1.

 初めて十倉がアパートに泊まった翌朝、空が白み始めた頃に目が覚めた。そして開眼一番に十倉の顔があり、憔悴したものだ。
 子供のような表情で眠る、可愛い男。こっそりとキスをして、起きる気配がないことに気を良くしてもう一度した。そんなことをしていたら胸に込み上げてくるものがあり、声を殺して泣いた。幸せすぎて、恐い。
 すんすんと鼻を鳴らす音に、十倉がうっすらと目を開ける。しかし寝惚けていただけのようで、何も言わず抱き寄せられた。ぎゅっと抱き返し、その呼吸に己のを合わせようとする。ああどうか、あと少しだけ。できるだけ長く、この幸せが続きますように。
 嫌なことを考えないように目を閉じたのに、その後見た夢は最悪だった。


「あの子、なんだか痩せたんじゃない?」
 木葉の店主、グイドがグラスを拭きながら独り言のように呟いた。とはいえ、独り言にしては声のボリュームが大きかったし、現在のカウンターには十倉しか座っていない。恐らく話しかけられたのだなと思い、今しがた席を立ったばかりの背中を見ながら頷いた。
「そうなんですよ。先週上に乗せたとき、以前より軽いなぁと思って」
 見て分かるくらいなら、今はもっと軽くなっているかもしれない。それを含めての返事だったのだが、グイドはにやにやと十倉にいやらしい視線を送ってきた。
「貴方が無理させてるんじゃないのぉ? ダイゴって絶倫そうだし」
「そこは別に否定しませんが、無理は一切させてませんよ。気持ちよくなることしか、してませんから」
「いいものだって、摂りすぎれば体に毒なのよ」
 冗談めかして笑い合ったが、グイドが真剣に心配していることは分かっていた。
 初めてこの店に来たとき、二人はちょっとした勘違いから些細な諍いをおこした。諍いと言ってもお互いに敵意をぶつけ合っただけの軽いもので、結果的には和解し、今の関係に至る。
 十倉は恋人として、グイドは良い姉のような気分で。高木を大切にする気持ちは、似通っていた。
 今では仲のいい友人同士となり、恒例となっていた金曜の食事の後、ここに寄るのも当然になっている。元々は高木の気に入っていた店なのだが、十倉もこの店の空気と味に惚れたのだ。勿論、グイドという新しい友人のことも。
 三人でいるときは余り話をしないのだが、今のように高木が席を外した際には、こうして話したりする。大体が高木について、それも本人には内緒の話だ。
「仕事が忙しいってわけではないのでしょう? 何か心配事でも・・・」
 気揉みしている声に、十倉は高木が戻ってこないことを横目で確認してから、カウンターに肘を突いて二の腕にこめかみを乗せた。だらりと力を抜いた状態でグラスを弾き、その音に合わせて嘆息する。
「時々、寝ながら泣いているみたいなんですよね。まあ、元々よく泣く人ではあるんですけど」
「何、珍しく不貞腐れてるじゃない」
 普段はふてぶてしいほどの余裕を持つ十倉のその態度に、グイドはからかいの声をかける。それにも反論すらせず、十倉は唇を尖らせた。
「僕の前意外では泣かないって約束したんです。でも、あの分じゃ一人でいるときも・・・」
 その言い草に、グイドは突然声を上げて笑った。そのボリュームが余りにも大きなものだったため、店内にいる大半の客が、何事かと振り返った。それに手を上げて詫び、今度はやりすぎなほどのひそひそ声で十倉に囁く。
「あんたってガキねぇ。そういうこと言ってれば、まだ可愛く見えるわ」
「僕は元々可愛いですよ」
「姿形の話じゃないの」
 カウンター越しに、つんと額をつつく。
 その顔は、不貞腐れていてもなお可愛らしい。高木も周りからは未だにタチだと思われているので、二人で並べば十倉は若くて奇麗なネコでしかない。何人かの男に、一晩だけでも、と誘われたこともある。
 大体の人間がその際に手酷く断られ、しかも次の機会に冷静になって見てみれば十倉が高木に対してもの凄い牽制をしているのがすぐ分かり、すごすごと退散する羽目になる。
 十倉の内面のエグさを知っていて子供のようにあしらってくるのは、グイドだけだ。高木の場合は、知っていても元よりメロメロなので、何をどうされても問題ないようだった。
「たまにはそうやって甘えてみなさいって話。ネコをしていたって、オミも男よ。恋人のワガママを聞いて、甘やかしたいと思うときだってあるわ」
 そんなこと言われても、困る。
 弟が生まれたことにより、他の子より早く一人立ちしてしまった。親にだって余り甘えた記憶がなく、手のかからない子だと言われてから随分と経つ。
 多くのことを自分一人の判断で決めて生きてきたから、今更甘えてみろと言われてもやり方がよく分からない。それに、高木には余り弱い部分というものを見せたくはなかった。
 そう思うからこそ、セックスでは余計優位に立ちたくなる。その対等でありたいと願う気持ちがどこからきているのかを、十倉はまだ理解していないのだけれど。
 空になったグラスを手持ち無沙汰につついていたら、高木が隣りに戻ってきた。遅くなったことを謝る高木の首筋に赤いものを見つけ、横から覗き込む。
「相変わらずモテますね」
「・・・っこれは、油断して・・・」
「分かってます」
 慌てて首を隠す手を取り、その指先にキスをした。反射的に逃げようとする手を抑え、一本だけ口に含む。
 舌を這わせながら吸い上げたところで、ちょうど手洗いから出てきた男と目が合った。小柄で可愛い系の顔が嫉妬で歪むのを見て、嘲笑を投げる。かっと赤くなるのを確認してから視線を戻すと、困りきった面持ちで高木がこちらを見ていた。もう一度だけキスをして、両手で包み込んだ。
「帰りましょうか、恭臣さん。そこ、消毒してあげます」
「で、でも・・・」
「帰ってちょうだい」
 渋る高木の耳に、不機嫌そうなグイドの声が飛び込んだ。その声で漸く自分のいる場所を思い出したのか、真っ赤になって口をまごつかせる。
「何よ、その反応は。てか人の店でラブオーラ出すんじゃないって何度言えば・・・」
 その憎まれ口が本心からでないことくらい、すぐに分かる。証拠に、グイドの目は笑っていた。
「さっきのこと、ちゃんと実効に移しなさいよ?」
「・・・善処します」
 にっこりと笑い合う二人を見て、高木が首を傾げる。しかし十倉がそれに答えることはなく、高木の手を引いて店を出た。扉を押し開け、入り込む冷気に思わず肩を竦めて目を閉じる。そのときちょうど入れ違いに店を訪れた人物と肩がぶつかり合い、軽い会釈をしてその場を離れた。道に出て、タクシーを停める。
 すぐに停まったタクシーに乗り込み、並んで座る高木の手を握りなおす。五指を絡めて何度か力を入れ、窺うと恥ずかしそうに顔を俯かせた。可愛いなあ、と頬が緩むのを止められない。
 そんな二人の乗るタクシーが去るのを見届けてから、一人の青年が駆け込むようにして木葉の扉をくぐった。それはさっき十倉と肩をぶつけ合わせた青年で、入るなりカウンターにいるグイドへと詰め寄る。一方、グイドはあらと間の抜けた挨拶をした。
「なあ、今の・・・」
「カズオじゃない。久し振りねぇ」
「え? ああ、ちょっと忙しくて・・・じゃなくてさ、今の二人って」
 挨拶ももどかしいという様子に、グイドはピンときた。残念そうに眉を下げ、喉を鳴らして笑う。
「そういえば、カズオもオミ狙いだったわね。諦めなさい、相当大事にされているみたいだから」
「大事に・・・」
 呟いて、青年はへたりとカウンターに崩れ落ちた。寄りかかるようにスツールに力なく座り、放心する。
「高木さんが・・・大事に・・・」
 ぶつぶつと呟く声は、店内の音楽に消されてグイドの耳には届かなかった。


「っだ、だめだって! 十倉、だめだ!」
 凄い力で抵抗され、十倉はむすくれながら顔を上げた。その前では高木が太股を開いて座っており、裸の股間にクッションを当てている。
「なんでだめなんですか。口でされるの、嫌いではないんでしょう?」
 オーラルが嫌いな人間がいるのなら、一度拝んでみたい。そんな顔をする高木の正面で十倉が膝を抱えて座り、頬を膨らませる。
「僕以外の人にさせたことはあるんでしょう? そりゃ僕は下手くそでしょうけど、一度くらいさせてくれたって・・・」
「だめだ。これだけは、絶対にさせられない」
 やらせたくない、ではなく、させたくない。確固たる理由でもあるのだろうが、いくら訊いてもそれに答えてくれることはない。
 お互いに譲り合わないまま暫し見つめ合い、嘆息した高木が四つん這いになって十倉の爪先に唇を落とした。ちゅ、と音を立ててついばみ、脛を上がって膝にキスをする。謝るような仕草に、結局は十倉が折れた。足を開いて、既に硬くなっているところへ誘う。
「いつかは、させてくださいね」
 高木は基本十倉に従順だが、一度だめだと言ったことに対しては頑なだ。それでも何度か宥めたりすかしたり、最終手段としてちょっと脅してみれば、大体のことは許してくれる。しかしこれに関してだけは、何をしても首を縦に振ろうとはしなかった。
 ぬく、と熱い口腔に飲まれていく感触に目を閉じる。髪に指を通して頭皮を撫でながら、息を飲んだ。
 人にはさせてくれないくせに、高木はこの行為が好きだ。すぐに含めなくなるくせに全てを受け入れたがるし、舌を這わせているときの顔は本心から嬉しそうだ。
 されている十倉も、柔らかくてぬるぬるしているそこに入るのはかなり気に入っている。それに、高木の気持ちがこれでもかというほど伝わってくるのもいい。愛おしそうに扱う動きの一つ一つが、好きだと囁かれる喜びに匹敵する。
 だからこそ自分もしてあげたいのに、高木は何故嫌がるのか。そんなことを考えていたら、もう限界ギリギリまで追い詰められていた。
「・・・っあ、出る・・・出すから、それ使って広げて? ね?」
 髪を緩く掴んで引くと、高木がこくりと頷いた。カリの部分を咥え、裏側を舌で刺激しながら手を使ってしごき上げる。少し脳長したのに合わせて吸い込まれ、十倉は小さく呻きながらその口内に放った。舌の上に溜まっていくのを飲み込まないよう我慢しながら、涙目で高木が震える。
「ん、全部、吸って」
 裏筋を搾るように押し、残滓を全て出してから高木の唇が離れた。糸を引いていやらしく光るそこを指で拭ってやり、頬を撫でる。
「出して」
 ぷにぷにと下唇を押すと、高木は下を向いて薄く唇を開いた。とろりと、放たれたばかりでまだ熱い精液が垂れ、高木が手の平で受け止める。それをうっとりと見てから、体を反らせて秘部を曝け出した。そこに出したものをかけ、指の腹を使って塗り広げていく。
「気持ちいいですか?」
「・・・ん、気持ち、い」
 訊くと、頷いてから言葉にする。言葉で表したほうが、十倉が喜ぶからだ。
「指入れて。・・・もっと、見えるように」
 後ろ手を突いて、ぐっと腰を突き出した。白くまみれてひくつくそこが指を深々と受け入れる様がよく見えて、十倉は口角を上げる。広げるように動かしながら、もう一本挿し入れた。
「はぁ・・・っん、」
 艶かしい声を上げながら、奥へ奥へと快感を追う。中と外から挟むように揉み込むと、後ろに立てた手から崩れそうになった。
「ああもう・・・激しくするから、泡立っちゃってますよ。凄い音を立てて、恥ずかしくないんですか?」
「っや、やだ・・・言わな・・・」
 びくついて閉じかけた太股を、膝を掴んで更に広げさせた。高木の顔がぼっと朱に染まり、涙を滲ませて高木を見る。
「手止まってますよ? もう一本入れて、しっかり慣らしてください」
「あ、う・・・」
 言われるまま指を入れて動かし始めた高木の顔を上げさせ、唇を掬い取るようにキスをする。少し苦い舌を、絡めて吸い上げる。くちゅくちゅと口内で嬲ると、すぐに火照ってとうとう腕の力が抜けた。倒れる高木を追ってのしかかり、頭をシーツに押し付けながら唇を貪った。
「あっあっは、早く・・・入れて! 十倉の、ほし・・・」
「じゃあちゃんと広げていてくださいね。・・・いきますよ」
 ずぬっと侵略される感触に、震える唇から言葉にならない叫びが迸った。首が折れるんじゃないかというほど反り返り、太股の裏を掴む指が汗で滑る。きゅっと爪を立てるのに気付いた十倉が、その手を外して自らの首に回させた。
「痕が残ったら、怒りますよ」
「でも、これじゃ・・・」
「恭臣に付けられるのなら、悪くないです」
 そう言ってぐぅっと押し込むと、肩口に鋭い痛みが走った。また暫くシャワーのお湯が染みるかな、なんて思いながら、組み敷く男を征服する喜びに打ち震える。きちきちと強く包み込んでくる熱さに目を細めて、よいしょと両足を担ぎ上げた。
「あ、あぁ・・・」
「大丈夫ですか? 動きますよ」
 圧迫されるのに合わせて流れた涙を指先で掬いながら伺うと、薄目を開けてこくこくと頷いた。その唇にキスをして、よしよしと両手で掻き混ぜるように頭を撫でた。もう一度額に唇を押し当ててから、ゆっくりとストロークを開始する。
「んん・・・んぁ、あ・・・」
 緩慢な動きだったが、受け入れるそこは収縮しながら喜んだ。両腕を顔の横で突っ張り、その肉の柔らかさを存分に堪能する。
「あ、や・・・なんで・・・も、と」
「だーめ。激しくしたら、恭臣すぐイっちゃうでしょ? 今日は、長く長く気持ちよくさせてあげますから」
「そん、あっあ、やぁ・・・っん!」
 ずるる、と引き抜かれるたびに亀頭のくびれが前立腺を擦った。そこを激しく突いてくれれば最高に気持ちよくなれるのに、十倉はそれをしてくれない。ただ快感だけを生もうという律動は、甘く痺れる分高木を苦しめた。快感を負って腰を押し付けても、うまくいなされるだけだ。
「とく、十倉ぁ・・・あっあっあぅ・・・っあん!」
 焦れた顔で暫く喘いでいたが、突然目を見開いて体を強張らせた。その躍動が全身に波紋のように広がっていき、泣くような声を上げる。
「やあぁっ! あ! いやっ・・・あっはっ・・・ああぁ・・・っ!」
 全身を弓なりにさせ、頭を振りながら絶叫する。まるで射精するときのような反応だが、二人の腹を濡らすのは透明な汁だけで。首を傾げながら見下ろしつつ、きゅうきゅうと締め付けてくる肉の圧に負け、十倉のほうが先に吐き出した。奥の深いところに熱いものが溜まっていく感触に、高木が一際高い嬌声を散らす。びくびくと痙攣しながら、ふっと意識を飛ばした。急に力の抜けた腕がシーツに落ち、驚いた十倉が動きを止める。
「恭臣?」
 背中に腕を回し、汗の浮いた体を引き寄せる。抱き上げるようにして膝に乗せると、顔の前にくる胸に吸い付いた。
「ん・・・」
「大丈夫ですか? 今の、どうなったんです?」
「・・・なんか・・・こわ、かった」
 そう言う高木の声は震えていて、さする体も産毛を揺らしている。その肌をついばみながら、背中をつっと撫でる。それだけで声を漏らす高木がまだ射精していないことを思い出し、指の間に手を差し入れた。
「あ、待って・・・」
「痛い?」
 頷く高木に微笑んで、五指を使って緩く包み込む。
「じゃ、擦らないで揉むだけ。とりあえず出さなきゃ辛いでしょ?」
 可愛く言われ、高木は照れながら頷いた。首に腕を回し、肩口に顔を擦り付ける。
「ぅん、んん・・・っ」
 思っていた以上に早く、腰を揺らして十倉の手を汚した。どろりと手に熱いそれを受け止め、顔の横にある耳をぱくりと咬んだ。ひくん、と肩を跳ねさせる首元にある赤い痕を思い出し、目を細める。
「今日は許しますけど・・・次はされる前にきちんと逃げてくださいね」
「え?」
 唇を被せ、咬むように吸い上げる。それで何を言われているのかが分かったようで、高木はゆっくりと頷いた。
「もっと、強く・・・十倉の所有物に、して」
 甘い囁きに、十倉は微笑んだ。言われるまま、首や肩に軽く歯を立てていく。
「もう少し・・・中にいてもいいですか?」
「ん、」
 中に出したまま保つのは辛いと聞くが、高木はこくりと了承した。自らも体重をかけ、結合を強める。
 その体はやはり先週より軽い気がして、十倉は眉を顰めた。ちゃんと食べているように、見えるのだが。
 対等でありたい。せめて、高木がもっと自分を頼るくらいには。
 そう思いながら、骨の浮く体を抱く腕に力を込めた。






続。
09.01.10

今回はいつものように連続upできないかもです。