第三話。 「・・・っひ、ひぁっあっも、もう許し・・・ぃああっ」 「許して? 私は何もしていないのだがね」 そう言いながら亀頭を弾かれ、私は何度目になるのかもう分からない吐精に腰を震わせた。 敏感になりすぎたそこは、今では精液が通るだけでもう焼けるようだ。それなのに体内を燻る熱は全く冷めず、大臣の上で馬鹿みたいに動いた。 椅子に深く腰を下ろした大臣の言うように、自分で挿れるよう指示されたのを最後、私は他になんの指示もされてはいない。それなのに、自分の意志では腰を揺らすのを止められないでいた。 腕から体内に射されたものと、尿道や肛門といった粘膜に直接塗りこまれたもの。その正体は分からないが、効能だけなら自分の躯の反応でもう嫌というほど知らされていた。繋がった部分を支点に円を描くようにぐりぐりと押し付けると、目の前で光が弾けるような快感が迸る。その波に掬われるように呑み込まれていき、最初はしがみ付くようにしていた理性も羞恥心も吹き飛んで、肉達磨の上で踊る人形のようになってしまった。 その自覚はあるのに、止めることができない。その苦しさに悔しさを通り越して吐き気まで催してくる。胃液が、喉を焼いて熱かった。 「あんっあっや、やあぁ! また、イ・・・っ」 殆ど柔らかいままの性器からどろりと精液を吐き、そのまま糸が切れたようにがくりと倒れた。疲れ切った体はもう指一本すら動かせそうにないのに、男を受けている場所は相変わらずひくつき、犯される喜びに濡れている。自分の躯だというのに、その貪欲さに呆れて笑いさえ漏れる。 「何を寝ているんだ? 客を喜ばせるのが君の仕事なのではないのかね?」 「ひ、う・・・」 結合部を揺すられ、その僅かな動きにすら快感が湧き水のように起こる。出すものなどもう残っていないだろうに、底なしに男を求めて止まない浅ましい体。気持ち悪い。 がくがくと頭を揺らす私の体力に限界を見たのか、杉下の大臣は呆れるような笑いを吐いてから腰を上げた。挿入したまま私を机に縫いつけ、更に深いところまで身を進めた。ごり、と性器の中心から捲られるような刺激に、頭が白く爆ぜる。 「ああぁあ! あ! んん、いやぁぁ・・・」 リズミカルに突かれる度、目の前でフラッシュを焚かれるような快感に涙と涎が止め処なく流れ出す。大臣の目が、楽しそうにそんな私を見物する。 どうせするなら、後ろから乱暴に犯してくれればいいのに。こんな姿をこんな男に見られているのかと思うと、死にたくなる。 ぼろぼろと、悔しさや情けなさに負けて崩れたプライドが涙を溢れさせる。 苦しい。 苦しくて苦しくて、壊れてしまいそう。 いっそ壊れてしまえばいいのに。 自分の口から出る甘くて高い声から逃げるように視線を外した先で、閉めたはずの扉が細く開いているのに気が付いた。 熱情に湯だった肌でも分かる。あの灰色の視線が、そこから私を刺し貫いていた。 杉下の大臣が私の体に飽きたのかそれとも疲れただけなのか分からないが、机の上で気付いたときには既に太陽は低く翳っていた。 こんな状態でも主人の命令は優先しなくてはならない。あまり進んでいない鈍色の調整でもするかと一端部屋に戻ったところで、扉のすぐ前にいた人影に突然抱え上げられた。 驚くが、こんなことをするのは一人しか考えられない。折られた体を伸ばそうと足をばたつかせ、部屋の端へと移動を始めたその人物を殴りつけた。 「おい! やめないか鈍色! 離すんだ、こら・・・っわ!」 一瞬体から重力が失われ、放られたのだと気付く前にふかふかのベッドの上に落ちた。スプリングの戻りを利用して起き上がろうとした私の上に羽根布団が覆いかぶさり、その上から抱き締めるような形で押さえ込まれた。体格も体重も完璧に負けている。蹴り上げようにも、その足が動かせなかった。 しかも大臣に投じられた薬物の残滓がまだ体内に残っているのか、全身が満遍なくだるい。早々に諦めて力を抜くと、羽根布団の上の人物も体重をかけるのをやめた。 「・・・どけ」 くぐもったその言葉に従い、鈍色が降りたのを確かめて顔を出した。睨み付けたが、鈍色は寂しそうな顔をするだけで何も言ってはこなかった。元々、話すことはできないのだが。その奇麗な瞳で何かを訴えかけることもなかった。 「お前・・・なんのつもりだ?」 体を起こそうとしたが、今の抵抗で雀の涙ほどだった体力も使ってしまったようだ。悔しいが、横になったままでいるしかない。 「・・・、・・・・・・」 「だから、分からないって」 嘘だ。言葉は分からないが、こいつが私の心配をしていることぐらい汲み取れる。さっき感じた視線は、間違いなどではなかったのだ。 「あんなこと、私にとっては日常のようなものだ。それよりもお前をどうにかしない限り主人に合わせる顔が・・・」 何、言い訳めいたことを言っているのだろう。そんなこと今は関係ない。早く起きて、早くこいつを主人の前に連れ出せるくらいにしなくては。 「・・・」 鈍色がベッドに膝を付き、私の顔を覗き込むようにして腰を曲げた。触れるだけのキスが、瞼に落ちる。唇だけを外した、柔らかい感触。それを何度も受けながら、何故大人しくしているんだろうと疑問が湧く。湧くが、その次にすべき動作が私には分からなかった。 「鈍色・・・」 私の呼びかけに、聞こえるはずのない声が答える。 「・・・入り込むな。私の中に入ってくるな」 疲れ目の所為だ。熱い涙が溢れるのは、疲れ目だからだ。 一筋の線を描いて流れる涙さえ唇で拭われ、その温もりに胸が苦しくなる。私の世界には、仁人様さえいればいいのに。 「お前なんか、拾われてこなければよかったのに。仁人様の目に、留まらなければよかったのに」 灰色の視線が私を掻き乱す。あの行為に、嫌悪は感じたことはあっても後ろめたいと思ったことなど一度もなかった。 鈍色の目は真っ直ぐすぎる。 私を映すには、美しすぎるその瞳。 その瞳がかちらに向いているのを肌で感じながら、私は沈むように眠りの闇へと落ちていった。 寝苦しさに覚醒すると、窓から見える空は白く変わり始めていた。 額の濡れた感触に手をやると、少し温くなったタオルが当てられていた。恐らく熱が出たのだろう。薬の所為か、体を酷使した所為か。そのどちらもだという可能性が一番大きい。 やれやれと溜め息を吐いてから、起き上がろうにもそれが叶わないことに気付く。見れば、ベッドの縁に頭を乗せた鈍色の腕が、羽根布団の中まで伸びて私をホールドしている。 「・・・子供か、貴様は」 さっきより重い溜め息を吐き出し、その肩を揺らす。ぼんやりと目を開けた鈍色の頬を掴んで、完全に覚醒させる。 「今日の夜、湯浴みをしたらその足で主人の部屋へ行け。後は主人が勝手にしてくれるだろう」 私の言葉に、灰色の瞳が見開かれる。 「なんだその顔は? 分かっていたことだろう?」 くすくすと笑いながら、私は自分の体内に刺さる針のような痛みを必死で無視することに決めた。 こんな痛み、どうせすぐ忘れる。初めて男に犯されたときも、死にたい気分だったがやがてそれも晴れた。人は順応できる生き物なのだ。 「看病してくれたことには礼を言おう。しかしお前の存在価値なんて所詮こんなものだ。思い知ればいい。思い知って、私を恨んで、憎み倒して」 そして忘れてくれ。 三話終わり。 |