『飼い猫の話』

 僕と岡崎は、仲の良い友達なんかじゃ決してない。
 派手でルックスも良くて成績も優秀な岡崎と、勉強も運動もそこそこで特技として挙げられるものなんて一つもない僕。
 友達であるどころか、ただのクラスメート以下。共通項を無理に見つけるとするなら、体育の合同授業で時折一緒になることくらい。それも、特にペアを組んでどうこうしたという記憶もなかった。
 そんな僕たちが一緒に帰るところを見たら、周りの連中はなんと言うだろうか。僕はともかく岡崎は女の子にもモテるから大変だと思う。
 六月の雨の日から、今日で何回目になるか分からない帰り道。今日も岡崎は一足先に校舎を出て、後からのろのろ出てくる僕を見るとさっさと先を行ってしまった。僕はそれに追いつこうとはしないで、一定の距離を保って歩いていく。
 岡崎の家は一昨年建てられたというマンションだ。入り口がオートロック式なので、このときばかりは岡崎のすぐ後ろを歩くしかない。岡崎からは、シャンプーとも香水とも分からないいい匂いがいつもした。
 通される部屋に人がいたことは今までに一度もない。時々机の上に万札とメモのようなものが置いてあるから、両親とも余り家には寄り付かないタイプなのだろう。うちもそうだから、なんとなく分かる。尤も岡崎のほうはメモを読まずに捨ててしまうけど。
 この広い家で岡崎は一人で過ごしている。その一人きりの城に、僕は招かれた。あの、雨の日も。
 岡崎の部屋に入って、そこの机の引き出しから出される一本のベルト。そのベルトを僕の首に付けることで、僕たちのゲームは始まる。
 偽りの関係を、ここで築くのだ。
「・・・ただいま、環」
「みゃおう」
 僕の首に付けられたもの。細い皮製の、猫用の首輪だ。

 どうしてこうなったのか、多分お互いよく分かっていない。あの雨の日に僕がここにやってきて、そこから始まった。
 確かに言えることは二つ。岡崎は猫を飼いたがっていて、僕は猫になりたかった。ただ、それだけだ。
「やっぱりお前は赤が似合う」
 首輪に付いた鈴をちりちりと鳴らし、その下を撫でる。僕の喉は鳴らないけれど、気持ちよさそうに目を細める。
 僕と岡崎は、この部屋では仲の良い猫と飼い主になる。僕は子猫がするように全身で甘え、岡崎は全霊でそれに答える。夕方から夜までの時間を、こうしてごろごろと過ごすだけだ。
「牛乳飲むか? 買っておいたんだ」
 耳の後ろや顎をこしょこしょとされながら訊かれ、僕は小さく鳴いた。猫だから言葉は通じなくても声をかけられたら返事をする。そう決まっている。
「にぃ、にゃあ」
「待て待て。今注いでやるから」
 深皿に注がれた液体を床に手足を折り曲げて舐める。ぺちゃぺちゃと音を立てている間、岡崎は僕を黙って見ている。猫は食事中に触られるのを何よりも嫌うからだ。
 すっかり舐めきってから、僕はベッドに腰掛ける岡崎の足に擦り寄った。甘えた声を出すと、頭を撫でてから唇を指でなぞられる。それにちゅうちゅうと吸い付いて、甘えるのだ。
「可愛いな、環」
「・・・にゃあ」
「おいで」
 そう言って叩かれる膝に腰を下ろし、胸板に背中を預けた。少し筋のある奇麗な指が、学ランの金ボタンを外していく。
 じゃれあいの延長線上にあるようなセックスだから、基本的に僕は何もしない。岡崎の指の動きに任せるだけだ。
「ん、にゃ・・・ぅ」
 シャツの上から乳首を掻かれ、息が詰まる。これまでに何度も弄られてきたそこは、今じゃ布ずれさえも刺激になって辛い。舌で舐められたら、じんじんと痛いくらい。
 僕はこの部屋では当たり前のように猫の鳴きマネをする。他のところでしたことはないけれど、きっと普通の声が出るんじゃないかと思う。たった八畳の、異世界だ。
「みゃあ、にゃあん」
 胸ばかりを弄る手を爪で掻いて、他のことを要求する。岡崎の手は惜しむように乳首を揉みしだいて、シャツをたくし上げた。おへそに指を入れて、くいと動かす。
「・・・に、にぅ」
「焦るなって。ちゃんとしてやるから」
 耳朶を甘く咬んで、肩に顎を乗せた。前が少し膨らんだスラックスのファスナーを一つずつきちきちとおろしていく。現れた下着をずらすと、ぴょこんと先っぽが顔を出した。その先端のぬめりを人差し指で掬い、糸を引く。
「凄い先走り。環はエッチだね」
「にゃあん」
「可愛い」
 すっかり取り出して、岡崎の両手がそれを弄る。くちゅくちゅぬるぬるといやらしい音が部屋に響いて、首輪の鈴も耳に障る。半分だけ脱げていたスラックスが、完全に足から落ちた。
「にゃん、にゃ、ぁ・・・」
 トロトロと竿を伝って玉まで潤す先走りを指に絡めて、岡崎の手はお尻の穴に伸びた。皺の間に塗り込むように動かして、慎重に中へと挿し入れる。ぞくんとして、鈴がリンと鳴った。
 僕の腰はいつの間にか少し前にずれていて、岡崎が後ろを弄り易いような体勢になっている。長い指が奥まで入り、出てを繰り返しながら、確実にそこを緩め広げていく。
 僕はこれが気持ちよくて、長く続けられていると何も分からなくなってしまう。岡崎の指が二本、三本と増えていくにつれ、それは益々強くなった。
「にゃ、はにゃ、みあぁ・・・」
 かくかくと腰が揺れて、僕は首を反らせて岡崎の首筋や頬に擦り寄った。早く、挿れて。
 足に残っていたパンツを脱がされて、岡崎の手で腰が上げられる。熱くなったものがそこに宛がわれていた。
「・・・にゃは、にゃああん!」
 ずるずると肉を押し開いて入ってくる。後ろから抱き締める手は慰めるように肩や胸をさする。痛みと、それに勝る安堵に涙が出た。
「にゃう、にゃあ、あんっ」
 座ったままの抽出は気持ちいいから、いつだって奥から溶け崩れそうになる。その錯覚に陶酔しながら、背後の岡崎にしがみ付いた。髪を弱く掴んで引くと、いい場所ばかりを探るように突いてくれる。
 岡崎とセックスするのが、僕は好きだ。
「あ、はにゃ・・・あぁっ」
 玉を転がされて、僕は少ない精液を吐き出した。きゅう、と中にいる岡崎を締め付けるから、それがまた快感を引き伸ばす。岡崎の息も忙しなくなり、腰遣いが変わった。
「みゃ、にぁ、あん、にゃあぁ」
「・・・ん、環・・・ったま、き」
「にぃ・・・ああぁぁあん!」
 さっきよりも更に強い快感の波みたいなのがきて、全身が大きく跳ねた。それと同時、体の奥に熱いものがじわりと広がるのを感じる。岡崎が中に出したんだ。
 その熱がじんわりと染みていくのを感じながら、自分の萎えた性器を弄る。少し押すとまだ出てきて、その感覚に打ち震えた。
 ベッドから降りながらつるりと抜いて、今度は床に四つん這いになって腰を振る。それを見て、岡崎がくすりと笑った。
「・・・もう一回?」
 呆れているような、楽しんでいるような、そんな笑い。
 太股の内側を、溢れ出た精液が伝った。もっとたくさん、注いで。
「にゃあ・・・ぁん」
 返事のつもりで出した声に、岡崎は頷いてくれた。


 気が付くと、もう結構遅い時間になっていた。  シーツにくるまった体は清められていて、岡崎の膝の上に頭を乗せて背中を軽く叩かれていた。身じろぐと、起きたことに気付いた岡崎と目が合う。
「起きた?」
「・・・んにゃ」
 ごそごそと起き出して服を着る。その間も岡崎は見ているだけで、僕も気にしない。
 上着を羽織り、金ボタンをつけて。岡崎の方を振り向くと、その手が首に伸ばされた。
「環」
 岡崎はベルトを外す前に僕の額にキスをする。まるで別れを惜しむみたいに思えるのは、僕の希望が混じっているからか。
「好きだよ」
 優しい顔。首輪を付けていないときに言われたら、どんなに嬉しい言葉か分からない。この言葉も表情も、僕を通り越して猫に向けられている。首輪を付けている間、僕は猫なのだから。
 猫は人の言葉を理解しない。してはいけない。この暗黙のルールを破ったとき、岡崎は僕を見てくれるのだろうか。
 恐がりな僕は、首を捻る。猫がそうするように、目を細めて。
 そして言うのだ。ここ何日も繰り返してきた、言葉を。
「・・・にゃおう」






完。
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