太股から下を湯船に浸からせ、壁面に頬や胸を押し付け、葛井は震えていた。 図れる言葉は既に意味を失っており、すすり泣く声だけが浴室のもやを揺らす。それが快感からくるものだと分かっている舟木は、介せず差し込む舌を更に進ませた。 「ひん、ん・・・っふぅ、も・・・やら、ぁ・・・」 腰を後ろに突き出す格好のまま、弱い粘膜を嬲られてどれくらい経つのか。 舌先で溶かされそうなほど熱せられるそこを舐められることに、葛井はめっぽう弱い。腰から膝から力を存分に吸い取られ、快感で指先はびりびりと痺れた。何度も手がタイルを滑り、そのたびに体勢を整えようと必死で爪を立てる。 葛井が弱いのを知っていて、舟木は執拗にそれをした。もう充分なほど解れたそこを舌先を使って広げ、唾液を注ぎ、太い指で馴染ませる。 「っや! いや、や・・・っあ! やめ・・・っ」 二本の指でいいところを揉むようにしながらピストンしてやると、喘鳴が高い嬌声に変わる。片手で掴んだ尻の肉を大きく横に引き、制止の声も聞かずに抽出を速くした。口からも性器の先からも透明な涎を垂らし、葛井が大きく泣き喚く。 「いや! や、やだやだや・・・あ! あぁ! ああぁあ・・・っ!」 がくがくと頭を振って喘ぐ葛井に、射精の兆候は見られない。しかし明らかに絶頂を迎えているようで、全身が何度も細かく跳ねた。 「入れて・・・早く、大河さんっ」 肩を壁に押し付けるようにして首を捻り、さっきから黙りこくって内部をこねる男に、視線を投げる。 言う間も中の指が肉を波立たせ、葛井の膝はもう力が抜けそうだ。湯がばちゃばちゃと暴れ、冷えた肌に当たるのがやけに熱かった。 「いいのか? まだ二本しか入ってないぞ?」 「い、から・・・いいから、はや・・・」 「でもなあ」 にやにやと葛井を窺う態度に、唇を咬んだ。力なくタイルを叩き、声を張り上げる。 「切れたって構わないから、早く太いので掻き回してよ・・・!」 聞くなり指を引き抜き、舟木は立ち上がって葛井の上半身をタイルに押し付けた。その直後に触れた熱いものに、葛井の喉が上下する。 湯に浸かっていた所為でいつもより熱いそれは、皺を伸ばしながらじわじわと入ってきた。 熱さはもとより、乱暴な挿入に慣れた体に、そののろさは地獄だ。自ら押し付けて入れてしまいたいのに、腰を掴んだ手がそれを許さない。 「っな、なんで! 優しくしてくれるって、言ったくせに!」 焦れったさに悶える葛井の耳を裏側からじっくりと舐めてやり、舟木が笑う。まだ、半分も入っていない。 「丁重に扱ってやるって言ったんだ。丁寧に解して、慎重に入れてるってのに・・・何が不満だ?」 言いながら、片足を太股の裏を持つことで開かせた。放出の欲求で膨らむ二つの袋が、その間で揺れる。 「ひ、酷い・・・! 大河さんなんて、もうきら・・・っあ!」 ぷちゅりと抜ける感触に、葛井は言葉を中途半端なところで切った。振り向いて、そのにやけ顔を信じられないとでも言うように見る。それを鼻で笑い、舟木は先端で袋をつついた。 「嫌いなら、入れないほうがいいんじゃないのか? ん?」 勝ち誇った笑みに向かって、葛井は怒りとも悲しみとも取れる顔を見せる。その顔を、舟木が見たこともないような目で見つめ返してきた。 「言えよ、巳春。俺を、不安にさせるな」 「・・・え」 「俺はもう、お前を手離せない。お前の興味が俺から逸れるなんて、耐えられそうにねぇんだ」 口元はいつもの偉そうな笑みを作っていたが、その瞳を声は真剣だった。 そんな目も、そんなことを言われるのも初めてだった葛井は、体を反転させることで舟木の目を正面から捉えた。首を伸ばしてキスをし、両腕で囲んで額を付ける。 「大河さん、忘れてる。俺にはもう、大河さんしかいないのに」 のぼせかけているのか、火照った顔で愛らしく笑う。 「大河さんしか、いらないのに」 「・・・っ」 言葉を理解するなり、舟木は葛井の太股の裏を掴んで持ち上げた。浮いた体を壁と挟んで支え、体重を利用して一気に突き込む。待ち焦がれた熱に声も上げられない葛井の唇を喰らうように塞ぎ、吸い上げる。苦しそうな喘ぎを全て飲み込み、零れる唾液は追って舌で掬う。そしてまた、空気を求めて開く唇を貪欲にむさぼった。 「っは、待って・・・待って、大河さ、あっあっ」 突き上げられながら、葛井は舟木の顔を両手で掴んで離した。舟木が不満そうに眉を寄せ、首を左右に揺り動かしてその手を振り払う。 「誰が待つかよ。大体、ちんここんなにさせて言う台詞か」 「だからだっあぁ! や、あっあっイく、イっ・・・ひゃあぁ!」 揺すられながら腹で性器を潰され、葛井は簡単に放った。最初は勢いよく、次からは突かれるたびにとろとろと圧し出されるのに任せて。弱いが、それが止まる気配はなかった。 「た、大河さ・・・大河さん、好きっひん、好きだよ・・・っ」 高く短く鳴きながら、葛井は潤む瞳で舟木を見つめ続けた。それに応えるように目を細め、何度してもし足りないというほどしつこく、唇を合わせてくる。掻き乱れる湯から昇る湯気と、そのキスの甘さが葛井の視界も脳も白く塗りつぶしていく。 「・・・俺も」 限界が近いのか、突き上げを速くする舟木の呟きに、葛井は途切れかけていた意識を向けた。気をやってしまいそうな快感の中で、その言葉を零さないように注意する。 しかし舟木にとっては独り言のつもりなのか、動きを緩めることも、声を大きくすることもなく。 それでもその言葉は、やけにはっきりと葛井の耳に流れ込んできた。 「俺も、いらねぇかな。お前以外、欲しいものなんて何もねぇ」 言葉に、葛井はぼろりと泣き出した。嬉しくて、切ない。胸の中心を甘く縛り付ける痛みが、中を穿たれる快感と混ざり、訳が分からなくなる。馬鹿になったみたいに舟木を呼び、固い髪に指を絡ませ、強く抱き締めた。 「った、大河さん! 大河さん・・・!」 体の最奥に、熱い迸りを感じる。それでも止まらない律動に、葛井は胸を震わせた。 もう、これ以上にないくらいのものを貰っているのに、舟木は更に何を与えようというのか。幸福な痺れが、逆に恐い。 「もっと、ちょうだい・・・いっぱい、いっぱい、俺の体に、刻み込んで・・・」 爪が、回していた首筋を強く掻いた。湯気に舞う血の香りに、知らず興奮する。 「大好き、好きっなの・・・」 ぐぅっと差し込まれたものは、既に硬度を取り戻していた。その先端が肉を抉り、もう麻痺しているとさえ感じられるところに悦楽を湧き起こす。 それが二度目の濁流を中に注ぎ込むのを、葛井は薄れる意識で感じていた。 「だからさ、強がりに決まってるじゃん。本当は嫌で嫌で堪らないっての」 モップを支えに顎を乗せ、葛井は受付に座る舟木を見た。いつもは奥に下がっているのだが、深夜を過ぎるとこうして出てくる。アルバイトの青年を、早く帰してやるためだ。 その横に立つ葛井の額には、風邪をひいたときなんかに使用される冷却シートが貼りついている。昨日の激しい行為に体が参り、微熱だが熱が出たのだ。舟木には休んでいろと言われたが、離れたくないからとワガママを言って出勤した。 「でもあのときはリューさんもいたし。第一、過去のことにとやかく言うってのはさ・・・」 なんか子供みたいじゃん、と照れ笑いする葛井に、舟木も鼻で笑うことで答えた。 聞いてみれば、なんともない理由だ。少し浅慮じみた考えも、葛井らしい。 「ていうか大河さんって結構独占欲強いよね。俺以上」 形程度に床を磨いていた葛井は、客の入りが引いたのを見計らってここにきた。また控えの女たちに絡まれていたのか、少しだけ甘い匂いを漂わせて。 それを指摘しつつ気になっていたことを言外に訊いたら、普通に返してきたという訳だ。 「キスマークだってべたべた付けるしさ、今日俺姉さんたちに誤魔化すの大変だったんだから」 その抗議に、舟木は噴出しそうななるのを堪えて謝った。 何故気付いていないのかが本当に不思議なのだが、葛井は自分たちの関係が周りに知られていないと思い込んでいる。あれだけ人目を憚らずにイチャイチャしているくせに、自覚がないのか、それともただの馬鹿なのか。恐らく後者だろうなと思いながら、その頭をわしゃわしゃと撫でてやる。 猫のように目を細めてそれを喜び、手首に光るものを見つけてにまにまと笑う。 「日付変わっちゃったね。誕生日なのに、何もできなかった」 昨夜、今はもう一昨日だが、風呂から出たあとに葛井の回復を待って、もう一度求め合った。 冷え切った夕飯は翌朝に舟木が食したのだが、葛井は疲れが溜まりに溜まり、ベッドから抜け出せない状態になってしまった。 「ケーキ作る材料とか揃えてたんだけどなぁ。大河さんの好物も、いっぱい作りたかったのに」 む、と突き出す唇を、舟木はカウンター越しに摘んだ。引っ張って、寄ってきた顔にキスをする。 「いいじゃねぇの。俺はあんま甘いもんは喰わねんだしさ」 「でも」 文句を言いかける葛井の唇を本格的に塞ぎ、モップを奪って立てかける。引き上げると、葛井自身よじ登って体を移動させてきた。 「・・・ここでするのは、嫌なんじゃなかったのか?」 「しないよ。キスする、だけ」 椅子に座る舟木の膝に跨り、可愛く抱き付いて唇を押し付けてくる。こんなことをされて、舟木が我慢できないことくらい分かっているだろうに。 腰に回した手をスラックスの後ろに侵入させながら、舟木は目を閉じて葛井の好きなようにさせた。暫くは、こうして甘やかしてやるのもいい。まだ少し赤が鮮やかな傷を思い起こし、目を閉じる。 「ん、大河さん・・・ダメ、だって」 「しねぇよ。そろそろ、美都里んとこの客が帰る時間だ」 尻の肉を左右に揉みしだきながら、そんなことを言う。こうされるとダメなのは、今度は葛井のほうだ。 「っひゃ! 冷た・・・」 黒い鉱石が肌に触れ、葛井は背を反らせた。その結果前にせり出す胸を布越しに歯で擦り、中心の粒を探して動かす。探り当てると、葛井はすぐにふにゃふにゃと崩れ落ちた。 「・・・美都里さんって、受付業もできたっけ?」 「あと少しで亀井が来ることになってる」 へたりと胸に預けていた体を起こし、葛井は舟木をいたずらっぽく見つめた。 「モップ、戻しに行こう。30分くらいなら、誰も来ないって」 「それが誕生日のお祝いってか?」 「それは時計」 顔を突き合わせて、くすくすと笑う。 「お祝いは、今度の休みのときに改めてやろう? 菅くんとか、リューさんも呼んで」 「あいつはいらんだろう・・・」 「でも、大河さんの誕生日教えてくれたのって、リューさんだし」 「・・・いつのことだ」 眉根を寄せた舟木に、葛井はやってしまったというような顔をする。 悋気を起こす葛井の行動に笑うくせに、舟木は竜也と二人きりになるのを極端に嫌がるのだ。 「そういえば、この間の見送りもやけに長かったよな・・・一体何を話してたんだか」 「は、話してない・・・っキス、しろって言われただけ、あ」 言ってから口を覆っても遅い。目をぱちくりさせる葛井の前で、舟木がにっこりと笑う。 「一時間・・・で足りるか?」 「や、やっぱり仕事はきちんとしないと・・・ね?」 汗を垂らしながら笑う葛井の腰をがっちりと押さえ込み、頬に刻む笑みを深くする。そのまま器用に立ち上がると、固まる葛井の痩躯を肩に担いだ。 「た、大河さん! あ、美都里さ・・・助け、」 「虎ちゃんにみーちゃん。汚したらちゃんと拭いてよね」 「ああ、すまんな」 この店で一番の売り上げを誇る美都里は、オーナーである舟木にもずけずけと意見を言う。それをにこやかに返す舟木に怯える余り、葛井は美都里の言葉の本質に気付かない。 「たたた、大河さん・・・!」 「なぁに、安心しろよ。熱のあるお前に無理はしないって」 「う、嘘臭い・・・」 舟木の肩の上で、暴れるのも諦めて力を抜く。 その様子を見て、見送られるために連れ添っていた美都里の客が、美都里と一緒になって合掌する。従業員だけでなく、常連にもこの二人の関係は知れ渡っていたりするのだ。 「そういえば使われていないバイブが倉庫にあったな。あれなんか使ってみるか?」 「や、やだからね! そんなことしたら、絶交だからね!」 本気で震え上がる体に笑いながら、舟木は手首で重く存在を主張する鉱物を見た。傷の付かない、硬い硬い石。 葛井のことだから、それほど深い意味を知って購入したのではないのだろう。 傷の付かない石。それを愛に置き換えることもあるが、もっと端的に言えばこの石はほぼ永久に同じ輝きを放つということだ。 永久に壊れない石が、これからの時を刻んでいく。 少し臭いとは思いつつも、舟木はその誓いの言葉のような響きに、一人嬉しそうに笑うのだった。 終。 (08.1019) 10000hits記念小説です。アンケートに投票してくださった皆さん、ありがとうございました。 |