5. 冷たい感触に目を開くと、不安そうな顔で金森がそこにいた。俺の視線に気付き、ぱっと手を離す。 「具合はどう?」 「分かんない・・・てか、俺」 「知恵熱だって。先生は勉強のしすぎだって言ってたけど」 金森はそこで言葉を詰まらせ、俯いた。 「僕の、所為だろ。気持ち悪いこと、言ったから」 「え、と・・・?」 熱の所為か、なんか上手く理解できない。その結果の曖昧な返事に、金森が苦い顔をする。 「嫌だったんだろ? 熱が出るほど」 「あ、そのことか」 ぽやぽやする。もう一回、その手で冷やしてくれないかな。 「悩ませて、ごめん」 「そりゃ悩むよ。俺がいい点取りたいのは、予備校に行きたくないからだし」 俺の言葉に、金森はあっと声を漏らした。 「お前、忘れてたろ」 けたけたと笑うと、その顔は気まずそうになった。 「板挟みだったんだぜ? 頑張んなきゃ予備校だし、頑張ったら抱いて欲しいみたいだし」 「ご、ごめ・・・」 「それに、お礼って形にしちゃうと一回で終わりじゃん。一回で、いいのかよ」 早口で言って、金森が理解する前に寝返りを打った。今顔が熱いのは、多分熱の所為なんかじゃない。 うぅ、気まずい。早くなんか言えよ。一体、何して。 焦れて体を反転させると、金森は固まっていた。余りにも表情が強張っているので、人形にでもなってしまったのかとビビったが、その目を見て俺は噴出した。 「嬉しいなら、そう口で言えよ」 表情が読めるようになっていてよかった。金森の目は、初めて俺に触れたときと同じような感じだった。 「なんか信じられない。それって、テスト終わっても、触っていいってこと?」 頷く。 「それって、お礼じゃないってことで・・・」 金森の顔が少し赤くなった。口元を腕で隠し、目を逸らす。 「好かれてるって、思っていいの?」 「・・・そういうことに、しておけば」 照れ隠しでそんなことを言ったが、金森は満足だったらしい。掛け布団の上からぎゅっと抱き締めてきて、何かを言っていた。正直くぐもっていてよく聞こえなかったが、とりあえず頷いておく。 すると突然布団をまくられて、金森が入ってきた。驚く俺のシャツに手を入れて、いつものようにまさぐられる。 「ちょちょ、何? なんでこうなんの?」 「触りたいって言ったら、頷いてくれたじゃん」 眼鏡を外しながら笑う顔は、爽やかなのにどこかやらしくて。突如顔が熱くなるのを感じた俺は、ベッドの中で背を向けて間を空けようとした。 勿論、横になった体勢で、しかも限られた範囲ではろくに逃げ場なんてなく。易々と間を詰められ、その意外と強い腕に腰を掴まれた。 「金森って、ゲンキン・・・」 「豊橋の積極さには負ける気がするけど」 「・・・先生は?」 「会議だって」 後ろから布をくぐる手が、両方とも胸を揉むように動く。女子と違ってそこは全く膨らんでいないのに、そうされると変な感じにぞくぞくした。きゅうっと下半身が疼いて、呼吸が乱れてくる。 「んぁ、それ、やだって・・・」 「なんで? 柔らかくて気持ちいいのに」 「な、何言っ・・・ひゃん!」 かぷりと耳を唇で挟まれて、背中がびくんってした。やっぱり俺、早まったのかもしれない。なんだか、金森が金森じゃないみたいで。 「・・・豊橋?」 「恐い、よ。らしくないっていうか、もう・・・別人みたい」 思わず泣きそうになった俺のシャツから手を抜き、金森はぴったりと抱き締めてきた。身長だけでなく、体格も全然違う。包まれる感触に、不思議と気持ちが楽になってくる。 俺の目から涙が溢れてこないのを確認した金森が、安堵の溜め息を吐く。そして抱き締めたまま頭を撫でてくれ、殊勝な声で謝ってきた。 「ごめん。嬉しすぎて、つい。今まで抑えてた分、セーブが難しいや」 ごめんね、と言われて、初めて太股の付け根辺りに触れているものの正体に気が付いた。凄い、硬い。それに、熱い。 その欲望の顕著な表れに、俺のほうがドキドキしてしまう。 「やっぱりもう、帰・・・って、豊橋?」 金森の腕の中で体を反転させた俺を、丸めた目で見つめてくる。その顔が、次の瞬間には焦ったように歪められた。 「ちょ、豊橋・・・」 「したげるから、動かないで」 キチ、と下げるファスナーは、熱いものが押し上げてくる所為でうまく動かせなかった。それでも手伝われながらスラックスから出てきたものを、俺は案外抵抗なく触ることができた。 同じ作りのはずなのに、自分のとは全然違う感触の、それ。驚くほど熱く、そしてこっちが照れるくらい強く脈打っていた。 「無理しないでいいよ」 「・・・平気」 うん、結構平気かも。布団の中で、手探りでしているおかげか知らないけど、目からの情報が少ないからなのか。両手で掴んでしごき上げるのも、嫌悪は余り感じなかった。 「っん、そこ・・・気持ちいい」 普段は無表情な顔の筋肉が、俺の動きに合わせてひくひくと動く。なんだかそれは気分がよくて、俺は一層気持ちを込めて手を動かした。 ・・・なんだろう。刺激するたび、どんどん大きくなる気がする。熱も増しているみたいだし、筋みたいなのがくっきり浮かんできて。 「・・・ひょっとして、金森のってかなりデカい?」 「大勢のと比べたことないけど、豊橋よりは少しくらい大きい、かな」 「少し? これ、少しってレベルじゃ、」 「待って豊橋。なんか、イっちゃいそう・・・」 「いいよ、出しても」 自分がされて気持ちいいようにすると、金森は眉を寄せてきゅっと目を閉じた。無意識なのか、俺の腕を痛いほど掴んで肩を竦める。 一度手の中で殊更膨らんだかと思ったら、熱いものが手にたくさんかかった。小さく呻いて体を震わせるのが、なんだか可愛く見える。息を整えてから、俺を見て微かに笑った。 「嬉しい」 あ、今。すげぇ、きゅんとした。こんな顔してもらえるなら、もっと前からやってあげていればよかったかも。 そんな俺の心境を知ってか知らずか、金森が俺を抱こうと手を伸ばす。 「あ、待って・・・手、」 汚れていると言う前に、金森は納得して頷いた。ティッシュを探して上半身を上げたところで、保健室の扉がガラリと音を立てて開かれた。 「・・・っ!」 顔を見合わす、俺と金森。先生かと思ったら、どうやら違う。声を潜めていると、悪いことにそいつはこちらへ向かってきた。 「直? 起きてるかぁ?」 「成田・・・!」 カーテンが勢いよく引かれ、そこにいた成田と目が合った。息を切らす俺を見て、首を傾げる。 「どうかしたか?」 「や、熱くって」 「ふうん? まあいいや。ほら、鞄」 「ありがと・・・」 掛け布団がふかふかで助かった。薄い布団だったとしたら、俺の腰の辺りは不自然に膨らんで見えただろう。 息を潜めた金森が、俺の腹を抱えるようにして隠れていた。 「にしても驚いたわ。随分根詰めて勉強してたんだな」 感心するように言いながらパイプ椅子を引いてきて、俺は頬を引きつらせるのを止められなかった。俺はともかく、長期戦になると金森が危険だ。 「はは、やっぱあんま向いてなかったみた、うわ!」 「直?」 突然声を上げた俺に、成田は驚いたようだった。それを笑って誤魔化しながら、慎重に金森を蹴ろうとする。 なんだかごそごそしだしたと思ったら、白く汚れた手を舐めてきたのだ。 「ま、あれだよ・・・追試のほうが、点取れるかも・・・しんない、しっ」 ぴちゃぴちゃと指の間まで丁寧に舐られて、声が震えた。促されるままもう片方の手を捉えられ、同じようにされる。 「大丈夫か? 顔赤いけど、また熱上がったんじゃ・・・」 「そ、かな? そうかも。もう少し、休んでから帰るよ」 「せっかく部活ないから一緒に帰ろうと思ったんだけどな。しゃあないか」 残念そうに言うと、成田は腰を上げた。それと同時に、ファスナーが下ろされる。必死で抵抗する努力も虚しく、取り出されたものに金森はあろうことか舌を這わせてきた。反射で体が跳ねたが、幸い成田はこっちを見ていなかった。 「んーじゃあ帰るか。無理しないで、よく休めよ」 「ん、うん」 下唇を咬んでいた所為で、ろくに答えられなかった。成田がカーテンの向こうに消えるのを待って、布団をめくって小声で怒鳴る。 「この、ばか! 何考えて・・・っ」 「そういえばさぁ」 引き返してきた成田の声に、慌てて布団を戻す。 「な、何?」 「ん? ああ、金森のことなんだけど」 首を傾げていたが、すぐにどうでもよくなったらしい。カーテンから顔だけ出して、俺を指差す。 「あいつ超心配してたぜ? つーか、ここまで運んだのも金森だし。お前が倒れた瞬間に、椅子ガターンって倒してさ」 すげー速かったんだぜ、と言われて、息が詰まった。どうしよう、嬉しいかも。 「明日会ったらちゃんと礼言っとけよ。じゃな」 ばさりとカーテンが閉じられ、今度は出て行く音まできちんと確認してから羽根布団をまくった。 照れているのか、ばつの悪そうな顔で目を合わさないようにしている。 「そうだったんだ?」 「や、あの時は・・・気が動転、してて」 もごもご言うところが、どうしよう、本当に可愛いかもしれない。怒っていた感情も、どこかへいってしまった。 「なんだっていいよ。金森が必死になってくれたのが、俺は嬉しい」 言うと、金森はあからさまにほっとした表情になった。 「あ、でも今日は最後までさせないからな。追試終わるまで、お預け」 「えぇ」 「えーって、お前」 呆れる俺の前で金森は肩を落としたが、すぐに顔を上げて目を輝かせた。 「ってことは、終わったらさせてくれるんだね?」 「あ」 しまった。俺ってば、また早まったことを。 「待って、今のは失言・・・」 「だめ、待たない。どれだけ待ったと思ってるの」 言いながらスラックスも下着も下ろされて、俺は顔を強張らせた。 「あの・・・金森さん?」 膝を持って立たせた足の間で、金森がいやらしく笑う。 「ひとまず、今日は指だけで我慢するよ」 にっこりと笑われて、血の気が引いた。こんな格好じゃ、逃げるにも逃げられない。 俺は必死で抗議したのだが、慣らされた体は簡単に陥落して。 会議の終わる時間ギリギリまで、俺はなかなかイカせてもらえないまま長いこと弄ばれた。 やっぱり、早まったのかもしれない。 後悔先に立たずという言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻く。 終。 08.10.25(「繹騒の10代」に続く) |