、翌の日曜日には一日中だらだら過ごした。少年を放置して楽しむこともなければ、排泄を目の前でさせたり撮影したりすることもなく。
 至った性行為も長くぬるま湯に浸かっているような心地よいもので、少年は戸惑った。
 流石の木坂も疲れたのだろうか。それとも、もう飽きたのか。
 少し不安になったりもしたが、しつこく優しい責めによるどろりとした快感に飲まれ、途中から何を考えていたのかも分からなくなった。
 優しくされればされるだけ恐くなる。大事にされているような錯覚は、初めからないほうがどれだけいいか。
 木坂は自分を可愛がってくれてはいるが、知ろうとはしてくれない。長い付き合いではないと、その口で言われてしまった。
 あと何週間、何日こうして呼びにきてくれるのだろうか。不安を消すように首に手を回したら、最初の撮影以来したことのなかったキスをされた。
 なんだか幸せな心地になってしまい、少年は一層泣きたくなった。


 その翌日は少し早めにマンションを出て、自分の制服を着てから送ってもらった。
 静かな家には珍しく母がいて、木坂には悪かったが少し離れた角で待ってもらうことにした。車に戻ると、まだ早いからと言ってキスをされた。耳の後ろを撫でながらのキスに、心が躍る。でもこれ以上、近付きたくない。
 押し返すように唇を離して、学校まで送ってもらった。着いてからは振り向かないように車から出て、俯き加減で校舎まで早歩きで進んだ。途中一度でも振り向いたら、視線を注ぎ続ける木坂に気付いたかもしれないのに。
「海堂」
 一瞬耳を疑った。苗字なんて、ここ何ヶ月も聞いていなかった気がする。
「こっち来いよ、海堂」
 宮元。シカトを始めた、主犯格だ。
 どう見ても仲直りをしようという顔ではなかったが、つい期待してしまいながら少年はその後についていった。授業開始まであと十分弱。着いた先は、人通りの少ない棟のトイレだった。
「何・・・?」
 恐る恐る問いかけたら、嫌な笑いを浮かべた宮元が携帯のフラップを開けてこちらに向けていた。小さな画面ではなんだかよく分からず、近付いて息を飲んだ。飲んでから、しまったと思う。気付かないふりを、するべきだった。
「・・・やっぱりな。これ、お前だろ」
 黒いページに乗せられた小さな写真は、裏ビデオを紹介するものだった。木坂の前で大きく足を開き、肌を紅潮させている自分の姿。
「無料の音楽ダウンロードサイト巡ってたら、間違って変な広告押しちゃってさ。誰か似てる奴いたらからかってやろうと思って見てたんだ」
 小さいけれど、顔は分かる。日曜に木坂に抱かれながら見た、ビデオの1シーンだ。
 一歩下がって、胸を押さえる。動悸が激しくて、息もできない。
「お前って、ホモだったんだ? ケツに入れられるのっていいわけ? 気持ち悪ぃ」
 足が震えた。まさか、見つかるなんて。
「俺さ、もうシカトとかってガキ臭くてうんざりしてたんだよね。そろそろ新しい遊びも、いいかなって」
 フラップをぱくんと閉じて、動けなくなっている少年に近付いた。ガチガチと歯を鳴らして怯える姿を見て、気味の悪い笑顔を浮かべる。
「まあ安心しなって。今まで通り、誰も気付かないさ」
 後ろから足音が聞こえて、びくりと振り返った。見覚えのある顔が、幾つも並んでいる。
「まあ、友達には昨日のうちにメールしたけどさ」
 げひゃげひゃという笑いに、頭から血の気が引くのを感じた。
 声を出さないことに慣れていた喉は、こんなときでも悲鳴を上げることはなく。耐えることが染み付いた体は、逃げる素振りすら見せず。
 やっぱりあの日、死んでおけばよかった。
 世界は、壊れたりしない。





続。