5. アパートに帰り着き、十倉が最初に高木にさせたことは、辞表を自らの手で破ることだった。もう二度と書かない、と一裂きごとに誓わされ、まるで紙吹雪にでも使うのかというほど細かくなったところで、漸く十倉は許してくれた。 二人して床で膝を突き合わせた状態で、引き寄せてキスをされる。その間にプツプツとボタンを外されたが、高木は抗わなかった。 そして、辞表を書いたことと、一人で勝手に泣いていたことに対してのお仕置きをすると、十倉は言った。その内容は、十倉のすることに一切逆らわないこと。 今までも、そしてこれからも逆らう気のなかった高木は首を傾げ、そして軽い調子で了承した。そんなことで許してくれるのなら、と逆に喜んだ。 しかし、軽く汗を流してからベッドに上がり、そこで言われたことに高木は全身で抗った。ベッドの端一杯まで逃げ、枕を盾に十倉を窺う。不満そうな顔は、もう目前まで迫っていた。 「今更それはないですよ。さっき、いいって言ったじゃないですか」 「だだ、駄目なものは駄目! それ以外なら、なんでもしていいから・・・っ」 長身をぎゅっと縮める高木を伏せた目で睨み付け、詰め寄って枕に鼻を当てる。目だけ合わせた状態でいると、途端真っ赤になる顔が目を逸らした。その隙に、指を太股の間に忍ばせる。 「あ・・・っ」 赤面して身を屈める高木に更に近寄り、手を蠢かせる。ぴくん、と肩が揺れた。 「だめ・・・だって。十倉には、させたくない」 「なんで? もうこんなにしておいて、なんで口でしちゃ駄目なの?」 言葉にして聞かされるだけで、想像して先走りを垂らすくせに。ムっとしていささか乱暴に擦り上げると、枕カバーを強く掴んで目を閉じた。 「んんっん! だって・・・それ、ちんこなんだぞ!」 「はい?」 搾り出された言葉に、十倉は手を止めてその真っ赤な顔を見た。冗談を言っているようではなく、高木の目は真剣そのものだ。 「アイスキャンディとか、バナナじゃないんだ! 男のを咥えるなんて、お前マジでゲイに・・・」 「男の恭臣さんを見て欲情するんだから、もうすっかりゲイだと思うんですけど」 「っ・・・でも、いつか女の子とするときに・・・」 「この先、僕が抱くのは恭臣だけですよ」 さらりと放たれた言葉に、高木は目を見開いた。盾にしていた枕を下ろし、信じられないと言うように唇を戦慄かせる。 「それとも、恭臣は僕に浮気して欲しいんですか?」 反射的に首を振った。その後で、自分にはそんなことを言う資格がないんだと思い、俯きがちに目を逸らす。しかし促す十倉の視線に負け、結局は小さく呟いた。 「いやだ・・・」 「でしょ」 にっこりと言われ、高木はおずおずと足を開いた。その間に十倉が顔を埋めるようにするのを、喉を上下させて見つめる。されたことくらいあるのに、熱い舌が触れた瞬間、余りのことに大きく肩を跳ねさせた。 「んぅ・・・っ!」 「らめれすよ」 呂律の回らない声に諌められ、高木は口を押さえた手を下ろした。シーツをきゅっと掴み、閉じそうになる膝に力を入れる。上目に見る十倉の顔が嬉しそうにほころび、褒めるように優しく舌を這わせた。 「あぁっ」 爪先が強く握られ、全身が弓なりになった。咥えたまま伸ばした手に腰を引かれ、ずるずると寝そべる形になる。 「あっあっだめ・・・やっぱり、だめ・・・」 うわごとのように呟く言葉を無視し、十倉は奥まで咥え込んだ。意外と先は柔らかかったが、喉に当たると流石に苦しい。上手くコツが掴めず、ぬるぬると舌を這わせることしかできなかった。 それでも高木には相当の刺激らしく、全身をひくつかせながら何度も「だめだ」と呟いた。 ぎこちなく動く舌が、図らずしも高木の体を焦らし続ける。口内に溢れるほどになった先走りに苦いものが混じるようになったと思って見上げると、喘ぎ疲れた高木がぐったりと顔を隠していた。 「恭臣?」 「おねが・・・イカせ、て」 切れ切れに吐かれる声は少し枯れており、十倉は舌を出して反省した。思っていた以上に咥え心地が良く、ついだらだらと弄んでしまった。 「ごめん、恭臣。イっていいよ」 五指を使ってしごき上げ、先端にキスをする。面白いぐらいに反応するので尿道に固くした舌先を差し込むと、全身を痙攣させて大量に放った。熱いものが顔にかかり、反射で目を閉じる。 「あぁっあ! あふ・・・っ」 放ってからも擦り続けると、力を失いつつあるペニスから何度も白いものが吐き出された。それが糸を引いて腹に溜まっていくのを見てから、射精の余韻で顔を火照らせる高木を眺める。暫くとろりとした瞳を彷徨わせていたが、十倉を見るなり正気を戻して体を起こした。青褪めた顔で、謝りながらかけたものを拭っていく。その手を、十倉の手が掴んだ。 「何・・・? 早くしないと、乾いちゃ・・・」 戸惑う高木の指を、そのまま口に誘う。ちゅるり、と白濁を吸い込んでから上下する喉を呆然と見つめ、漸く理解して手を引こうとした。 「ばか! 舐めるなんて・・・っ」 「恭臣もよく飲んでくれるじゃないですか。はい、入れて」 あ、と口を開いて待たれ、高木は首を振った。しかし、十倉の目がそれを許さない。 「逆らわない約束、でしょ?」 首を傾げる姿に、高木が折れた。指で掬ったものを舌の上に乗せ、吸われるに任せる。もっと、と促されて含ませるたび、いけない悦びに胸が震えた。すっかり奇麗にすると、高木は自ら抱き締めるようにキスを求めた。くす、と合わせた唇で十倉が笑う。 「どうしました? もう、欲しくなっちゃった?」 こくこくと頷く高木を宥め、四つん這いになるよう言う。少し汗の浮いた尻を撫でると、おもむろにそこを割り開いた。羞恥に、突いた両手を握り締める。 「僕が来ない夜は、自分で慰めたりするんですか?」 一呼吸置いて、首が振られる。嘘だろうとすぐに分かり、咎めるよう尻を叩く。ひん、と高く泣いて腰が引かれた。 「動いちゃ駄目ですって。ちゃんと解してあげられませんよ?」 くすくすと笑いながら柔らかな皮を揉まれ、高木は歯を鳴らす。それでも健気に四肢を踏ん張る姿に、十倉が口角を上げた。 「可愛いね、恭臣」 「っひぁ!」 舌を当てると、激しく反応した。それでも気丈に十倉の指示を守り、逃げないよう力を入れる。その強張りさえ解そうかというほど丹念に舐められ、とうとう肘が折れた。シーツに伏せ、腰だけ高く上げる格好になる。 「十倉・・・! いや! これ以上は、変になる・・・っ」 本当に、初めての刺激だった。こんなこと、一生されないと思っていたのに。 「ああぁぁぁ!」 細く尖らせた舌が唾液とともに入り込み、高木は腰をがくがくと揺らしながら喘いだ。敏感な粘膜を指でもビンでもないものに犯される感触。ぐねぐねとそれ自体が生き物のように侵入してくるのを、高木は叫ぶように泣きながら受け入れた。この涙は、嫌悪からではなく喜びから。しかし、その幸福は一周回って恐怖に似た感覚さえ引き起こす。 「もういやぁ! はやっ早く、きて・・・! こわ、い・・・っ」 腰から、何もかもぐずぐずに溶け崩れてしまいそう。訴えに高木が本格的に泣き出したことを知り、十倉は苦笑しながら顔を離した。身も世もなく泣きじゃくる高木の体を返してやり、宥めのキスを落とす。 「大丈夫ですよ。もっと、愛されることに慣れてください」 「っひ、う・・・ぅく、十倉ぁ・・・」 首に手を回してキスをねだりながら、足を開いて押し付けてくる。早く、と促すのが可愛くて、十倉は狙いを定めた。先端を少し埋めただけで恍惚とした表情になる高木の肩を抑え付けて、一気に貫く。つんざくような声が部屋中に散り、語尾を伸ばしながら次第に掠れた喘ぎへと変わっていく。 きついようで、やんわりと受け止める肉の圧は心地よく、十倉は円を描くように奥へ奥へと侵入した。これ以上進めないのでは、と思う傍らで、もっと深いところまで辿り着きたいとも思う、矛盾。 「ああ、あ・・・とく、動いて・・・めちゃ、めちゃくちゃに、かきまわ・・・あぁっ!」 言い終わるより先に、激しい抽出を開始した。破ってしまいそう、と考えるが、突き込む際の快感にすぐ忘れてしまう。高木の唇から漏れる甘い声が、十倉の冷静さを一つ残らず消し去っていく。 「あぁん! あっ! ぁはっあ、十倉・・・とくらぁ・・・っ」 「・・・大湖って」 呟くと、喘ぎの合間に問い返された。その幼さを見せる瞳を見つめ、もう一度囁く。 「大湖ですよ、恭臣。その可愛い声で、僕を呼んで」 揺さ振りながらのお願いに、高木は首を振った。できない、と切れ切れに答える。 「だって、恥ずかし・・・っそんな、恋人みた、に・・・」 「だから、恋人でしょう?」 呆れを交えた笑いに、高木は顔を赤くした。見下ろす視線から逃れるように目を逸らし、両手で拝むように口を押さえ、消え入りそうな声を搾り出す。 「・・・っ・・・・・・、・・・だい、ご・・・・・・」 「・・・はい」 返事と同時に、中のものが少しばかり膨らんだ。驚く高木を見下ろしながら、照れたように笑う。 「参ったな。思った以上に嬉しいんですけど」 言いながら、繋がった場所をゆさりと動かした。体中を満たすのではというほどの体積がそこにはあり、高木は唇を震わせながら手を伸ばす。何かにしがみついていないと、バラバラになってしまいそう。 その願いを十倉は即座に汲み、伸ばされた腕を首にかけてやる。ぐっと背中を浮かすように抱き付いてくる体に手を回し、背中をさする。 「好きですよ、恭臣。愛してます」 「・・・っ・・・・・・!」 返事はなかったが、鼻をすする音に眉を下げた。すぐに泣く、愛しい人。 「これからも、ずっと一緒にいましょうね」 肩に触れる頭が、何度も縦に動かされた。 今は間髪入れることなく答えるが、朝になればまた不安で泣くかもしれない。それでもいいか、なんて十倉は思った。泣くのなら、その都度慰めれてやればいいだけだ。恐い夢を見るなら、抱き締めて一緒に眠ればいい。これでもかというほど、甘いもので満たしてやる。 腹の間で、高木の性器が跳ねた。それでも構わず突き動かし、高い声を耳にうっとりする。 なんて、可愛い人。自分みたいな性悪に、何もかも曝け出して。 とはいえ、十倉も己がここまであくどい性格をしているとは思わなかった。高木に対してだけ、心の中の黒いものが頭をもたげる。全て暴いて、喰い尽くしてしまいたい。きっとこの体なら、どこもかしこも甘いだろうに。 自身も放ちながら、なおも貪欲に突き上げた。腕の中で泣く声が、次第に掠れていく。それが、何か言葉を紡ごうとしていることに気付いた。少しペースを落として揺さ振りながら、耳を傾ける。 「・・・恭臣」 ベッドの軋みに消されてしまうような声だったが、十倉はそれを聞いて嬉しそうに名前を呼んだ。 「僕もですよ、恭臣」 きつく抱き締めて、十倉は二度目の射精を奥深くでした。 体は疲れていたが、おかげで久し振りに夢も見ずぐっすりと眠れた気がする。もったりと熱を孕んだ瞼を開いて、目の前にある寝顔に安堵する。安らかなそれは、見るだけで胸を締め付けた。 長い睫毛に、ふっくらとした唇。少し朱を滲ませる頬はまだ残る幼さを強調し、可愛らしささえ窺える。 人形のように愛でられてもおかしくない外見をして、驚くほど広い懐を持っている。不安も何も、受け止めて溶かそうとしてくれた。 うつ伏せた胸の下で肘を立て、その前髪を指先で梳いた。ぱさり、心地よい音がする。 今なら、捨てられても構わない。この幸福な気持ちだけで、多分一生を生きていける。一緒に暮らそうと言われて嬉しかったが、恐らく無理だろう。第一、家族になんと言うつもりなのか。流石に、一緒に住むとなると挨拶しなければならないだろう。 十倉に束縛されるのは一向に構わないが、十倉を束縛することだけは避けたい。一緒に暮らしたりして、この先の人生まで狂わせたくない。起きたらそう伝えよう伝えよう。思った高木の心を読んだように、十倉の瞳がぱちりと開いた。驚く高木の首に手を伸ばし、引き寄せて唇を塞ぐ。緊張したのは一瞬だけで、すぐそれに応じて口を割り開いた。 「おはよう、恭臣」 「っん、おは・・・よ、十倉・・・」 満足したのか、唇を離しながらの言葉に高木も返した。嬉しそうな笑みのまま見つめてくるので、胸が苦しくなる。 「な、に? どうかし・・・」 「名前で呼ばなきゃ、もう返事しませんよ」 きぱりと言われ、高木は歯咬みした。真っ赤になって、視線を泳がせる。 「・・・朝、何か食べる?」 話題をずらそうと思って言ったのだが、十倉は笑顔のまま見つめてくるだけだ。不意に顔を寄せられ、促すように唇を食まれた。その無邪気な動きに負け、高木はシーツに顔を伏せる。ちらりと十倉を窺い、また顔を隠す。 「・・・な、大湖」 「恭臣の作るものならなんでも。食べさせてくれるんでしょう?」 付け足された言葉に、高木は一瞬顔を曇らせた。少し躊躇ってから十倉を見る。 「あのさ、そのことなんだけど・・・」 「この間」 高木の言葉を遮るようにして、十倉が口を挟む。ひたり、指先が首先に触れる。 「この間付けた歯型、消えちゃいましたね。所有物にしてって言われて、嬉しかったのに」 痛いほど爪を立てられ、ざり、と表皮を削られる感触。血は出ないだろうが、蚯蚓腫れくらいにはなるだろう。眉を寄せたが、抗議はしなかった。 「今度は、一生残るようなものを付けましょうか? 強く、深く」 無邪気な笑顔で語られる言葉に、ぶるりと肩が震えた。想像で、感じてしまった。 「いい、よ。完全にお前のものに、してくれよ」 それがあれば、一人でいたって死の瞬間まで幸せになれる。倒錯した悦びに打ち震えていると、それすらも見透かすような顔で、睨むように見つめられた。 「恭臣も、付けるんですからね。僕だって、恭臣に所有されたい」 「え・・・っ」 突然の言葉に、目を丸くした。そんなことできない、と言いかけた唇に、人差し指が当てられる。 「逃がしませんよ。信じられないというのなら、一生かけてでも分からせてあげますから」 胸が熱くなった。そんな言葉、まるでプロポーズだ。せり上がる涙を堪えようとしたら、十倉に引き寄せられた。 「でも、奇麗な恭臣の肌を傷付けるのは避けたいんですよね。指輪でも買いましょうか」 次々と吐かれる言葉に、もう我慢なんてできない。昨夜の内に出し尽くしてしまったと思っていた涙が、頬を横に流れていく。十倉が、それを見て嘆息した。 「分かり易くていいんですが、たまには言葉でも表してくださいよ」 「だい、ご・・・っ」 「はい?」 ああ。幼い声が、何かを剥がしていく。凝り固まった何かを、丁寧にほどいてくれる。 「ほ、本当に? 本気で、俺と、ずっと一緒で・・・」 「一緒が、いいんです。今年も来年も、春も夏も秋も冬も、嬉しいときも悲しいときも、元気でも、病気でも。それこそ、一分一秒だって離れたくない」 まるで誓いの言葉だ。これ以上自分を幸せにさせて、十倉は何をしたいのか。 「とりあえず、ご飯食べたら出かけましょうか。二人で暮らすのに、ここは狭いでしょう?」 十倉といられるのなら、廃墟でもそこは楽園だ。でもそんなところに十倉を住まわせるわけにはいかないから、頷いた。 「さぁ起きて、恭臣。恭臣は飼い主なんだから、ちゃんと僕に餌をくれないと」 「お前・・・それ、本気だったのか?」 瞳を縁取る睫毛をすっかり濡らしながらも、高木はおかしそうに声を上げて笑った。それに対し、十倉が生真面目な顔をして頷く。当然だという顔が、余計に笑いを誘う。くすくすと笑われて、不満そうに頬を膨らませた。じとっと目を細め、顔を近づける。 「ちなみに、ペットの仕事は甘えて甘えて、そんでワガママに振舞うことですからね。覚悟してくださいよ」 「・・・ああ」 子供にするように頭を撫で、体を起こした。腰の辺りがかなりだるいが、なんとかなるだろう。ベッドから降りようとしたら、その体に抱き付かれた。 「とく、大湖?」 「僕のこと捨てたりしたら、許しませんからね」 心臓を鷲掴みにするような目でそう言うと、引き寄せて唇を奪いながら毛布の中に引きずり込んだ。 「っちょ、でかけるって・・・」 「まだ早いから、いいじゃないですか。ん、ほら、こっち向いて」 逃げようとする顔を両手で包まれ、何度も何度も唇を合わせられる。唇が腫れてしまいそうなほどのキスに、胸を反らせて喉を鳴らす。 「・・・好き、大湖。愛してる・・・」 昨夜うわごとのように何度も呟いた言葉を舌に乗せると、唾液を絡ませながら十倉が掬い取ってくれる。謝罪の言葉は、もう零れない。 そんなことをしながら布団の中でいつまでもぐだぐだしていたら、二人ともすっかり汗だくになってしまった。額に貼り付いた髪をお互いに剥がし合いながら、それでも肌を重ね続ける。 幸せだな、と思いながら背中に手を回し、高木は目を閉じた。 終。 09.01.15 ラブいね、この。 |