3. カーテンの隙間から入る光が顔に当たって、葛井は顔をしかめた。影を求めて毛布を手繰り、なんだか動きにくいことに気付く。それが何者かの腕に抱かれている所為だと悟り、葛井は一気に覚醒した。 「・・・え? 何これ?」 至近距離に舟木の顔がある。寝ている時でさえ不機嫌な顔に呆れ、下にずれるようにして腕から抜け出した。 む、と舟木が唸る。疲れているのか、眉間の皺を押しても起きない。暫くいたずらしてから、時計を見て目を丸くした。ゆさゆさと揺り動かして、舟木を眠りから引きずり出そうとする。 「ん・・・? うるさいな。まだ寝てろ」 毛布ごと巻き込まれ、葛井はじたばたと手足を動かした。顔を出すと、眉を顰めた舟木と目が合った。 「なんなんだ。したいのか?」 「違ぇよ! 時間! 遅刻じゃねぇのか?」 早口で言うと、舟木はやかましいと言ってベッドサイドの置時計を見た。そして何事かを唸ると、毛布を翻して葛井の肩を押さえ込んだ。突然組み敷かれ、目をぱちくりさせる葛井を不適な笑みで見下ろした。 「俺の仕事場は夜の風俗店だ。出勤は夕方過ぎでいんだよ」 「で、でも昨日は・・・」 「ちょっと野暮用があってな。・・・それより」 顔を近付け、目を覗き込む。 「せっかく時間があるんだ。楽しませろよ」 傲慢な言葉に顔が赤くなる。押さえられた腕を必死で動かし、抜け出そうと試みながら叫んだ。 「あんたの頭にはそれしかないのかよ! この絶倫オヤジ!」 「褒め言葉として受け取っておくかな」 にやと笑い、葛井の唇を塞いだ。柔らかさを楽しむように上と下とを交互に吸い、攫うように舌を吸い上げる。歯で軽く咬むと、ふるふると全身が揺れた。 「本当に弱いな、お前。そんなんで女を満足させられんのか?」 馬鹿にされて睨み付けるが、火照った顔ではいまいち説得力がない。むしろ舟木には扇情的でしかなく、逆効果でしかなかった。服をたくしあげられ、胸の中心をこりこりと押し潰される。 「・・・ん、ふ」 「感じるのか? 抱くより抱かれるほうが性に合ってるみたいだな」 くつくつという笑いに赤面する。殴ろうとしたが、頬に当たる寸前で止められ、逆に張り手された。頬がじんじんと痛み、唇を咬んで泣くのを堪えた。 「なんだ、泣かないのか」 つまらんと呟いて、葛井を反転させた。腹の下に枕を入れて、尻を上げさせる。 「あ、ちょっ・・・冷た!」 何か管のようなものを挿されたかと思うと、そこからぶじゅぶじゅと何か注入された。昨夜のジェルをボトルから直接流されているのだと気付き、シーツを掻く。 「昨日は随分と良さそうだったじゃねぇか。今にここだけで感じるようになるさ」 「なって、たまるか・・・!」 「・・・楽しみだな」 指で解し、ゆっくりと中に押し入っていく。喉を反らせて、苦しさに葛井が喘いだ。 「一度頼んでみるか?」 ジェルを掻き出すという名目で散々後孔をいじくったあと、満足したのか指を拭きながらそんなことを言った。 何度も前後の刺激でイカされ、泣き続けた所為でぼんやりした頭ではすぐに理解できず、葛井はああともうんともつかない声を漏らした。ふるりと睫毛を揺らし、力の入らない腕で半身を上げた。 「これ、宅配サービス。結構便利なんだぜ?」 ひらりと見せた紙に適当な食材を書いていき、ファックスにセットする。データが送られていくのを見ながら、葛井は脱がされたシャツを着込んだ。相変わらず大きいそれのボタンを苦々しい顔で留め、袖をまくる。 腰が笑うのか、よろめきながら舟木の傍に寄った。 「何、買ったの?」 「俺が喰いたいものの材料。何かは自分で考えな」 「無理だろ」 なんやかやと言い争う内に時が過ぎ、インターフォンが電子音を立てた。舟木がそれに応え、立ち上がる。 「ここな、押すんだ。そしたらこの部屋にだけ通れるようになる」 リビングの入り口脇にあるスイッチを指し、そう言った。やがて玄関が叩かれる音がして、若い男の声が舟木を呼んだ。 「お前も来い」 「は? 俺、こんな格好だけど」 「別にいいだろ」 有無を言わせぬ雰囲気に唇をへの字にし、葛井はそれに続いた。開けると、まだ成人もしてなさそうな青年が、ダンボールを抱えて立っていた。身長だけ、やけに高い。 「毎度です、舟木さん。・・・その人は?」 「クズだ」 「葛井巳春!」 「巳春さん。僕は菅直文といいます。舟木さんち専属なんですよ」 純朴そうな笑いに、葛井は頭を掻く。まるっきり情夫のような格好をしている自分を見て、なんとも思わないのだろうか。 しかしどうやら鈍かっただけらしく、葛井の足が曝け出されていることに気付くと、赤面して顔を背けた。 「ちょ、舟木さん・・・僕が苦手なの知ってるでしょう」 吃りながらそんなことを言い、舟木にダンボール箱を押し付けた。にやにやとその様子を見て、葛井に視線を送る。 「面白いだろ。仲良くしろよ」 そう言って奥に戻り、葛井は改めて菅を見た。ひょろりと背の高い、大人しそうな顔つきの青年だ。こちらを窺っては目を反らす様が可愛い。思わず噴き出すと、菅もつられてにへらと笑った。 「・・・大学生?」 「あ、はい。近くのスーパーで雇われてます。舟木さんには、お世話になってるんですよ」 「ふうん」 世話好きっぽいもんな、あいつ。 葛井が興味なさそうに返事すると、菅は首を傾げて問いかけた。 「巳春さんは、舟木さんの恋人なんでしょう?」 「・・・はあぁ? なんでそうなるんだよ」 勢い込んで否定すると、菅は目を丸くして後ろに退いた。 「だって、誰かに紹介されたの、僕初めてですよ? きっと巳春さんの話し相手にあてがったんです」 「そんな馬鹿な」 「あの人は優しいですよ? 舟木さんが父親だったらと、よく思います」 きらきらとした目で言われ、胸がちくんとした。なんだと訝しむ間に菅は腕時計を見て慌てて帰って行った。帰ってからも、胸には違和感が残る。 「お、帰ったか? いい奴だろ?」 「・・・うん」 曖昧に頷く。舟木が楽しそうな分、葛井はつまらなかった。 不思議な顔をする舟木を無視して、葛井は洗濯しようとシーツを剥ぎに寝室へ逃げるように向かった。胸の違和感は、舟木が出かけてもなお残っているような気がした。 「何怒ってんだ?」 唐突な質問に、皿を取り落としそうになった。 昨夜と同じく遅く帰ってきた舟木と一緒に夕食を摂り始めたのが三十分前。メニューはおろしハンバーグで合っていたようで、しかし焦がしたので結局怒られた。それでも完食した食器を洗っている葛井に、そんなことを言ったのだ。振り向いて、顔を見せる。 「な、なんでそう思うんだ?」 「いつもみたいに咬み付いてこないじゃないか。素直だと気持ち悪いって言ったろ」 「・・・別に、あんたにはその方が都合いいんじゃない?」 投げやりに言って、食器洗いに戻ろうとしたその襟首を掴まれ、後ろに引き倒された。今度こそ本当に皿が割れ、泡が舞った。 「っつ・・・何す、」 「気に食わねぇ。なんのつもりだ、クズ」 「葛井だって言ってんだろ。なんもりも何も、俺は怒ってなんか」 喋っている途中で顔を蹴られ、後ろに転がった。反動で頭を打ち、どうやら唇も切れている。何するんだと睨みかけて、背筋が凍った。舟木の射殺すような視線に捕まり、動けない。 「あ、ぅ・・・」 「少し思い上がってるようだな? おい」 怒らせた。そう感じて後ずさったが、大股で近付く舟木にいとも簡単に詰め寄られる。髪を掴まれ、浴室まで引きずられた。 「ゃ、痛・・・っ」 「うるせんだよ、クソガキ」 投げるように洗い場へ倒され、体勢を立て直す間もなく水をかけられた。冷たい水を頭から受け、目を開けることも呼吸することもままならない。 手で防ごうとすればシャワーヘッドで殴られ、何度もされる内に少し吐いた。吐瀉物に噎せる葛井を、更に水で攻め立てる。異常な状況だというのに、舟木は少し興奮しているようだった。 「おい。おい、こっち向け葛井。てめぇは何様だ」 がつがつと蹴られ、葛井はまた胃を震わせた。何度かえづいて、痣だらけの顔で舟木を見上げる。血とゲロで、口の中が気持ち悪い。 「あんたのオナホール、だろ。これで満足か」 吐き捨てるようなセリフに、舟木が片眉をひくつかせた。あからさまに苛立ちを含んだ笑いで、一際強く蹴り上げる。 「なら服を脱ぎな。ケツを上げて、自分で慣らして広げるんだ」 言われて、葛井はのろのろとワイシャツのボタンを外した。濡れて貼りついたそれを脱ぐのは大変だったが、時間をかけて脱ぎ湯船へと落とす。その間も舟木はだらだらと水を流し続けるシャワーを持ち、時折かけては葛井の反応を無表情に眺めた。 指示されるまま四つん這いになり、指に唾液を絡ませて後孔に触れる。初めて自分で触れるそこは冷えた肌に対抗するように熱く、触ると浮ついた感覚がした。 くちゅりと押すように指を挿し込みながら、葛井は肩を落とし顔をタイルに擦り付けるよう伏した。 尻だけが高く上がるような格好で、見せ付けるように皺を伸ばす。体勢的に奥までは入らないから、両の手を使ってぐちぐちと広げた。情けなくて、涙が出る。 「感じてるようだな? ん?」 「・・・っひ、冷た・・・」 太股の間で雫を垂らす性器に水をかけられ、爪先が緊張する。さっきよりその水が冷たく感じられるのは、自身が火照っている所為か。唇を咬んで、尻の肉を掴んだ。 「・・・ほら、よ。さっさと突っ込みやがれ」 まだ早いかもしれなかったが、これ以上こんな姿を晒しているのは我慢ならない。突き出すように広げると、その尻を平手で強く打たれた。 「く、う・・・」 「礼儀がなってねぇよ。挿れてくださいお願いしますくらい言いやがれ」 バシャバシャと頭に水をかけられ、耳や鼻に入る不快さに首を振った。寒さに鳴る歯を喰いしばり、背後を睨み付けるように見て強がりで笑う。 「なんならゴシュジンサマも付けましょうか、舟木さん」 ガツンと音がして、水の止まったシャワーヘッドが顔の真横に落ちた。殺す気か、と胆が冷えた瞬間、舟木がのしかかってきた。その瞬間悪態も揶揄も忘れて、悲鳴を上げる。ジェルもゴムもない挿入に、内側が切れる気配がした。 「ああぁ! あ、がっ・・・いた、痛いぃ・・・」 逃げるようにタイルを掻く手を押さえ込み、舟木は乱暴に自身を進めた。 初めてのときよりも痛い。ぼろぼろと泣きながら、歯を何度も鳴らした。これは、寒さの所為なんかじゃない。恐怖だ。 「いやぁ! やめて! やめてえぇ・・・っ!」 「ああ? 随分殊勝じゃねぇか。さっきまでの生意気さはどこへやったんだ?」 「・・・っひ、ひぅ、ゆる、許して・・・抜いて、ぇ・・・」 泣きわめく葛井の腰を掴んで力任せに押し込んだ。葛井が絹を裂くような悲鳴を上げ、タイルに崩れ落ちた。気絶でもしたのかと思ったが、やがてすすり泣く声が浴室に散る。 「おい。おいって、生きてるか?」 「・・・なさ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」 哀れなほど蒼白な顔で繰り返している。やりすぎたかと反省の念も少しは湧くが、今更だった。ゆさりと腰を動かし、きつくて熱い肉の摩擦を楽しむ。 一応気遣っているのか、いつもより若干慎重に動くそれを申し訳程度に締め付ける。突くのではない、揺するだけの動きに葛井は目を閉じた。 肉と肉が離れる間に、ピンクの泡が結合部から漏れては太股を垂れる。それを指でぬるぬると弄びながら、今朝がたジェルを掻き出す際に見つけたポイントを探した。 血と、舟木の先走りで滑りがよくなった頃、漸く先端がそこを掠めた。ひくりと葛井が喉を鳴らし、怯えるように舟木を窺った。 「・・・ここか?」 ゆるゆると突かれ、その感覚に葛井は二の腕を咬んだ。しかしその痛みでも散らせない快さが、そこから泉のように溢れ出した。 「乱暴にした詫びだ。ケツだけでイカせてやるよ」 「い、いやだ! そんな詫び、いらない!」 男としてのプライドは捨てていない。今朝だって、後ろしか弄られなくても自分で擦ってイったのだ。この一線だけは、意地でも超えたくなかった。 「・・・おっと、触んなよ。喜べ。前でイクより何倍もいいらしいから」 ごそごそと下に伸ばした両手をひとくくりにして掴まれ、葛井は焦った。そうして亀頭でめくるように突かれ、葛井は自分の性器が硬くなっていることに気付いた。 「良さそうじゃねぇか。ほら、イっちまえ」 ぐりぐりと刺激され、目の前が真っ白になる。熱が中心に集まる心地がした。限界が近い。 「い、いや! あん、あっや、触らせて・・・! シコらせろ、よぉ・・・!」 「だめだ。・・・ほら、お前も喜んでんじゃねぇか。先っぽ、泣いてるみてぇ」 そう言いながらも触ってはくれず、葛井はいよいよ顔を青くした。もう突かれる衝撃で精液混じりの先走りが漏れるのは、自分でも分かっていた。 「ああぁ、いや、イっちゃ・・・イっちゃうぅ・・・」 「イケっての。オラ! ザーメン流しやがれ!」 「っあ! やだ・・・ぁ、いやああぁぁあ・・・っ!」 泣くような声を上げて、葛井はペニスの先からビュルリと精液を吐き出した。それとほぼ同時に舟木も中で果て、その熱さに葛井は小さく震えた。抜かれると、支えを失いタイルに倒れ込んだ。小さな喘ぎを、泣きながら零している。その顔が愕然として、体躯を丸めた。 「んぅ、ううぅ・・・」 唇を咬んで震える葛井を見下ろして笑うと、舟木は痙攣している足を開くようにして躯を反転させた。それに力なく抗ったが、葛井の体力はそこまで残っていない。その足の間を見て、舟木は口角を上げた。 「良すぎて漏らしたか。この淫乱」 がちがちと歯を鳴らして、葛井は子供のように泣き出した。しゃくり上げ、鼻をすすりながら舟木を呪う。その下腹部はなお溢れる小水で濡れ、哀れさを引き立てた。 少し遅れて肛門から精液と血の混ざったものがぶちゅりと顔を出し、舟木はおかしそうに笑った。 「涙と鼻水に、ゲロ。下はザーメンと血と小便とはね。汚ぇなあ、おい」 シャワーヘッドを拾い、ぬるめの湯をかけてやりながら頭を撫でる。 「惨めで哀れで・・・可愛いぜ、クズ」 「・・・葛井だっての」 そのまま嘘みたいに優しいキスをされて、葛井は鼻を鳴らした。 こいつがこういう顔をするから悪い。 だから菅に優しい顔を向けたり、女の香水の匂いに胸が騒いだりと、不思議な感情が湧くんだ。 これは嫉妬なんかじゃない。絶対、違うんだ。 そう言い聞かせながらも、宥めるようなキスに葛井は冷えた体が温まっていくのを無視できないでいた。 続。 |