『繹騒の10代』 インターフォンを押す直前になって、この緊張がどこからきたものなのか分かった。 何をしにきたのかというのも大きな原因の一つだとは思うが、一人でここに来るのは初めてだ。誰かに連れてこられたのではなく、休日に、自分の意志で。 勿論誘われたから来たんだけど、それでも最終的に決めたのは自分だ。こうなった以上、後でそんなつもりはなかったと言っても説得力がない。強制されたわけでは、ないのだから。 昨日のうちに覚悟は決めたと思っていたのに、まだどこかで逃げたい気持ちが残っているらしい。自分のチキンさに、少しだけれど呆れがくる。 帰ってしまおうか。 いや、と首を振る。追試までの一週間、あれだけシミュレートしたじゃないか。 俺は唾をごくりと飲んで、指を当てたままにしていたインターフォンを押した。 「・・・あれ?」 なんか、遅くない? 肩透かしを喰らった気分でもう一度押そうとしたら、ばたばた音がして、突然扉が開いた。その勢いよりも、出迎えた人物の格好に驚いて固まってしまう。金森は、明らかに風呂上りの出で立ちだったのだ。 「おはよう、豊橋。ごめんね、こんな姿で出てきちゃって」 「あ、いや・・・」 本当に急いで出てきたのだろう。上半身は裸のままだし、髪はまだ滴るほど濡れている。肩にかけたタオルがやけにそれを誇張して、俺は顔が熱くなるのを感じた。 「姉さんがなかなか出かけてくれなくてね。着替えてくるから、部屋で待っててもらってもいい?」 頷いて、扉を開けてくれる金森の脇をすり抜けた。背後から施錠の音がして、ふと足を止めたとき。 「豊橋、いい匂いがする」 思ってもみなかったところに金森の顔があり、俺はぎしりと固まった。動かない俺の首元に鼻をつけ、深く息を吸い込む。 「あ、ごめん。濡れるね」 ぽんと肩に手を置いて、金森は自室とは反対の方向へ歩いていった。それが見えなくなってから、へたりと座り込む。 なんだあいつ。何すんだあいつ。 びっくりするほど熱い首を押さえ、腰の抜けてしまった俺は暫くその場で呆けていた。 這うように金森の部屋へ行き、なんとなくベッドから一番離れた位置で、まるで初めて女の子の部屋に来たかのごとく、俺はがちがちに緊張していた。尤も、女の子の部屋になんか入ったことはないんだけれど。 ていうか、今日はむしろ俺の方が女の子なんだけども。 笑おうと思って考えたギャグに、自重するどころかまともに赤面してしまった。ぱたぱたとありもしない空想の靄を手で散らし、ついでに顔も扇ぐ。 ああ、らしくない。俺ってもっと、楽観視するタイプじゃなかったっけ? これが、恋するってことなのかな。 「・・・・・・」 またも思いついてしまった寒いギャグに、今度は頭から机に落ちた。もう、誰でもいいから俺を止めてくれ。 「何してるの、豊橋?」 悶々としていたら、コップとペットボトルのジュースを持った金森が現れた。ばかなところを見られたかもしれない気恥ずかしさに、黙り込む。明らかに態度がおかしい俺を、金森はいつも通り穏やかな顔で見ていた。 「オレンジでよかった? コーラもあったけど」 「なんでも、いい」 「そう?」 よかったと言いながら腰を下ろし、金森はジュースを注いだグラスを俺の前に置いてくれた。それを取り、一気に半分くらい飲み干す。 「で、どうだったの?」 コップを置くなり訊かれ、俺は首を傾げた。 「どうだったって?」 「だから、豊橋のお母さん。予備校行きはどうなったの?」 「あ。あーあーあー」 そうだ、その話をしにきたんだった。 思い出したように手を打ち、昨日母親と話したことを掻い摘んで伝える。 「まだ仮免除だけど、期末もそれなりだったら行かなくてもいいって」 嬉しすぎて話しながらも興奮しそうになった俺を、金森が眩しそうに見る。 「それはよかった。努力した甲斐があったね」 「いや、俺は別に・・・金森の、おかげだよ」 まるで自分のことのように喜ぶ金森の言葉に、胸の辺りがむずむずした。謙遜のつもりもなく出た言葉に、金森は首を振った。 「僕は見返りのためにやったから。頑張ったのは、豊橋だよ」 そう言われて、俺は顔が赤くなるのを感じた。うわっと俯き、膝に置いた手をぎゅっと握り締める。 ちくたく、時計の音が響いた。だから、沈黙は嫌いなんだって。なんで何も言わないんだろう、と焦れて顔を上げた先で、金森は笑っていた。うっとりと、目を細めて。 「か、金森」 「豊橋は私服も可愛いね」 「かわ・・・っ」 お前、そんなこと言う奴だったか? 言う奴、だったかも。恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく。 意外と大胆だし、表情だって結構変わる。その割に、変なところで照れるんだ。 「ねぇ、豊橋」 黙ってしまった俺に、金森は切り出した。 「もしかして今日、俺に抱かれるつもりで来てくれた? 結果を報告するためだけじゃなく?」 言われて、俺は全身の血が顔に集まったかというほど赤面した。慌てて両手で隠し、また俯く。 もしや、いや、もしかしなくても、俺ってばまた早とちった? そういえば、金森は昨日、明日家においでとしか言ってなかったような。でもあんな宣言されてたし、俺も了承して、だから、だから! 「おお俺、帰る!」 机に膝をぶつけながら立ち上がって、俺は急いでドアノブに手を伸ばした。 恥だ。すげぇ、恥ずかしい。 家に呼ばれたってだけで勝手に判断して、わざわざシャワーまで浴びて。 なんだかこれじゃあ、俺の方が抱かれたがってるみたいじゃん。めっちゃ、期待してたみたいじゃん。 逃げるように開けた扉をすり抜けようとしたら、二の腕を掴まれた。そのまま引き寄せられ、背中が金森に密着する。それで固まったように動けなくなった俺の手からドアノブを離させると、後ろからゆっくりと扉を閉められた。 ぱたんと音がした後で、金森が困ったように溜め息を落とす。 「なんで逃げるかな・・・豊橋がそう思ってくれて嬉しいって言いたかっただけなのに」 そのまま後ろから抱きすくめられ、俺はとうとう指一つ動かせなくなった。腕の中で大人しいことを確認したのか、安心するように頭を乗せてきた。 「特に言ってなかったし、不安だったんだ。僕ばっかり期待してたらどうしようって」 「期待・・・してたの?」 「してたよ。昨日だって、来てくれるかどうか考えてて眠れなかったし」 失敬な、というような声に、思わず笑いが漏れる。それを聞いて、金森も肩を震わせた。 「そういえば」 前に回していた腕を解き、両肩に手を置かれる。 「いつだったかも、こんなことがあったね。まだ、始まったばかりの頃」 ああ、そういえば。襲われたらどうしようって、結構本気でビビってた。 「あれは大変だったな。必死で、自制してさ」 「うあっ」 言うなり、金森はうなじに唇を押し当ててきた。そのまま食むように動かし、喋り続ける。 「恐がらせたよね? 豊橋、逃げるみたいに帰っちゃったし」 ぺちゃ、と熱いものが触れた。それが舌だと分かったところで、何ができるわけでもなく。濡れたそれが上下に動かされると、肌が粟立った。膝ががくがくして、唇も震える。 「っは、はぁ・・・っ」 「でも今日は、もう抑えられないよ。嫌だって言っても、逃がさない」 「っ・・・! かな、金森!」 耳の後ろの柔らかい皮を吸われ、とうとう腰が砕けた。その場で両手をついて座り、乱れた息を整えようと肩を動かす。 そんな俺の上で、金森がかちゃりと施錠した。恐々振り仰いで見た顔が、にこりと笑う。 「ベッドに行こうか、豊橋」 呆然と、何かに操られるように頷いた。そんな俺に、金森の顔が近付く。 あっと思う間に唇を塞がれ、そうして俺のファーストキスは奪われた。 もうこれ以上恥ずかしいことはきっとない。そう思うことばかりされてきた。 金森の手による射精より、その口への射精。袋への愛撫、細くて長い指の侵入。 新しいことをされるたび、俺はこれ以上のことはないと信じ、耐え、それ以上の快楽に陥落した。 金森は俺の全てを暴き、喰らい尽くそうかというほどめちゃくちゃにしていく。泣いて拒んでも、結果だけ見れば金森を喜ばせるだけだった。 「・・・ぁ、んんぅ」 顔を伏した枕にしがみ付き、歯を立てて声を殺す。こうでもしていないと、声と一緒に何もかも零れてしまいそうだった。 「っふ、ぅん! んん! んーっ」 うつ伏せ、高く上げた腰がひくひく揺れた。俺の意志とは、全く関係のないところで。 「ふぁっ! あっん、んぅ!」 ずるりと体内をくじる柔らかいものが、更に奥を目指して細く尖る。その不快にも似た異物感に逃げようとした腰を掴まれ、俺はとうとう音を上げた。 いつもは声を殺すと諌める金森も、今日は許してくれている。そう思ったのは間違いで、金森には俺が到底声を抑えられるわけがないと思っていたみたい。空気を求めて開けた口から、嘘みたいに甘い声が迸る。 涎でぐっしょりと濡れた枕カバーから口を離し、首を捻って背後を睨んだ。 「っも、やめろ金森・・・! もう充分、楽しんだろ!」 「楽しむだなんて」 唇から糸を引いて顔を上げ、金森は俺の尻を愛おしそうに撫でた。その表情に、ぞくんと腰骨が痺れる。 「僕は、豊橋が楽なようにしたいだけだよ。痛いのは嫌だろう?」 「・・・やっぱり、入れるの?」 「嫌?」 くすくすと笑って、さっきから透明な雫を垂らす先端に触れた。羽で擦るような触り方に、顎が震える。力を入れすぎて、枕カバーを握る指は白くなっていた。 「ふぁ!」 俺の先走りが、金森の指の侵入を助ける。すぐに二本目が加わり、初めての太さに足の指がシーツの上を滑った。 ぐるり、肉に唾液をすり込むような動きで、ゆっくりと広げられていく。そうしてできた、僅かな隙間にもう一本指を追加する。流石に、その質量は苦しいとしか形容しようがなかった。 「あっあっあん、」 金森は、入れたきり動かさない。しかし、そのほうが何倍も中のものをリアルに感じられ、自分の内部が蠢いていることすら、知りたくもないのに気付かされた。 「ね? 苦しいでしょう?」 確認の問いに、俺は力なく頷いた。苦しい、し、凄く、辛い。 「豊橋?」 「・・・も、だめ、おかしく、なる。変になっちゃう前に・・・使って・・・」 俺の切れ切れの言葉に、金森は驚いたように目を丸くした。そして指を引き抜くなり、服を脱ぎ始める。 「だめでしょ、豊橋。・・・せっかく、我慢してたのに」 全てを脱ぎ、うつ伏せている俺にのしかかってくる。背中にかかる体重が、少しだけ、恐い。 「どうなっても、知らないからね」 首筋にキスを落としてから、宣言とは裏腹にゆっくりと様子を伺いながら入ってきた。 想像していたほど痛みはない。それなのに、何故だかぼろぼろと涙が溢れてきた。 「金森・・・金森、かなもり」 恐くなって名前を呼ぶと、金森は立てた膝を優しく撫でてくれた。背中に何度も唇を押し当て、顔の横で握りこぶしを作っていた手を包んでくれる。それを指を解いてきゅっと弱く握ると、金森の指は強く握り返してきた。 「金森っ」 「ん、」 殊更強く手を握られたと同時、一息に身を進めてきた。みっしりと、熱くて重いものが詰まっている。勝手に震える唇から細く息を吐くと、俺の上で金森もほぅ、と柔らかい溜め息を吐いた。 大きな手が俺の髪をくしゃりと揉み、もう片方は握ったままの手を軽く振った。労うようにうなじにキスをされ、目を閉じる。 「恐かった? もう、全部入ったからね」 ちゅ、ちゅ、と左右の肩甲骨の間を吸われ、俺は枕に頬を押し付けた。 ありえない場所を限界ギリギリまで開かれて、痛いはずなのに。早く動いて欲しくて、その強い欲求を抑えようと生唾を飲んだ。金森が長いことかけて散々敏感にしてしまった場所が、疼いて仕様がなかった。 「金森。ねぇ、金森」 動いて、とは言えない。それでも懇願の気持ちを精一杯込めて呼ぶと、金森は掠れた声に悟ってくれたのか、抜き差しはせず、そのままゆさりと揺すってくれた。その振動は凄く甘いもので、俺は悲鳴のようなものを上げて枕にしがみ付いた。 「んく、ぅ・・・ひ・・・っ」 「・・・っはし、豊橋。気持ちいい?」 「っん、うんっうん、うぁ、あん、かなも・・・」 「僕も気持ちいい。ずっと、このままで・・・いたいくらい」 ゆさゆさと動かされるたび、声を漏らしながら俺は何度も頷いた。金森が奥を突いては作り出す快感に、頭が壊されそう。 「あん、っやだ! 握るの、だめぇ・・・っ」 シーツの上に、ばたばたと俺の精液が飛ぶ。それと同時に中をぎゅっと締めてしまい、その所為で快感が引き伸ばされた。全身が、陸に上がった魚みたいにびくびくと跳ねる。 「うっ・・・ごめん、豊橋・・・」 強く挿されたかと思うと、体の奥で何か熱いものが弾けた。それがなんなのかなんて、考える必要もない。 「・・・気持ち、悪い」 「・・・ごめん」 謝って退く体を、後ろ手で慌てて止めた。振り向いた顔が、申し訳なささ爆発でうける。 「嘘だよ。そのまま、零さないで」 繋がったまま体を返そうとしたが、少し痛い。手伝ってもらいながらなんとか動いて、少しずつ漏れているものを閉じ込めるように肌を密着させた。 「まだ抜くの、勿体無いから」 思ったことをそのまま言っただけなのに、金森のそれは中でぐっと大きくなった。それをからかうように笑ってやると、赤い顔で悔しそうに目を逸らす。 「豊橋が、エロいこと言うから・・・」 「お互い様だろ」 首を伸ばして、キスをした。不器用に舌を絡めながら、ゆっくりと揺さぶられる。 「好きだよ、豊橋」 心が熱くなるような言葉に、俺は返したくても返せなかった。だって、漸く唇が解放されたっていうのに、そこからは甘い喘ぎしか出てこなかったから。 真っ昼間だというのに、俺たちはそのまま長いこと抱き合い続けた。 「腰、痛い・・・」 ベッドにうつ伏せる俺を、金森の手が心配そうに撫でた。家族が帰ってくる前にと入ったシャワーでも、力の入らない俺を始終気遣ってくれていた。悪いなあと思いつつも、それを口に出すことはしない。煽ったのは俺だが、結局無茶をしたのは金森だ。そう、金森だ。 「大丈夫? 歩けそう? 何か、欲しいものあったら買ってくるけど・・・」 あわあわしている金森は可愛いが、少しかっこ悪い。手招くと、ベッドの横に身を縮めるように座った。 「何、座ってんのさ」 「あ、ごめん」 「いや、立ってろって意味じゃなくて・・・だから、ほら」 枕に顔を伏せてもごもご言うと、金森は漸く分かったらしい。嬉しそうな笑いを漏らしてから、毛布を捲り上げた。 そして俺の体に腕を回し、眼鏡を外す。 「寝ちゃたっらどうしようか」 「アラームかければ」 「携帯、机の上だよ」 「明日からは期末の勉強見てよね」 「なんでもする」 金森はそう言ったきり、ふっと目を閉じた。昨日眠れなかったと言っていたし、疲れているのかもしれない。 身を捩って腕を抜き、その前髪を摘む。 高身長で、眼鏡で、あと数学が得意。 それに加え、エロくて、ちょっと強引で、かなり優しい。 なんだか流されてこんなことになっちゃったけど、それでもいいかなって思えるのはなんでだろう。ほだされるって、きっとこういうことを言うんだ。 寝息を立て始めた金森の胸に近付いて、俺も目を閉じる。 そして俺たちは、誰かが帰宅して扉を開錠する音に慌てて起きることになる。やっぱり、アラームはかけておくべきだった。 終。 繹騒[えきそう]・・・サウ 引き続き絶えず騒がしいこと。(広辞苑) 081026up |