1.

 都心の、しかし余り繁盛していないラブホテル。ここを利用する客には、ある共通点があった。それは、人には決して知られたくない事情がある、というもの。浮気にせよ裏取引にせよ、ここに来る二人組ないし三人組あるいはグループは、なんらかの後ろ暗い理由から一般的なホテルを使うことを避けざるを得ないのだ。
 このことは誰が最初に言ったわけでもないのに勝手に広まり、今では普通のカップルが使うことのほうがおかしくなっている。それなのに、ここに客が絶えたという話も聞かない。毎晩一組以上はこのホテルを利用するということが、この町に住む人間の闇を象徴しているようにも思えた。
 ちなみに、オーナーがそのような場所にしたかったと言う話も知らない。
 風聞するのは、ただ余った物件を無駄にしたくないためのおまけのような施設だったとかで、その所為か利用料金も極端に安い。その支払いも特殊で、通常より更に狭い受付窓に金を差し込めば釣りと一緒に鍵が戻ってくる。顔を確認されることなど、ある筈もない。
 そんなホテルの、本日二組目の客は男同士だった。
 今ではさほど珍しくもない光景だが、ここを選ぶ以上普通ではないのは確かであろう。その証拠に、肩を抱かれて歩く男の方は明らかに様子がおかしかった。酔っているにしては意識が余りにも混濁しているようだし、足元も横の男が支えない限り倒れてしまうだろうというほど覚束ない。抱えられるように歩きながら、彼は自分がどこにいるのかすら分かっていないようだった。
 男の名前は本宮栄一。支えているのは彼の二つ下の後輩で、名前を三角渓夜といった。二人の関係は大学のバスケ部の先輩後輩というもので、それも先月できたばかりである。新入生歓迎コンパから栄一に懐いていた三角は、栄一より少しだけ身長が高い。痩躯は無駄なく引き締まっており、スポーツ向けの体格といえた。整った顔は芸能人としても負けないほどのもので、入学して一ヶ月だが、彼のことを知らない女子はいないのではないかという人気がある。
 そんな男の顔が、今は嗜虐に満ちた笑顔を貼り付けていた。おそらく、大学での彼を知る者が見たら一瞬息を飲むであろう。それほど、彼の印象は普段とまるで違っていた。
「先輩、栄先輩」
 にこにこという擬音がつきそうな笑顔で、三角はベッドに仰向けになる栄一を突いた。何度かする内に、その体が身じろぐ。うまく動けないのは、両手が頭の上で縛られている所為だ。犯人は、勿論三角である。
 薄暗い照明の部屋で眠る顔を窺いながら、反応の鈍い栄一の服をするすると脱がしにかかる。ボタンが最後まで外された時、漸く栄一が眠そうな目をこじ開けた。眠いだけではないのだろう、その目の焦点はまるで合っていなかった。その様子に、三角は口元に手を当てくすくすと笑う。
「半信半疑だったんですけど、案外効くんですね」
 春物のジャケットを探り、何かを栄一の顔の横に投げた。細く開けた目でそれを見識するまでにかなり時間がかかったが、どうやら目薬のようであった。自分がいつも持っている筈の、コンタクト用目薬。
「これ、」
「そう、栄先輩のですよ。眠剤なんて用意できなかったから、とりあえずのつもりだったんですけど」
 お返ししますね、と三角はそれを再度拾い栄一の尻ポケットに入れた。
 牛乳を流し込まれたように濁った頭が、酒に目薬を垂らすと酔いが回りやすくなるという嘘みたいな噂を掘り出す。男が女を犯すために使うのだという、余計な知識も。
「おま、何を・・・」
 起き上がろうにも、両手の自由が利かない。どうやら縛られた上ベッドの縁に括られているようであった。
「手首に傷が残るかもと思ったんですが、暴れられるのも面倒なんで」
 手をぐちぐちと動かす栄一の動きにそんな説明をする三角。
 恐いくらい、その笑顔は不自然に栄一の目に映った。
「よいしょっと」
 栄一が何も言わないとみて、三角はその腰の当たりを跨いだ。顔の両脇に手を付いて、息が触れるほど近づくと、栄一の睫はぶるりと震えた。その様子が楽しいのか、小さく声を上げて笑った三角の息は酒気を全く帯びておらず、自分ばかり飲まされていたのかと悔しさに唇を咬んだ。誘われた時、素直に乗った自分が許せない。
「あは、その顔好きだなあ。栄先輩、今からあなたを犯します」
 余りにもさらっと言い放ったその言葉を理解するのに、栄一は数秒を要した。聞き返す声は、情けなくも裏返っていた。
「端的に言えばレイプですね。その顔が涙とか涎とかでぐちゃぐちゃになるのを見たいんです。前から、ずっと機会を窺っていたんですよ」
 目を見開いた栄一に優しく微笑みかけ、首筋から開けたシャツに手を差し入れた。冷気に晒されていた乳首は硬くなっていて、それをさすると悦に入ったように笑う。
「まあビビらないで下さいよ。いきなり入れたりはしませんから、ね」
 今日は気持ちいいことだけ、と言いながら指の腹で乳首を押し潰し、芯から立ち上がるまで何度も弾いた。次第に硬度を増すにつれ、栄一の腰も跳ねる頻度を増やしていく。
「や、やめろ変態! お前、自分が何してるか・・・」
「勿論分かってますよ。それより、」
 感じるんですね、ともう片方の突起を熱い舌で舐め上げた。その瞬間静電気に似た痺れが背筋に沸き、栄一は全身を強張らせた。なんだ、今のは。戸惑う栄一の反応の意味を知ってか、三角は口角を上げて微笑んだ。
「なんだ、栄先輩も満更じゃないみたいですね」
「んな訳・・・!」
 反論に開けた口を二本の指に塞がれた。ぬるりと舌を揉み、息苦しさに引きつった隙をついて下顎の柔らかい部分を刺激する。押されるたびに唾液が勝手に溢れ、指の所為で飲み込むこともできないまま口端からとろりと顎を伝った。引き抜けば、白い糸が指に纏わりついた。
「ふ、はあ」
「やらしい顔。本当は好きでしょう、こういう行為」
 違うと言いかけて唇を引き結んだ。濡れた指が乳首を撫でた時、熱い吐息が漏れそうになったからだ。
 その指は唾液により滑らかな動きで突起を中心に円を描き、くりくりと揉みしだいた。
「気持ちいいんでしょう? さっきから息が荒い」
「誰が、男の指なんかで・・・」
 顔を背けた途端乳首を痛いほど抓られ、栄一は歯を食いしばって変な悲鳴を上げた。痛みで、しこりのあったそこはふにゃりと力をなくした。
「あ、ああ・・・」
「泣かないで。素直にしていれば痛くはしませんから」
 赤く腫れたそこを口にふくんで、上下の歯で甘咬みしながら舌先でちょろちょろと舐める。反対側は指で遊ばれ、栄一の気持ちを裏切りどちらも硬く痛いほど存在を誇張した。
 色々と感情が押し寄せ、溢れる涙を流れるままに横を向いていたが、三角の空いた手が肌を滑り下半身に着いたときには、流石に顔を上げた。嗜虐に満ちた顔と目が合い、固まる。
「苦しくないですか、ここ?」
 笑いを含む声に問われ、栄一は頭に血が上るのを感じた。指摘された通り、そこはぱんぱんに腫れ窮屈そうに布を押し上げている。
 ぶるぶると怒りや羞恥で震え、栄一はまた顔を背けた。
 早く終わればいい。一度やれば気が済むだろう。
 そう思った栄一の耳に、信じたくない音が届いた。割とポピュラーな電子音で、それは三角が構えた携帯から鳴っているようだ。
「な、おま・・・」
 訊かなくても分かった。
 今のは、携帯カメラの電子音だ。
「何、してんだよ!」
 暴れようにも、妙に体を支配する酒の所為で足も手も自分のものじゃないみたいに言うことを効かなかった。もどかしくて、栄一はまた唇を咬んだ。
「あーあー、血が滲んでるじゃないですか。奇麗なのに」
 唇を扇情的になぞり開かせようとしながら、三角はまた携帯のシャッターボタンを押した。状況にそぐわぬポップな音が、栄一の神経を逆なでする。
「いいっ加減にしろ! そんなの撮って、何に使うつもりだ!」
「何って、脅迫ですよ。これで栄先輩は俺に逆らえないでしょう?」
 当然の行為だと言わんばかりの口調に、栄一は言葉を失った。こいつは、ヤバい。
 明らかに抵抗力の萎縮した栄一に気付き、三角はまた子供みたいに微笑むと、さっき触れた中心にまた手を重ねた。
「ここ、見ていいですか? いいですよね? ね」
 栄一の上から降り、ジッパーを下ろす。怒張したペニスが、下着の上から少し顔を出していた。
「濡れてますよ」
 くすくす笑われ、栄一は意識が遠のきそうになる。いっそ、なってしまえばいいのに。思えば思うほど、意識は三角の指と声をやけにはっきりと取り込んだ。もう、頭は沸騰寸前のように熱い。
「先っぽも少し開いてますし・・・何か入れてあげましょうか」
 言葉の意味に、栄一は蒼白して足をばたつかせた。
 瞬間に動くことを悟ったが、逃げようという思いは浮かんですぐ消えた。下着も何もかもを剥いで露わにしたペニスの先端に、三角が細い棒をあてがうのが目に入ったからだ。
「や・・・おねが、やめ、」
「もっと泣いてみせて?」
 そう笑ったかと思うと、三角は栄一の抵抗が始まるより前にその棒を押し込んだ。
 メリっと肉が裂ける感覚のあと、何故か一拍置いて焼けるような痛みがそこを襲った。全身を反らせた栄一の口から、獣の咆哮のような悲鳴が絞り出される。それにも気圧されず、三角は薄い笑みを浮かべたまま棒を更に奥まで刺し貫いた。
「ああぁああああっ! あーっ!」
 見開いた目からはぼろぼろと涙が零れ、焼け付く痛みに頭はズキズキ鳴るというのに、そこは硬度を保ったままだった。そのことが、栄一の自尊心を更に崩していく。
「ひい、ひ・・・っゆるし、許して・・・」
「何言ってんですか、こんなに硬くして。好きでしょう?」
「違う、こんなの、ちが・・・」
 がくがくと歯を鳴らしながら首を振る栄一を無視して、三角はその膝を持ち上げると顔の横まで押し倒した。そして、また携帯を弄る。
「はは、いいアングル。ほら」
 見せられた画面には、串刺しになりながらも蜜を溢れさせて喜ぶ性器の大写しと、その奥にみっともなく泣き崩れる栄一の顔があった。もう、言い逃れもできないような画像である。
「ひ、酷い・・・俺が、何をしたっていうんだ」
 ぐすぐすと泣く栄一の膝を己の両肩に掛け、その下に体を侵入させた三角が笑う。
「言ったじゃないですか、機会を窺ってたって。先輩が色々いやらしいことをされて、よがり狂うとこが見たいだけですよ」
 言いながらペニスを挿した棒をくるくる回し、その中を直接犯される痛みに悲鳴を上げる栄一を恍惚として眺める。栄一の体は、既にその手の支配下にあった。
「う、ふぐ、もう・・・やめてくれ」
「何言ってるんですか。まだまだこれからですよ」
 そう言って、三角は突然肉の丘に挟まれた部分をその目前に晒した。目尻が痛くなるほど目を開けた栄一と視線が合うと、三角は指を舐めそこの皺を伸ばすように擦る。骨の浮くような感覚に、栄一は腰をくねらせた。
「さすが奇麗ですね、ここ。・・・はやくいれたいな」
 恐ろしいことを言われ、きゅっとそこを窄めた。その結果三角の指の腹を吸うような動きとなり、再び妙な浮遊感に栄一は鼻から抜けるような声を漏らした。
「・・・っ!」
「いい声。でも、今日はこっち」
 すすっと指を移動させ、玉の裏側をくにくにと揉んだ。絶頂感に似た切なさが沸き、栄一は息を詰めた。
「ここ、いいでしょう? いつか中から突いてあげます」
 三角は指を更に進め、敏感な裏筋をなぞりながらぷっくりと膨らんだ亀頭に到達した。棒をくわえ込むそこは頻繁に口を開け閉めしていて、その卑猥な光景に三角は喉を鳴らした。そして、それを誤魔化すように笑い、棒を二本の指でかるく摘んだ。
「中、直接擦られるといいでしょう」
「よくな、」
 言おうとして、栄一はそこから沸いた快感の波に自分の体を疑った。いつの間にか溢れていた先走りによりスムーズに棒が出し入れされるたび、まるで泉のように甘い痛みが快感となって湧き出すのだ。目の前がちかちかとなり、栄一は拘束された腕を引き寄せて口を押さえた。
「声、殺さないで下さいよ。聞きたいんです」
「・・・・・・あっあっあ! ああ、や!」
 三角の手に口を塞ぐ腕をどかされると、自分でも嫌になるくらい甘い声がひっきりなしに口をついて出た。言うほど、快感も増すような錯覚があった。
「ひゃ、ああ、こんなの、嘘だぁ・・・」
 信じられないところが溶けるみたいに気持ちよく、栄一は首を振る。
「やだ、俺、おかし・・・」
「はは、淫乱だなあ。でもいいですよ、そういうとこ。もっともっと、堕ちればいい」
 やんわりと五指が纏わりつき、栄一は頭が白く染まるような快感に背骨が折れそうなほど反り返った。びくびくと痙攣してはいるが、尿道を塞ぐ棒の所為でイクことができない。逆流した快感の波が、栄一を更に苦しめた。
「ひい、い、いっあ、ああぁ!」
「凄い、ずるずる。指も入るかもしれませんよ」
「・・・っ! みす、も、」
 緩慢に、しかし男の性感帯を理解しつくした指にペニスを弄られ、栄一の頭は飛びそうなほどの快感に酔っていた。それなのに解放は許されず、栄一は何時間にも思われる責め苦の末、ついに三角に縋るような視線を投げた。
 気付いている筈なのに、三角はそれを笑顔で受け流す。そしてさらに深くまで差し入れようとしたとき、栄一の唇が動いた。
「いか、」
 イカせて。
 殆ど掠れて聞き取れないような願いを聞くと、三角はにやりと笑い棒を一気に引き抜いた。同時に、筋の浮いた竿を強く扱き上げる。
 栄一の口が、甘く掠れた悲鳴を上げたのは、そのすぐ後だった。
「ひあ、やあああぁあーっ!」
 きゅっと締まった尿道から無理に引き抜かれた棒を追うように、白く濁った液体が待っていましたとばかりに迸った。
 緊張で腰は高く上げられ、足の指は何かを掴むように硬く握られた。
 オナニーやセックスでは味わったことのない快感の余韻に、栄一は全身で呼吸しながら浸っていた。次第に落ち着きを取り戻し始めたとき、栄一はまたあの電子音を耳にした。
「先輩、栄先輩」
 腹だけでなく胸にまで飛んだ精液をぬるぬると擦りつけながら、三角が笑っている。
「栄先輩のイク顔、凄いやらしい。他の人には絶対見せないでくださいね」
 殺しちゃいますよ。
 爽やかな笑顔で、簡単に恐ろしい言葉を吐く。
 たちの悪い獣に捕まったのだと栄一が諦めの溜め息を漏らすと、三角は約束ねと言ってその肩口に深々と歯を突き立てた。





続。