「別の話」 抱き締めると、生乾きの髪からうっすらとシャンプーの香りがした。細いようでそれなりに筋肉もある体は腕にすっぽりと収まって、自分のためだけに産まれてきたのではとさえ思う。 このまま朝を迎えるだけでも構わない。 御門はそう思ったが、即物的な男の部分はそうとは思っていないようで。 少しだけ身を離して、御門は求めてやまなかったその唇にそろりとキスをした。 御門の家で春樹が勉強を教えてもらうことに、昨日夏威はあっさりとOKを出した。土下座でもするつもりだった御門にはかなりの肩透かしで、思わず熱でもあるのかと問うたら強か殴られた。 「嫌がらせにも飽きたしな。春樹の反応も楽しんだし」 頬を押さえてメソメソする御門の傍で、夏威はそう言ってにやにや笑った。その首筋には、その日も赤い痕が付いていて。春樹は気付いていないようだが、御門にしてみれば夏威とその相手のラブラブっぷりを見せ付けられているようなものだ。自分にはさせてくれないのにという思いが、あと少しで爆発するところだった。 そんな気持ちを込めてじとりと重い視線を向けようとしたとき、夏威は笑いを引っ込めた。その変化に丸くした目に、夏威の冷たい視線が絡む。 「まあ、許しはしてやるけど・・・」 ひたりと頬に触れられ、どきりとする。しかしその緊張は、次の瞬間には違うものに変わった。 「春樹が泣いて助けを求めるようなら、殺すからな。脅しじゃなく、マジで」 ひやりとするほどの淡白な口調に、御門はぶんぶんと首を縦に振った。 「しません! この命に賭けても!」 爆発させなくてよかった。御門は心からそう思い、夏威から距離を取った。 その後浅月に迎えられて出て行った夏威と入れ替わりに春樹がやってきて、少し二人で過ごしてから駅まで送り翌日の約束を取り付けた。 持って来る鞄の中身は、勉強道具などではない。 御門は一緒に浴びたがったが、春樹が頑として首を縦に振らなかったので、御門は泣く泣く春樹が出てくるのを待った。その間に夕飯の片付けやらベッドメイクを一からやり直したりと、全く落ち着かない。自分でも笑ってしまうほど、緊張していた。 「な、なあ・・・」 高鳴る胸を抑えようとベッドに寝転がっていたら、寝室と隣り合わせの浴室から春樹が顔を覗かせた。まだ少し泡がついているのが、ひたすら可愛い。その顔がはにかんで、目を逸らせた。 「ど、どこまで洗うもん? 指、奥までは届かないんだけど・・・」 もじもじと言われて、御門は口を開けて固まった。せっかく冷めかけていた熱が下半身に集中して、燃えそうだ。 思わず言われた情景を想像して、鼻を押さえる。絶対まぬけ顔をしているだろうと分かるから、そのまま俯いて頷いた。 「じ、充分よ・・・というか、充分すぎ」 御門の様子に春樹は首を傾げ、そうかと呟いて浴室に戻った。また水音が再会するのを待ってからトイレに駆け込む。 レバーを引いて、溜め息も流した。 「・・・も、アタシ今日、死ぬかも」 タンクの蓋に手を付き、御門は流れる水を眺めた。 きつく抱き締められると、心の底からじわじわと温まっていくのが分かる。 先に浴びた春樹はともかく、浴室から出たばかりの御門からはポタポタと水が滴っている。それが背中を伝うのが、ぞくぞくはするけど嫌ではなく。裸の背中に手を回すと、その意外なたくましさにドキドキした。優しい口調は、こんな姿を想像させてはくれなかった。 「きーちゃん」 好き、と。 御門は何度でも呟く。この言葉に春樹がどれだけ喜ぶのか知っていて、言うのだろうか。 口には出さないけれど、春樹も小さく頷くことで俺も好き、と伝える。ちゃんと伝わっているのか確認はできないが、御門が何かを要求することはなかった。それがまた嬉しい。 「ん・・・」 柔らかいものを押し付けあう子供のキスから、舌で探り合うような大人のキスへ。もう何度もしている行為なのに、心は初めてのように毎回ときめいた。通じ合ってからこっち、益々気持ちいいように思える。 「ん、んっふ、ぅ・・・」 ぬるぬると唾液を混ぜあいながら、御門の手は春樹が纏うパジャマを脱がしていく。 御門に借りたそれは、丈はまずまずなのに春樹には少し大きくて。ボタンをはずすだけで、すとんと肩から落ちた。 「や、恥ずい・・・」 「なんで? こんなに奇麗なのに」 ちゅっと鎖骨を吸われ、春樹はいやいやと首を振った。 「だって、なんか俺、薄い。これでも鍛えてんのに」 少し俯き加減に唇を尖らすので、御門は笑ってそこにキスをする。体を引こうとするのを、両手を軽く握ることで制した。 「マッチョでもガリガリでも、きーちゃんならどうだっていいわ」 「デブでも?」 「デブでも」 くすくすと笑いながら、春樹の肩を押さえシーツの上に倒した。両腕に挟まれて見上げると、柔らかいキスが降りてくる。 「春樹」 「・・・っん、」 低い囁きに、くすぐったくなって目を逸らした。その首筋に唇が触れ、ざらりと舐められる。 「あ、っちょ、だめ・・・!」 啄ばみながら肌を降りていく唇が、胸の中心をふくんだ。まだ小さいそこを吸い出すように立たされ、腰が浮く。ころころと舌で弄びながら手は残った服を脱がせていくから、春樹は状況の変化についていけなくなる。焦って濡れた髪を引くと、弄られて赤くなった乳首が、離れた舌と白い糸で繋がった。 「どうしたの、春樹?」 「名前、呼ばないで・・・」 「なんで? 呼ばせて、呼びたいの」 手の平にキスされて、春樹は身を捩りながら首を振る。 「だって、ドキドキする。あんたの声、低いと響くし、かっこいいから・・・」 わざと高くしている声なら、ここまで胸は高鳴らない。完璧な御門に囁かれたら、変になりそうで。 春樹の可愛いお願いに、御門は破顔して頷いた。こうやって喋ることに時々は嫌になることもあったけど、春樹が望むのならいくらでも。 つんと立った胸の突起を舌で倒しながら、下着の中に手を入れた。 「先、濡れてる」 唇を舐めながら言われて、春樹は顔を背けた。しかしゆるゆるとした弱い刺激に焦れ、御門を見る。その目は、優しく春樹を映した。 「なあに?」 「・・・ちゃんと、触って」 「どこを? こっち?」 乳首を摘ままれ、高い声が漏れた。二本の指で擦るように動かされると、じんと気持ちいい。気持ちいい、けれど。 「ち、ちがっああぅ! 触って、よぉ!」 真っ赤な顔で腰を揺らし、そこを御門の手に押し付ける。それだけできゅうんと切ない快感に体が震え、春樹はくすんと鼻を鳴らした。 「ごめんごめん、つい意地悪したくなっちゃって」 そう口では謝るのに、下着を下ろす手はのろのろと遅い。布が擦れる微かな刺激に、春樹は唇を咬んだ。 「一度イカせてあげる」 そう言ったかと思うと、御門はぱくりと春樹のそこをくわえ込んだ。熱い口腔に、前されたとき同様簡単に昇りつめていく。玉を揉まれながら先端を舌で犯されるようにくじられて、春樹は声も出さず射精した。荒い息を吐きながらぼんやりと目を開け、御門の顔にかかったそれに気付き青ざめる。 「あ、その・・・ごめん」 「いいのよ。それよりこっち」 恐る恐る指で拭ってくれるその手を掴んで引き下ろし、自分の中心に触れさせた。その熱い感触に、春樹が赤面する。 「もう限界。今日は、いい?」 その言葉が含む意味に、春樹は戸惑いながらも頷いた。自ら足を開いて、恥ずかしそうに目を泳がせる。 「俺も、欲しい」 その可愛い誘いに、御門は死んでもいいかもと本気で思った。 「あっん、いた・・・ぁ」 痛い、と言いかけて慌てて咬んだ唇を、御門が優しく舐めて開かせた。 ローションを使って大分慣らしたとはいえ、慎ましやかなそこは御門のものを受け入れるには狭すぎて。 まだ先の方すら入りきらない内にボロボロと泣き出した春樹を気遣い、身の進行を止めた。 「平気? 辛いなら、もうやめるわ」 初めてだということを差し引いても、春樹の体からはなかなか緊張が解けなかった。嫌な記憶が、更にその身を強張らせているのかもしれない。 ガチガチになった筋肉から力を抜こうとしても、浅い息が漏れるだけだ。 その様子を限界と見た御門が体を離そうとしたら、春樹は腕に縋り付いてふるふると嫌がった。 「無理にでも、いれて・・・」 言葉とは裏腹に、顔は蒼白で奥歯もかちかちと鳴っている。その反応に、御門は苦い笑いを浮かべた。 「無理したって、いいことないわよ。ね?」 「やだ・・・っ」 「・・・どうしたのよ」 嬉しいが、辛い思いをさせたい訳ではない。脂汗でじっとりと湿った額に口付けながら頭を撫でると、春樹はしゃくりあげた。 「だって・・・俺、もう、これしかない・・・」 「何のこと?」 「はじ、初めてのキスは、なつにいだった。セックスも女の子としたし、から、からだも、谷岡が・・・っ」 ぐすぐすと話す春樹を見つめると、その赤い目が甘えるみたいに御門を捉えた。 「俺、あんたにあげられる初めてのものって、これしか残ってない・・・!」 言い切る前に唇を塞がれて、その舌に翻弄されている間にぐいと身を裂かれた。焼けるような痛みから上がる悲鳴が、御門の口の中に流れ込む。 「んう、ん! ・・・っあ、あぁ!」 「きーちゃん、ごめん・・・ごめんなさい」 ずず、と押し込み、掠れた悲鳴を何度も舐めた。無意識に胸を押し返してくる腕を背中に回し、それによる刺さるような痛みが、愛おしい。 「きーちゃん・・・見て。全部、入ったから」 泣き喚いてぐしゃぐしゃになった顔に手を触れ、下を向かせる。少しぼんやりとした顔が、嬉しそうにほころんだ。 「キツく、ない?」 顔色は真っ白で、性器も可哀相なほど縮みあがっているのに、春樹は御門を気遣う言葉を吐いた。その口に、労うようにキスをする。 「熱くて、最高。大好ききーちゃん」 だんだんにキスを深くして、抜き差しはせず入り口付近を軽く揺さぶった。ひん、と喉の奥がひくつく。 「う、んっん、んぁ・・・あっ!」 相変わらず足の間の性器は柔らかかったが、声には熱がこもり始めた。春樹が少しでも反応を見せれば、そこを重点的に何度も突いた。 やがて、最初は痛いほど締め付けていたそこは熱く解れ、顔は赤く火照り情欲に艶めいてきた。突き込めば、高く可愛い声で喘いだ。 「やあぁん! あん! あぁっあ、し、死んじゃう・・・っ」 「は、は・・・っあ、きーちゃん・・・はる、き」 囁くと、奥がきゅっと締まり、前からどぷりと白いものが混じった先走りを吐き出した。 唇を戦慄かせて、引き寄せた肩口を弱く咬んだ。 「い、って・・・」 「ん?」 「好きって、言って・・・」 熱と快感で潤んだ目にせがまれて、御門は何度もそれを口にした。 揺すりながら、奥を穿ちながら、指を絡ませるように手を繋いで、何度も。 「春樹・・・春樹、可愛い。・・・大好き」 腹を、さっきから春樹のものがひたひたと叩いている。それを春樹の腹に押し付け、挟み込むように揺すると嬌声が切羽詰ったものに変化した。 「んん! んぅーっ!」 握った手に力が込められ、腹にかかる液体の粘度が強くなった。 弓なりに反った体がベッドに崩れ、だらりと力が抜けてから何度か揺すり、春樹の中に御門も射精した。春樹が、その初めての感覚に眉を顰める。 「はあ、あ、きーちゃん・・・」 ちゅう、と額にキスすると、可愛らしくほころんだ。 「もっと、してもいいよ。骨まで、食べつくせばいいんだ」 その言葉に、御門は春樹が失神するまで貪り倒した。 翌週の放課後、情事の余韻も冷めやらない御門は、肩をいからせた夏威にしこたま殴られた。壁にどすんとぶつかり、目を点にして夏威を見やる。 「んな、何するのよう!」 「うるせーこの似非オカマ! おま、お前、ハルに何を盛りやがった!」 「も、盛る?」 訳が分からない。目を白黒させていると、息の荒い夏威の後ろから漸く追いついたらしい春樹が顔を出した。 「ち、違うよ夏兄・・・俺が、俺が変なんだよ・・・」 おずおずと言い、奥にいた浅月が夏威を大人しくさせた。落ち着かせてから改めて聞けば、今朝起き抜けに春樹は言ってきたらしい。 「俺さ、初めてなのにあんなに感じちゃったじゃん? だからあのおっさんが言ってたように、スキモノなのかなって・・・」 御門はくらくらし、浅月はぽかんとし、夏威は机を叩いた。 「ハルが淫乱な訳あるか! だからやっぱりお前が・・・」 「いやあ、これは血だと思いますよ。夏威先輩も相当激しぶっ」 殴られて、浅月が白目を剥いた。そしてすぐ正気に戻ると、夏威の腰にしがみつき、ぐずり出した。 「なんで殴るんですか! 僕は本当のことを言ったまでで・・・」 「黙れこのクソバカチビ! もうお前とは二度としないからな!」 「ええーっ」 悲痛な声を上げる浅月と、きゃんきゃん喚く夏威は無視して、御門は春樹を抱き込んだ。 「アタシはきーちゃんが淫乱ならそれで嬉しいけど」 「・・・ホント?」 「ええ。恋人はエッチなほうが可愛いし素敵」 そう言ってほっぺにちゅうをして、そこそこ身長のある春樹を軽々と持ち上げた。そのまま出て行こうとする様子に気付き、夏威が指を差す。 「てめ、どこ行く気だ!」 「どこって、家に帰るのよ。きーちゃんは貰っていくわ」 「誰がやるか! っておい、離せ浅月・・・」 ばたんと扉が閉まってからも、二人はばたばたと騒いでいた。あと数分もすれば、夏威の方が疲れて諦めるだろう。くすりと笑って、御門は腕の中の春樹に目を向けた。 「淫乱でも大丈夫よ。アタシが全部食べてあげる」 傍から見れば痛いほどのバカップルだが、当人たちは至って幸せのようである。くすぐったそうに笑って、春樹は御門の首に手を回した。 「大好き」 下に向かうエレベーターの中、二人はボタンを押す前にキスをした。 終。 |