3.

 入学して一月も過ぎようという頃、大野は友人がやっぱりただ者ではないと悟るようになった。というのも、つい二週間ほど前にはただの「知り合い」と言っていた男の、今は「お気に入り」という立場に昇格していたからである。そしてそのことを、凄いことだとその「お気に入り」は全く気付いていないのだ。
 その男、御門仁成は強烈なシンパがいるほどの大人物で、それは大野も入学前から知っていたくらい。
 そんな人物に入学してすぐ気に入られるということがどんなに凄いことかを、本人は全く理解していない。
 これが天然の成せる技か、などと大野は思いながら、今日も故読み研の部室へと足を向けていた。
「・・・ちす」
「うっす翼。なあな、お姫さん連れてきてくれた?」
 鞄を下ろしながらげんなりとする。最近の伊部は、口を開くとこれしか言わない。
「来る訳ないでしょう。てかなんだよ、そのお姫さんってのは」
「王子の相手はお姫様で決まってるだろ」
 ふんぞり返って言うほどの理由ではない。大野は溜め息を吐いて、本を開いた。
 お姫さんこと名取春樹は、大野の友人で件の「お気に入り」君だ。ややあって一度だけここに連れてきたことがあるのだが、その一見以来伊部は春樹にご執心なのだ。
 いや、と大野は内心で否定しながら携帯ゲーム機に意識を移した伊部を盗み見た。
 伊部が意識しているのは、そのとき春樹を迎えに来た御門のほうだ。普段はおちゃらけて本心なんて滅多に出さないくせに、あの人物がちょっと絡んだだけで雰囲気が変わる。どうも訊かれたくないようなので、話題に出そうとは思わないのだが。
「・・・何よ翼ちゃん。俺の顔に何か付いてる?」
「・・・はあ。眉と目と鼻と口が」
 真面目な顔を装って言ったが、伊部は携帯ゲームを持ったほうの手を懐に入れ、もう片方の手の指を立てて揺らした。
「嘘はいけないよ翼。俺には全てお見通しさ」
「・・・・・・」
「俺に惚れたんだろ? そう言えば今すぐにでも抱いてやっ」
「俺をそこらの人と一緒にしないでください」
 皆まで聞けば、喋りながら本に視線を戻した。伊部は本気だったのか、かなり真剣にがっかりすると背もたれに倒れ込んだ。つまらなそうにゲームを目前に掲げ、その上から大野を恨めしげに見る。
「なあんで落ちないのかね。俺、こんなに格好いいのに」
「俺はゲイじゃないんで。それに顔がいいだけの人ならテレビを点ければ会えますから」
「あっそ」
 不機嫌顔で下唇を突き出し、伊部はゲームに集中し出した。
 それを見て、ふうと胸を撫で下ろす。
 処世術なのかは知らないが、伊部が真剣にならない質でよかった。自分でもおかしいと思っていることを言ったりして、変な言いがかりを付けられて襲われたら堪らない。
 だが、訊いてはみたい。人当たりのよさそうな御門の、何が伊部をあんなにするのか。
 あのとき一瞬だけ見せた暗い翳りを、今でも大野は思い出せた。
 そんなとき事件が起きた。
 事件というほどのものではないが、大野を含めた友人の何人かで飲みに行ったとき、下戸の春樹が酒に潰れたのだ。
 それ自体は春樹の兄経由で御門が迎えに来たことで解決したのだが、大野の疑惑に確信を与えるようなことがあった。
 居合わせた伊部は、あからさまな敵意を御門に向けたのだ。それを御門は、軽くかわしただけだったが。
「あんた、何考えてんの?」
 御門が春樹を連れて帰り、死屍累々と友人たちが倒れる座敷で伊部と向かい合わせて飲んでいるとき、大野は酔いに任せて訊いてみた。
 その質問に伊部はグラスを口に当てたまま一瞬止まり、そしてにやりとして。
「翼の裸体」
「茶化さないでくださいよ」
 伊部の目が丸くなった。面喰らったように顔を揺らし、グラスを置く。
「あんなあからさまな喧嘩吹っ掛けて。名取に何かしたら、俺だって許さないからな」
「何、好きなの?」
「友達だからだよ!」
 思わず声を荒げて、大野は落ち着こうとグラスを手に取った。氷の溶け切ったそれは、炭酸の泡もライチの味も、酒気すらもすっかり失せている。
「・・・別に、喧嘩売ってるわけじゃねえんだけどな」
「えぁ?」
 小さくなった氷を食べるか否か迷っていたところでそう呟かれ、大野は変な声を上げた。
 見ると、伊部は遠くを見るような顔で煙草をふかしていた。
「つうかあいつ、売っても絶対買わないだろうし。そういうのが、すげームカつく」
 ろくに吸ってもいな煙草を苛々と咬み、そして灰皿に押し付けた。
「お前もそう思わねぇ? いつも高いところから見下ろしてるっていうかさ、お前らとは違いますからって顔してさ」
「あんた・・・」
「俺は大嫌いだね」
 そこで話は終わりだと言うように、伊部もグラスを一気に呷り店員を呼んだ。
「なあ、賭けようぜ」
 そう言いながら振り向いた顔はいつもの伊部で、大野は肩透かしを喰らった気分で溜め息を吐いた。
「何をですか」
「次来る店員が男か女か」
「んなの、注文受けたのは女性なんだから来るのだって・・・」
「じゃあお前は女に賭ければいいさ。俺は男」
「っな、勝手に・・・」
「俺の報酬は、前と同じで」
 大野は抗議の言葉を止め、伊部を凝視した。怒りやら呆れやらが、渦巻いて脳裏を巡る。
「お前はどうする?」
「の、乗るなんて誰も・・・」
「何にするかって訊いたんだから、もう承諾も同じだろ?」
 大野は唇を咬んだ。口論するのも、もう面倒臭い。
「早く決めろよ。来ちまうぞ」
「・・・もう二度と、こんなアホな賭けを持ち込まないこと」
 苦々しく吐いた言葉に、伊部は目を細めて、笑った。
「オッケ成立。ほんと釣れないね、お前」
「賛辞として受け取っておきます」
 それとほぼ同時に、店員が二人の席にやってきた。


「なんでピッチャーなんか頼んだんですか・・・」
「いや、外しても潰してヤっちまおうかと思ってさ」
「最っ低・・・」
 膝の上に乗せられて服を脱がされながら、大野はもたつく舌で暴言を吐いた。
「ん、」
 眼鏡が引っかかり、それを外してから服を脱いだ。まだ上げた両手に布が絡んだままの状態でキスされ、眉を顰める。
 結局賭けに勝ったのは伊部だった。男客だからか、それとも重いピッチャー二つだった所為か。やってきたのは、男の店員だった。
 見た瞬間に大野は肩を落とし、伊部はぱしりと手を叩いて喜んだ。
 そして一人一つずつそれを片付け、ちょうど起きた友人にあとを頼み、店を出た。
 途中参加の伊部と違い、大野は始まってから随分な量を飲んでいた。伊部が飲み比べを賭けの媒体としなかったのはそのためだろうが、大野はその一杯で許容量に王手がかかっていた。今も、口は動くが手足に力が入らなかった。
「大人しいな翼。結構回ってる?」
「・・・おかげさまで。気分も最悪ですがそれ以上に苛立ってますよ」
 口ではそう言うものの、実際全身の力は抜けきっていた。抵抗しようにも指一本動かすのがまず辛い。大野は唇を咬み、伊部の意のままにすることを渋々受諾した。
「白い躯。この間も、面白いくらい痕残ったんだぜ」
 鎖骨から胸までを吸いながら降りていき、ぽつりと赤くなった乳首に舌を当てた。その舌の熱を移すように暫く当てたまま押し潰し、ゆっくり、ずろりと舐め上げる。
「ひぅっ」
 肩を掴んでいた手が伊部の肌を薄く傷付け、刺激から逃げようと上半身が反れた。それを背中に回った手が阻み、両手で肩甲骨の形を確かめるようにさすってから骨と骨の間の柔らかい部分をやんわりと押した。そのくすぐったいような奇妙な感覚に、思わず声を上げそうになる。
「堪えてないで出したら? どうせ今に抑えられなくなるんだし」
「う、うるさい! そこで、喋んな!」
「こほ?」
 言った傍から歯を立てられ、大野は慌てて口に手をやった。甲の薄い皮をきりりと咬み、必死で耐える。
「・・・可愛い奴」
 咬んだことで柔らかくなったそこを再び優しく執拗に舐めて起こし、子供がするように吸い上げた。一方ばかりをしつこく愛撫され、大野はかくかくと頭を動かす。
 そのまま長い間そこばかりをいじり、背中の手がゆっくりと下へ降りていく頃には、大野は伊部の肩にしがみ付くようにしていないと体を支えられなくなっていた。小さく短い呼吸を繰り返し、目には涙が浮かんでいる。
「翼? 腰、上げられるか?」
 言われて、大野は太股を跨ぐ足に力を入れた。少し浮いたところで下をずらされ、緩く主張を始める性器が顔を出す。
「もう少し上げて・・・壁に、手を付くんだ」
 大野は少し躊躇った。そうすると、性器を伊部の目前に晒すことになる。
「早く」
 急かされ、唇を咬んでそれに従った。僅かに雫を垂らすそれを凝視されている感覚に。足が震える。
「あっ!」
 ぱくりと口にふくまれ、思わず声を漏らした。かくれんぼの鬼のように壁に顔を伏せ、唇を咬む。
 熱い舌がぐちゃぐちゃと全体を湿らせ、唇が強く挟んでしごき上げてくる。手首に立てた歯の隙間から、唾液と一緒に耐え切れない声が切れ切れに漏れた。本人は気付いていないようだが、腰もゆらゆらと動き出している。
「ん、ふっう、あ! やだ、何す・・・っ」
 濡れた指が差し込まれ、大野は慌てて抗議の声を上げた。しかしそんなものは無視する伊部に中を擦られながら前を吸われ、訳が分からなくなる。
「や、だ・・・っあ、あ、抜いて・・・! 抜い、あああぁあ・・・」
 目の前が真っ白になる。ぐっと腰に熱が集まり、もう爆ぜようというとき。
「ああっ!」
 ちゅるんと口を離しつつ、伊部が根元を強く握り込んだ。堰き止められる快感に、がくんと体が傾ぐ。
「や、やだ! 離して! 離して、っいやああぁ!」
 強く握られたまま。二本に増やされた指が中をめちゃくちゃに叩いた。ビクン、ビクンと腰は何度も跳ねるのに、射精を許してはもらえない。
 首を左右に振りながら何度も懇願し、イキ続けた。激しすぎる絶頂地獄に気が狂いそう。それでも、前後の性器を嬲る手は許してくれなかった。
 とうとう糸が切れたように体が崩れ、伊部に縋りながらずるずると後ろに倒れた。
「っは、はん、ふ、ぅ・・・」
 真っ赤にした顔を両手で覆い、大野はぐすぐすと泣いた。その痛いほど膨らんだ性器を握ったまま、くす、と伊部が笑う。
「大丈夫?」
「んな訳、あるか」
 はあはあと肩を揺らし、大野は解放できなかった熱をどうすることもできず太股を擦り合わせた。その様子を満足そうに眺め、伊部は大野に被さるように顔を近付けた。
「イキたいか? 翼、イキたい?」
 訊きながらやわやわと性器を刺激しては、射精しそうになると強く握り込んだ。大野は悔しそうに歯を軋ませたが、欲求に負けて頷くしかなかった。
 その反応を受け、伊部は性器を持ったまま大きく足を開かせた。
「じゃあ、自分で広げて、ねだって。ちゃとできたら、何度でも出させてあげる」
「そんなこと・・・っ」
「いや?」
 ぎゅうぅ、とゆっくりだが確実に力を入れられ、その痛みと苦しさに大野は喚いた。ボロボロと泣き出したので離してやると、ガクンと力を抜く。
「っは、っは、っは」
「俺を誘ってよ」
 可愛子ぶっているが、その目の強さに大野は怯んだ。ひくり、と喉を鳴らし、膝を引き寄せてのろのろと手を伸ばした。汗や唾液、そして溢れた先走りで滑る尻の肉をなんとか掴み、左右に割る。
 普通の生活ではまず当たらない場所に風を感じ、それだけで羞恥が高まる。更にそれを自分で開き、見せているという事実が大野の自尊心を傷付けた。涙がとめどなく流れては、シーツに吸い込まれていく。
「は、早く・・・してくれ」
「んー、36点」
 笑いを含みながら言われ、大野は頭に血が昇った。
「誰の所為でこんなになったと思ってるんだ! なんでもいいから、早く・・・早く、なんとかしてくれ!」
 ぶるぶると唇を震わせ、涙声で叫ぶ。情けなくて顔を背けたら、伊部がその目前に手を付いた。
「泣き顔に免じて、60点。ギリギリ及第点ってとこかな」
 なんだ、と顔を戻した大野の鼻に咬み付き、そのまま熱い肉を押し付けた。熱い、と思うより先に肉を割って進む感触に目を見開き、その痛みから逃げようと腰を引いた。
「ぁあ! あ! 痛、あ、ああぁあ・・・っ」
「っん、力、抜け。俺も痛い。千切れる」
「ひぐ、う、無理・・・無理、死んじゃう・・・」
「死なねって」
 腰をがっちりと掴み、残りを一気に突き刺した。大野の口から悲痛な叫びが迸り、肩を押して抵抗する。
「落ち着けって。二回目だってのに、まだまだ処女みたいだな」
「俺は、覚えてな・・・っあ!」
 肩を殴り出した手を伊部が首に回させ、萎えた性器をしごき出す。痛みと快感がごちゃごちゃになり、大野が駄々っ子のように首を振る。
「いや・・・い、や。擦んな、で・・・」
「何? 感じてきた?」
 ゆさっと突き動かされ、ぎりぎりまで広がった肉を揺すられる感覚に睫毛を震わせた。確かに痛いだけじゃない刺激に、大野は困惑する。
「何、これ・・・こんなの、知らない・・・っ」
「セックスだよ。ドロドロのぐずぐずで、最高だろ?」
 しごきながら結合部を揺らされ、大野は伊部の背中に爪を立てた。さっき堰き止められてくすぶっていた快感が甦り、先端が痛いほど上へと伸びる。
「んぅ! う、うぅ! もう、いや・・・早く、イケよ・・・っ」
 潤んだ大きな瞳に睨まれ、伊部は片眉だけ吊り上げるようにして笑った。
「じゃあ一緒に、な?」
 腰を持ち上げて体を折ると、激しい抽出を始めた。肉を巻き込んでは引きずり出すような錯覚に、大野が壊れたように喘ぐ。噴水のような先走りが、腹を胸を濡らしていく。
「ああん! あん、い、いっイク・・・! イクぅ・・・っ」
 がくがくと顎を揺らし、反らせた胸に随分な量を吐き出した。それとほぼ同時に奥深くへと注ぎ込まれ、不快と快感の混じる感覚に身を震わせる。
「・・・まだ、ダウンには早いぜ?」
「え? あっ嘘、やだっあっあっあん!」
 挿したまま膨らんだそれに突き動かされ、大野はまた声を上げた。
 それから大野がばったりと気を失うまで、伊部は実に三度もその中へ精液を注ぎ込んだ。





続。