3. 目をあけると知らない天井の下で、しかも知らない男と同じベッドにいたものだから、少年はかなり驚いた。といってもそれが表立って顔に出るでもなく、一瞬固まりはしたもののゆっくりと上半身を起こした。 全身が泥のように重くて鈍い。一日中海で泳いでいたような倦怠感。肛門に何かが入っているような気がして身じろいだとき、漸くここがどこであるか思い出した。隣を見て、男の顔を確認する。木坂とかいう、AV男優だ。 「ヒロキ?」 眠そうな声。それでも名前を呼ばれると、胸のどこかがなびいた。 「何、してんだよ。まだ寝てろ」 「でも、学校。行かないと」 遠慮がちに言うと、木坂は機嫌悪そうに目を開け、上体を起こす。そして瞼をごしごしと擦り、デジタル式の時計を見た。 「あー・・・今日月曜か。学校ってどこ?」 「暮羽」 「名門じゃねぇか。それならあるな。出しとくから、先にシャワーでも浴びてろ」 何を出すというのか。よく分からなかったが、行けと言われたのでベッドから降りる。歩き出そうと一歩踏み出して、膝が崩れた。 「いた・・・」 腰から下に力が入らない。なんとか立ち上がろうと膝の間に手を付いて踏ん張ったが、上手くいかない。どうしようと呆然としていたら、ふわりと持ち上げられた。驚いて見ると、盛大な欠伸をしながら木坂が文句を言っている。 「お前、手かかる」 「・・・ごめ、なさい」 「しかも何この軽さ。ちゃんと喰ってんのか?」 ぶつくさ言いながらも木坂は少年を浴室まで連れて行き、立ち上がれない少年のためにシャワーヘッドまで下ろしてくれた。お湯の温度を調節してやってから、浴室を出る。 「車で送ってやるからゆっくり洗え。終わるころには立てるようになってるだろ」 そう言って出ていく木坂に、少年は小さく頷いた。昨日会ったばかりなのに、木坂の言う通りにしていればなんとかなるのではないかという安心感がある。 調節してくれたお湯は少しばかり熱かったが、少年はそのまま肩にかけた。 思った以上に時間がかかったが、なんとか歩けるようになってから寝室に戻った。入っている間に変えたのか、奇麗になったシーツの上に暮羽の制服が上下とも揃えて置かれていた。指定の靴下や鞄まであり、少年は着替えながらも首を傾げるしかない。ネクタイを付けたところで、扉の向こうから呼ばれた。 「ほら、喰え。喰って肥えろ」 出された朝食は簡単ながらもきちんと手を加えられたもので、少年は久々のちゃんとした食事に戸惑いながら口を付けた。 「あの、この制服って・・・」 「買ったんだよ。制服プレイって燃えるだろ? でもパーティグッズは安物臭いしな」 有名どころは揃えてあるんだ、と木坂は悪びれなく答えた。小鉢に盛った苺を摘み、口に入れる。 「学ランも白とか紺とか、金ボタンからファスナーまで色々あるんだぜ。今度着せてやるよ」 「今度?」 「あぁ? まさか昨日だけとか思ってたわけ? 逃がさねぇよ、暫くは」 悪そうな笑いを浮かべ、すぐ目を丸くした。少年を立たせ、玄関に押しやる。 「時間ねぇ。包んでやるから、車で喰いな」 さっきは手がかかるとか言っていたが、基本的に面倒見がいいんじゃないだろうか。そう思いながら、地下の駐車場までまた早歩きでついていく。 深緑色の車で送ってもらいながら、少年は死のうとしていたことを思い出していた。忘れていたわけではないのだが、木坂とのセックスの間はそれどころではなかった。またしてくれると言うから、それまでは死なずに生きてみようかなどと思う。 「じゃあな。金曜に迎えにくっから」 少年を校門から少し離れた位置で降ろし、木坂はエンジンを鳴らして去って行った。またどこかのホテルで誰かを抱くのだろうか。 車を見送ってから、校舎に向かって走る。 名前を呼んで、触れてくれる人ができた。まだまだ自分は、生きていていいんだ。 教室の前で一度目を閉じて、少年は針のむしろとなる世界へと足を踏み出した。 始まりは小さな無視だった。元々言葉少ななほうだったから、ともすれば気付かなければそのままだったかもしれない。 しかし、気付いてしまった。気付いて、傷付いた顔をした。それが相手を喜ばせるなんて、知らなかったから。 それからが最悪だった。無視に加えての、他からは決してそうとは見えない嫌がらせの数々。名前は呼ばれないのに、毎日気味の悪い視線が少年の全身を刺した。 暮羽南学園は県内外でそこそこ知られる名門男子校で、入学するのは学力も家柄も申し分ない者が殆どだ。親の金で生きているような奴ばかりだから、逆に親に見捨てられるのを一番厭う。結果少年が目立った暴力を奮われることはなかったが、頭もいいので巧妙だ。教師は愚か、なんとクラス内でも虐めの事実を知っているのはそれに加わっているメンバーだけだ。殆どのクラスメイトが、少年のことをただの無口で暗い人物だと認識している。 冷蔵庫に何年も入れられていた水のように、少年の心はゆっくりと、しかし確実に凍っていった。言葉を発しないことがもはや日常であり、少年の唯一の逃げ道。もしここで何か言って不具合を買ったとして、一体何をされるのか。恐くて、何一つ行動に起こせない。 それでもなお学校へ足を運ぶのは、家にいるよりは幾分かましであるから。 他の生徒と違い、少年は付属の小学校や中学校からの持ち上がりではない。いわゆる外部入学制だ。 家は裕福とはいえそれは元々のものではなく、それを維持するために朝から晩まで働いている。というのは口実で、夜遅くまで帰ってこなかったり休日まで出かけたりするのは、外に恋人がいるからだろう。それも、お互いに。 家族揃っての食事などもう何年もしていない。新しい家に越してからは、全員が同じ屋根の下で眠ることすら珍しくもなっていた。 家族なのに、他人より遠い。 少年が周りに距離を置くようになったのもこれが原因だったのかもしれない。それでも人恋しくて、つい学校に足を向かわせる。無視されても、意地悪をされても、人のいる空間にいたかった。 そして我慢すること一年と少し。とうとう限界がきたのが、この間の日曜日だったのだ。 まさかアダルトビデオに出演することになるとは予想もしていなかったが、少年はそれでもよかった。セックスが気持ちよかったというわけでもないが、体の奥に残る鈍痛を思うと心が満たされた。 自分が、相手にされていた証。あの時間だけ、少年は言葉を得、返してくれる存在を得た。 教室でたくさんのクラスメイトたちに囲まれながら実際は一人でも、木坂の熱を頭の中で再現すると、少しだけ気分が楽になった。 その週の金曜日、木坂は約束通り校門に迎えに来た。いつも靴を隠されるので自然と帰りの遅くなる少年を見つけ、深緑色の車の横で手を上げた。遅いぞ、と嫌味を言われる。 「土日空けるために今週の予定全部平日にやってきた。そんな俺に、お前は土日空けといてくれたんだよな?」 有無を言わせない言葉に、少年は小さく頷いた。土日の予定なんて、ここ一年ばかり殆ど入れていない。あったとしても、隣町まで本を買いに行ったりするくらいだ。 「一回家寄るなら案内しろよ。月曜まで帰れないぜ?」 「・・・言わなくても、平気」 「あっそ」 少年を助手席に座らせてから、木坂は運転席に回った。エンジンをかけ、うきうきと車を走らせる。 結局この一週間で両親の顔を一度か二度しか見なかった。会話は一つもしていない。机に残された万単位のお金で夕飯を買っては、ろくに食べずに野良猫にあげたりしていた。朝も水を飲むくらいなので、自分でも分かるくらい痩せてきている。 それでも死ぬほどではないからと平気に思っていたが、木坂には怒られた。中途半端に脱がされた制服のまま後ろから犯されているとき、骨の浮いた皮膚に咬み付かれる。歯の喰い込む感触に、唇がぞくぞくと震えた。 「う、あ・・・」 「約一週間ぶりだけどちゃんと覚えてるな・・・いい、締め付けだぜ」 玄関で押し倒され、靴も脱がずに繋がった。高そうなマットの毛を手に絡めて、ぜいはあと喘ぐ。 制服を汚してはいけないと射精したがらない少年の性器をめちゃくちゃに揉みしだき、木坂はその手で二回も精液を受け止めた。どうせクリーニングに出すんだから、といやらしい笑みを浮かべて。 「・・・あっちぃ」 か細く震える少年の中に一度出し、木坂は汗で張り付く服を脱ぎながら玄関に上がった。少年を抱き上げ、靴を抜いて放る。 「後ろ、しっかり締めて零すなよ。出すとこカメラに収めてやるから」 木坂はとかく映像に残したがった。自分の出演したものは全部貰っているので家にはおびただしい量のAVがあるというのに。曰く、会社のものはモザイク処理がしてあってつまらないのだという。気に入った素材があれば自分で収めて自分で楽しむ。外に流すことは絶対にしないので、本人にしてみればただの趣味だ。揃えられた機材は、もうすっかり趣味の範疇を超えてしまってはいるが。 「ていうかお前、ほんとに痩せたな。喰って肥えろって言ってあったろ?」 風呂場でも一通り遊び、湯あたりと快感でくたりとなった少年をベッドまで運んだ。全身に化粧水のようなものを塗られ、その撫でられる心地に睫毛を揺らした。うとうとしそうになったその首に、緑革の首輪を付けた。眺め眇めつして、嬉しそうに目を細める。 「今日から帰るまでの間、お前は俺の猫だ。ご主人様って、言ってみ」 「ご、ご主人様・・・?」 「そうそう。語尾にはニャーって付けるんだぜ?」 楽しんでいるのか、唇に笑みを浮かべたままカチューシャ状の猫耳を付けた。どこまで本気なのか分からないが、少年はただ了解する。そんなことで話しかけてもらえるのなら、いくらでも。 「・・・よし、最後に尻尾な。こっちに尻向けな」 少年は頷いて、シーツの上で四つん這いになった。上半身をぺたりと下げ、腰を高く上げる。 「うっすいケツ。中は最高だけどな」 さわさわと撫でながらそんなことを言い、風呂場で散々慣らしたそこにローションを垂らした。二、三度指の腹で伸ばしただけで簡単に侵入を許し、柔らかく指を包み込んだ。 「っん、あ」 「にゃあって言いな。そっちのが可愛いから」 「・・・んに、ぅにゃあ」 素直に返した言葉に満足そうに頷き、木坂は用意していた細身のバイブをずぶずぶと差し込んだ。持ち手の部分にはふさふさとした尾飾りの付いた、そういう遊び専用のものだ。 「ふにゃ、にゃあん」 何やらザラザラした感触に足の指をすり合わせ、シーツに顔を埋める。そんな少年の反応を楽しむように何度か肉を擦り、勃起したのを確認して奥まで突き入れた。毛の間に隠れたスイッチを入れ、少年の躯を反転させる。 「にゃっ」 「もどかしいだろ? なんか作ってくるから、勝手に擦ってイったりするなよな」 そう言い残して、木坂は部屋を出た。一人にされる寂しさに、胸が痛くなる。 「木坂、さん」 体内をくすぐるバイブが恨めしい。もっと動いて、何も考えさせないようにしてくれるのならまだましなのに。 身じろいで、はたと我に還る。 もしも勝手なことをして、突然飽きられたらどうしよう。今自分を見てくれるのは、木坂しかいないのに。 もじもじと足の間に力を入れては緩め、体の疼きを慰めた。射精しないように、しかし一人だと自覚もしないように。 「木坂さん。木坂さん」 まるで愛しい人の名を呼ぶように。 下の名前すら知らない、はっきり言えばあまりよくない部類の人を、少年は待ちわびた。 「できたぞー・・・っておい。どうした、ヒロキ?」 震えながら泣く少年の横に盆を置き、その涙で濡れる頬を摘む。 「そんなにイキたかったのか?」 答える代わりに、頬に触れる手に擦り寄ってぺろりと舐めた。木坂の目が一瞬点になり、そして笑う。 「俺が欲しかった?」 こくこくと頷くと、木坂はベッドに上がってあぐらをかき、少年を上に乗せた。胸に吸い付きながらバイブをゆっくりと抜き、代わりに自身を突き入れた。少年の体が震え、無意識に腰を動かす。 「ったく、お前が悶えるのを身ながら喰おうと思ってたのに」 にやにや笑いながら腰をゆるゆると動かす木坂に口を開かされ、そこに何かを入れられた。果物らしいということしか分からなくて、それでも夢中で咀嚼する。飲み込んでは次を入れられ、突き動かされるリズムの所為で何度も戻しそうになった。必死で喉に通せば、偉いと褒められる。妙なシチュエーションに、目が回る。 「ごしゅじ、さま・・・」 「ん? やっぱお前、可愛いな」 頭を抱き込む手が、外れかけた猫の耳を直してから本物の耳に触れた。ぞくぞくして、縋るようにその首へとしがみ付く。 「ん、ふにゃ、っにゃあ、あっ」 ビクンと躯の中心で熱が弾ける。ほぼ同時に木坂の奔流も奥に感じ、肌を震わせた。 「はあ、はあ、ぁん」 「・・・ほら、飯だ」 ずるりと引き抜かれ、再び尻尾を差し込まれる。スイッチは切られているので、あるのは異物感だけだ。 「口開けな」 「んぁ、」 リゾットのようなものを口に入れられる。セックスの直後にものを食べる気力はなかったが、飲み込めば喜ばれるからなんとか胃に押し込んだ。しかし久し振りのきちんとした食事に胃が痛む。皿を半分も空けたところで音を上げ、口を開けることすらままならなくなった。 木坂は咎めるように少年の頬をつねったが、それ以上は何も言わず残りを自分で食べた。代わりに少年の中にあるバイブのスイッチをいじり、胸や性器をスプーンでつついては笑っていた。そして思い立ったように立ち上がると、カメラと鎖を持って戻ってきた。 「その耳と尻尾、お前のために買ってきたんだぜ。やっぱ似合うな」 鈴の鳴る首輪に鎖を付け、ベッドの足に繋いだ。結構な長さはあるが、ベッドの周りを歩くので精一杯だろうか。その状態でシーツの上に転がる少年を、フラッシュを焚いてフィルムに残していく。時々ポーズを指定しては、楽しそうに笑っていた。 体内に震える器具を入れたまま動くのは辛いし恥ずかしい。足の間を撮られたときには、流石に顔を背けた。 一方の木坂は興奮しているらしく、カメラのモードを動画に切り換えると、鎖を引いて少年を引き寄せた。いきり立ったものを咥えさせ、その顔を上から映す。 「もっと舌を動かしな。喉の奥で、吸うようにするんだ」 初めてだというのに躊躇うことなく奥まで咥える姿に、木坂は大層満足気だった。可愛い顔をしているし、これといって逆らうでもない。 今までも何人かこうして家に連れ込んだが、全員がカメラに慣れた女優や男優たち。素直なくせにどこか躯を硬くするこの少年は新鮮で、何をさせても楽しかった。 躯を横にして奉仕し続ける少年の尾骨を撫で、その双丘を柔らかく押した。飾りの付いたバイブを少し抜き、また埋める。腰を始点に、全身が細かく震え上がった。 「んっ、んうぅ・・・っ」 下手すぎて時々歯が当たるが、怒る気も湧かない。それどころか、これを叙々に磨いていけるのかと思うと、楽しくもあった。 ずりゅずりゅと中を擦ってやるとくぐもった声を上げ、喉をひくつかせた。それでも必死にしゃぶる姿に、口角が上がる。 「出すから飲めよ」 先端だけ咥えさせ、自分でしごき上げる。小さく呻いて、少年の舌へと流し込んだ。 「っん、んく!」 「あー出すな出すな。ほれ、上向きな」 顎を掴まれ、口端から零れたものを指で掬って戻された。苦くて生臭いそれを舌で巻くようにして飲み込み、眉を顰める。何度か唾を飲んだが、その不快感は暫く喉に張り付いたままだった。 「まずいか? まあその内慣れるだろ」 わしわしと頭を撫で、そのままぱたりと横になった。少年を向かい合わせるように寝かせ、後ろへの刺激で緩く立ち上がった性器を摘む。ゆっくりとしごかれて、少年は小さな喘ぎを堪えるように身を縮めた。その口に指を入れ、声を上げさせる。 「っあ、あ、あん、んにゃあっ」 シーツに顔を押し付けるようにしたまま絶頂を迎え、はあはあと荒い息と連動して肩が上下する。その肩をさすってやりながら木坂は溜め息を吐き、目を閉じた。 「わり、疲れたから一回寝るわ。小便したくなったら起こして。撮りたいから」 欠伸をしながらの提案に、赤くした顔で頷く。射精後のとろりとしたまどろみは少年も眠りの淵に誘い、そして少年もそれに抗わなかった。息を整えながらゆったりと体の力を抜いていき、眠りに落ちていく。 久し振りによく眠れる気がする。 少年が思ったことを、何故か木坂も同じように感じていた。 続。 |