『妄想の10代』


 金森の寝顔なんて初めて見た。
 いくら仲のいい友達でも、泊まりっこなんて高校生になったらしないし、ヤった後にダウンするのは大体俺の方だし。
 ただ目を閉じているだけかも、なんて思ったが、聞こえてきた規則正しい寝息にその可能性も潰す。慎重に眼鏡を外してみたけど、それにも起きる気配はなかった。
「・・・疲れてん、だよな」
 金森と付き合い始めて、最初の秋。夏休みの記憶は、正直言うと余りない。
 せっかく予備校通いがなくなったというのに、結局俺の夏休みは消えてしまった。というのも、なまじいい成績をたたき出してしまったおかげで、先生にAO入試を勧められた所為だ。
 少しばかりスタートを切るのが遅かったのだけれど、金森のサポートもあって俺はなんとかそれに喰い付いた。毎週のように出る小論文課題と、繰り返される面接の嵐。合格の知らせが届いたときは、ドッキリじゃないかとカメラを探してしまったほど。だって、何を喋ったかなんて全く覚えていなかったから。
 こうして、俺は夏休みを犠牲にすることで代わりに三年の後半を丸々手に入れることができたんだけど。金森は、そうじゃない。センター試験に向けて、まだやらなきゃいけないことがたくさんある。
 自分が必死なときは気付かなかったけど、金森は俺の手伝い以外に予備校にも通っていた。気付かない俺も俺だけど、そのことを一切口にしない金森もどうなんだろう。ちょっと、かっこよすぎるというか、ある意味、ムカつく。俺に心配かけたくないのは、分かるけど。
 会う口実にと使っていた勉強会も、今では本当にそれしかしていない。金森は受験勉強を、俺はその日の復習なんかをして、後はぽけっとしている。
 つまらないなぁ、と思わなくもないけれど、集中している金森の横顔は見ていて飽きない。それで勝手に気分が高ぶってくるのは、困るんだけど。
 最近の俺たちは、軽く唇を合わせる程度のキスしかしていない。これ以上すると抑えられなくなるから、と金森が言ったのが理由だ。
 でも、でもさ。俺だって男なわけ。好きな奴と一緒にいたら触りたくなるし、触られたくなる。キスだって、金森はあれで満足しても、俺はあれだけで結構クる。そのままぎゅっとして押し倒して、乗っかってやりたいとか思う。
 そんなワガママ言えないのも、分かっているつもりだったけどさ。
 溜め息を吐いて、俺は寄りかかっていた金森のベッドから毛布を剥いだ。枕が壁との隙間に落ちたけど、まあいいか。机に肘を突いたまま寝ている金森の肩にかけ、その正面に戻る。そして再び、ベッドにもたれかかった。頭を乗せると、ふわりと金森の匂いがする。横を向くと、奇麗に畳まれたパジャマがそこにあった。
 起きない、よね。
 頭をベッドに乗せたまま、それを引きずって鼻を埋めた。ずっと息を吸い込むと、なんだか変な気分になってくる。目を閉じて、ジーパンのファスナーを下ろした。
 後ろからしてくれるとき、金森の手はどう動いたっけ。左手で竿を揉みながら、右手は亀頭を外してその下のくびれをくすぐる。完全に勃ち上がって先走りが滲んでも、なかなかそこには触ってくれないんだ。
 俺は亀頭への刺激があると、割とすぐイってしまう。最初は恥ずかしくて嫌だったんだけど、今は触ってくれないほうが辛い。焦らすように動かされると、エロい言葉でねだらないとイカせてくれない。
 唇を咬んで、声が漏れそうになるのを必死で堪えた。そうして、右手を玉のほうへ移動させる。ここを触るとこんなに気持ちいいんだと教えたのも、金森の手だ。金森の細くて長い指が、俺をめちゃめちゃにする。
「ん、ふ・・・」
 俺をこんな風にしておいて、なんで金森は平気なんだ。ていうか、こいつ本当に俺のこと好きなのかよ。お礼に触らせていたときだって冷静だったし、今だってもう何日やってないと思ってんだ。
 あ、あ、やば。も、イキそ・・・もっと、擦って。
 瞼の裏で、いつもの金森の手付きを模索しながら手を動かした。意地悪だけど、俺が頼めばすぐに叶えてくれる、金森の手。
 金森の腕の中で、俺はいくらでも幸せになれる。あの胸板に背中を預けて、擦り寄って。キスを求めれば返してくれるあの唇が、俺は好きだ。じっくり吸われ、舌でなぞられるともう駄目だ。合わせて舌を絡ませるだけがキスだと思っていた時期が、今はもう霞みの向こう。するたびに、新たな甘みを含ませる。
 何度も唇を舌で湿らせながら、鼻から息を吐いた。
 もう駄目、出ちゃう。頭がぼぉっとして、全身が甘くて痛いものに満たされていく。それがどんどん集まって、目の前が真っ白になったかと思うと、ちんこの先から精液と一緒に何かが抜けていった。全力疾走した後みたいな息遣いを、唇をぐっと咬むことで抑える。全身がどくどくいって、心地よい開放感の後に虚しくなった。一人で、何やってんだか。
 すっかりぐしゃぐしゃになってしまったパジャマから頭を上げ、ティッシュを探して部屋を見渡した。そしてその視線の先に、あるはずのものがないことに気が付いた。あれ。俺、金森の眼鏡そこに置いた、よな。
 え、まさか。心臓を鷲掴みされたような不安に襲われ、ばっと見た先で金森の視線とぶつかった。目を丸くした俺に、金森が笑いながら箱ティッシュを差し出した。
「気持ちよかった?」
「・・・っ!」
 がっと顔が熱くなった俺は、逃げようにも足に力が入らなくて。固まったままの俺の横に回り、肩を抱くようにして手を取った。ティッシュを2、3枚抜き取り、丁寧に拭ってくれる。
「こういうことは、僕を起こしてからやってほしいな」
「い、いつから・・・」
「ん?」
「いつから、見て」
「豊橋が僕のパジャマを引っ張ったとき辺りから、かな」
 それってほぼ全部じゃん!
 恥ずかしさや怒りで暴れ出した俺を、金森の手が宥めるようにさすった。くそ、くそ! そんなことするな!
「離せよ! 金森はしたくないんだろ!」
「したいに決まってるだろ。まだまだやりたい盛りなんだし」
「じゃ、じゃあ・・・」
 金森がベッドに寄りかかった。そのあぐらをかいた膝の上に引き上げられ、するするとズボンを脱がされていく。
「でも、今はもっと大事なことがあるからね。ちょっとした願掛け、かな」
「何それ・・・! 少しは、俺の都合も」
「豊橋が頑張っている間も、僕は我慢していたよ?」
「う・・・」
 てことは、これは金森の意趣返しってわけ? 酷いよ。
 泣きそうになっていたら、後ろからぎゅっと抱きしめる力を強くされた。
「そんなんじゃないよ。豊橋の邪魔になりたくなくて、僕が勝手に我慢してただけ」
 ちゅっとこめかみにキスしてくれたけど、俺はむすくれたままその唇から逃げた。困ったような笑いで、微かに空気が揺れる。
「抱いたら、頭が豊橋で一杯になっちゃうからね。触らないようにしてたんだけど・・・やっぱり駄目だったよ」
 トランクスを抜かれ、どきりとした。
「一緒にいる間はともかく、いざ一人になるとその日できたかもしれないかもしれないことばかり浮かんじゃって」
 膝を包むようにさすられ、俺は唇を咬んだ。触られるのかな、と身を固くしたのに、金森は太股を撫でながら開かせていくだけで、喋り続けた。
「方程式を解くより、どうすれば君が僕のしたいことに頷いてくれるのか。そっちの方が、難しいんだ」
 少し凹んだ足の付け根を押されて、ビリビリと痺れるような感覚に肩を跳ねさせた。反射的に閉じそうになる太股を抑えられ、俺は背後を恨みがましく見る。それに対して、金森はくすりと笑うだけだ。
「さっき一回出したんだから、まだ我慢できるでしょ?」
 問いかけに、俺は首を振る。いくら自分でイったとしても、金森に触れられるのとは比べ物にならない。その先を知っている俺の体が我慢なんてできるわけないのに、望んだ刺激は与えられなかった。太股を撫でるだけで、時々耳なんかを咬んでくる。
「っひん、それ・・・や」
 唇で挟まれて、熱い口の中で舌にねぶられる。金森は俺の制止なんて聞こえていないのか、俺がぐったりと憔悴するまでやめなかった。ちんこが、触ってもいないのに強く脈打っている。
「さわ、て・・・もうがまん、できな・・・」
「自分で触ってもいいんだよ?」
 言いながら、金森は俺の手をそこに持っていった。促されるまま少し触れ、首を振る。
「やだ。一人でなんて、したくない」
「見ててあげるから」
「や、だぁ・・・」
 べそをかきながら顔を擦り付けると、金森は困ったように笑った。一向に動かない俺の手を取り、指の甲に口付ける。
「さっきは一人でできただろう?」
 言い含めるように囁き、指を咥える。ちゅくちゅくと舐められ、腰が揺れた。たっぷりと濡らしてから解放され、金森が何をさせようとしているのか分かった。できない、かぶりを振る。
「できるよ。したこと、あるんだろう?」
 更に太股を引かれ、ぱくりとひくつくそこに自分の指を埋められた。金森が小さく押し込むことでその指が勝手に動いて、浅い部分を弄られるもどかしさに喘いだ。
「もっと、奥・・・」
「それは自分で、ね?」
 ちゅっと頬にキスをして、金森は手を離してしまった。愕然とする俺の服をたくし上げて、その裾を口に咬まされる。ぷくりと腫れた二つの粒が見え、背中がぞくりとした。
「僕はこっちで手伝ってあげるから。足閉じちゃ駄目だよ」
 いやだ、と思ったのに、左右の突起を同時に擦られて、何も分からなくなった。胸から生まれる快感を追うように、躍起になって手を動かす。金森がしてくれるのを思い出しながら、いつもの場所を探して深く挿し込んだ。
 でも金森に指摘されたように、一人でするときも、今も。俺の指では届かない場所が疼いて、仕方がない。
「んぅっ、ふ・・・ぅ!」
「気持ちいいの、豊橋? 凄い、エッチな眺め」
 乳首を指の腹で押し潰され、そのまましこりをほぐすように動かされると、もう駄目だ。咥えたシャツに涎が染み込むのも構わず強く咬み締めて、がくがくと頭を揺らした。指の先が、あと少し届かない。もっと長いもので、突き上げて欲しい。
「っは、金森・・・! 金森、入れて・・・っ」
 もう我慢できない。シャツを離して叫ぶと、金森は俺の顔を後ろに向かせて唇を塞いだ。舌を絡ませる動きにぼぉっとしている間に、ぐっと熱いものを押し込まれる。指を抜いて、胸を反らせてそれを深く飲み込もうと体勢を変えた。
「あっあぁ・・・奥まで、奥まできて、る」
 自重で一気に飲み込んだというのに、痛みは殆どなかった。挿された瞬間から快感だけがそこから湧いて、目の前がチカチカする。
「豊橋、腰動いてるよ。そんなに欲しかった?」
「だ、て・・・久し振り、で・・・っ」
 止めようにも、自制なんてきかない。金森の熱い吐息が後ろから聞こえてくるのも、堪らなかった。
「もう、出ちゃ・・・かなもり・・・」
「・・・僕も、限界かな」
「あっ」
 頭を押されて、ローテーブルに倒れ込んだ。ノートがばさばさと落ちるが、それを気にする余裕なんて消し飛ぶ。珍しく激しい抽出に、正気をやらないようにするので精一杯だった。
「っう、うあっあん、金森、俺・・・も、」
 長い射精感に、立てた膝が笑う。見えないけれど、俺のちんこは白く濁った先走りでドロドロだろう。それを擦られて、目の前に火花が散る。
「あ・・・あ、ん・・・っ」
 甘い痺れが止まらない。ずっとずっとイってるみたいで、なんだか恐くなる。
「金森・・・かな、もり」
 首を捻って、涙で滲む視界に金森を捜す。すぐに気付いて、汗で貼り付く髪を耳にかけてくれた。
「キス、して・・・ちゅうして、ほし・・・っん」
 掬うようなキスは、いつものように舌を絡めてはこなかった。ただ合わせているだけで、ビリビリと痺れてくる。もっと触れていたいのに、突き上げるリズムが変わって離すしかなかった。高い声を出すばかりで、呼吸が追いつかない。酸欠でぼぉっとする頭が、白いもので埋め尽くされていく。
「はふっあん、あっあっや、やあぁ・・・っ」
「とよ、はし」
 金森の掠れた声を最後に、俺の意識はぶつりと途絶えた。


「この、むっつりスケベ」
 ベッドで横になった俺の言葉に、金森は笑うだけで否定はしなかった。参考書の文字を追っていた視線がひょいと上げられ、どきりとする。
「おあずけが長かったからね。実はまだ、足りないくらい」
 驚いた俺に向かい、冗談だよと金森が笑う。そうは言うが、あながち冗談でもないような気がするから嫌だ。さっきだって、金森にしては珍しくがっついてたし。
 つい思い出してしまい赤くなった顔を、金森に見られることはなかった。すぐに視線を下ろし、問題に取り掛かったからだ。しゅんと気分が沈むような心地で、布団の中の手をもじつかせた。
「どうしたの? 何か言いたそう」
 顔を上げないまま訊かれ、俺は少し迷った。こういう会話の時間も、惜しいんじゃないだろうか。しかし、黙っていれば金森はこのまま手を止め続けるだろう。仕方なしに、俺は口を開く。
「・・・俺、来ないほうがいい?」
「なんで?」
「だって・・・結局、邪魔になってるし」
 した後は大体寝てしまうから、事後処理はいつも金森任せだ。俺ばっか、よくしてもらっている感じなのに。
「金森がしてくれたみたいに・・・俺が出来ることって、特にないし、さ」
 俺が課題に苦しんでいるとき、金森は資料集めや助言なんかをしてくれた。でも俺は、金森の受験勉強を手伝えない。できることと言ったら、時々コーヒーを淹れてあげることくらい。
 考えていたら悲しくなってきた。泣かないように瞼を擦ってから金森を見ると、その優しい視線に捕まった。
「馬鹿だなぁ、豊橋は」
「なっ」
 そんなこと、重々承知してるよ。ムっとしていたら、また笑われた。
「じゃなくて、何も分かってないなって。僕が豊橋に望むのは、ただ一つだけだよ」
「な、何」
「この部屋で、一緒にいて欲しい」
 それだけだよ、と言われ、俺は布団に潜り込んだ。びっくりするぐらい顔が熱くなってしまい、これ以上金森を見ていられなかったから。
 布団の密封された空気の中で、金森の嬉しそうな笑い声を聞いた。だから、なんでそういう恥ずかしいことを!
 ぱたぱたと布団の中で暴れてから、がばりと体を起こした。そうしてから服を着ていないことを思い出し、慌てて布団を被る。
「い、いるだけでいいなら・・・し、しなくてもっ」
「豊橋はそれでいいの?」
 いいわけない。だから今日だって、金森にバレないように、いや、結局バレたんだけど。じゃなくて、俺は一緒にいたらそういう気分になるんだって。お前は違うのかよ。
 黙り込んでいたら、金森は笑って立ち上がった。ベッドの傍で跪き、俺を見上げる。
「言ったろ? 触らないと、逆に色々考えちゃうって。時々発散しないと、犯罪でも犯しそうだよ」
「か、金森」
 その冗談、笑えないから。
 微妙な顔をする俺の膝に、金森が手を置いた。まだ熱の余韻が残っていたのか、それだけでぞくりとする。
「豊橋のおかげで、僕は勉強が苦じゃないんだ」
「じゃ・・・なんでこんな、間を開けんのさ」
 這う指を抑えながら訊くと、金森はにこりと笑った。それは、今まで見たものの中では、一番やらしい顔で。
「だって、焦らせば焦らすだけ、豊橋は快感に逆らえなくなるじゃない?」
 ぺろりと膝先を舐められて、俺は被っていた毛布を金森の上に振り下ろした。一瞬だけ眼鏡が気になったが、もう知るか。自業自得だ。金森も気にしていないのか、くぐもってはいるが笑いを含んだ声で抗議してくる。
「何怒ってんの。豊橋はそういうところがいいんだって」
「うるさい! 窒息してしまえ!」
 毛布越しに首を絞めてやりながら、恥ずかしさと怒りで歯軋りした。こんな奴、大学に落ちてしまえばいいのに。いや、それは困るか。
「あれ?」
 なんか、反応がないような。絞める力を抜いたら、かくりと首が垂れた。
「わわ、金森っ」
 慌てて毛布を剥いだら、勝ち誇ったような顔で笑う金森と目が合った。
 くそ、やられた。
 眉を寄せた俺の唇を、腰を浮かせ手を伸ばす金森の唇が掠め取るように塞いだ。






終。

08.11.20