『皮破る狼』 言ってから、十倉大湖は胸が躍るのを感じた。 こんな気持ちは、久しく味わってなかったような気がする。何かを期待して、わくわくするなんて。 高木恭臣とは、今日初めてセックスをした。というか、十倉にとってセックスそのものが初めてだったわけで。 ラブホテルに入るのも初めてで、ともかくなんでこんなことになったのかというと、当の高木に「抱いてくれ」と頼まれたからだ。最初は別にいいかという気分だったのだが、高木の少し上擦った声を聞いて、気分が変わった。泣き顔を見たときには、理性が飛んだ。 できればもっとしたいなあと思い、ていうかこの人僕のこと好きなんだよね、と思ったらいてもたってもいられなくなった。その口から聞きたい。感極まって泣いてくれたら、もっといい。 そう思っていたのに、いつまで待っても高木は放心しきった顔で何も言ってはくれず。やがて部屋に取り付けられた電話が鳴ったかと思うと、我に返ったのか高木は立ち上がってしまった。 何話してるんだろうと思っていたら、「帰るぞ」と言って高木はスーツを投げてきた。えっと十倉が驚くのも無視して、タクシー代だと言って万札を数枚渡すと、さっさと部屋を出て行こうとする。慌てて呼び止めたら、疲れた顔で振り向いた。 「・・・それは、お前が好きにしていい。できれば、明日出してくれるのが一番いいんだけど」 それ、と言われて手元の辞表に目をやった隙に、高木は扉を開けて出て行ってしまった。閉まった扉を見て、目をぱちくりさせる。 「何、急いでたんだろ」 高木がよく分からない。さっきまで可愛く自分の下で喘いでいたときは、素直だった気がするのに。 首を傾げてから、今一度辞表を見る。高木らしい几帳面な字で書かれた、覚悟の証。それはいつからスーツのポケットに忍んでいたのか、端がよれよれと繊維を覗かせている。それだけ自分のために悩んでくれたのかと、嬉しかったのに。 「とりあえずこれは、」 顔の前で横に持つと、そのまま一気に裂いてしまった。二つにしたものを更に半分にし、更にもう半分。みるみる小さくしていき、手の中には紙の屑が一杯になった。 「いらないよね」 可愛い顔でにっこりと笑い、部屋の隅にあるゴミ箱へと落とし入れた。ぱんぱんと手を叩き、上半身裸の姿で伸びをする。 「仕方ない、帰るか」 そう呟くと、十倉はシャツに腕を通した。 高木恭臣は、十倉にとって自慢の先輩だ。仕事は速いし正確で、後輩である自分の面倒見もかなりいい。元来の明るさと余りある可愛さしか取り得のない十倉から見れば、高木は最高の仕事人だ。 それは同期入社の奴らからも羨まれるほどで、営業の外回りのとき車の助手席に座ると言ったら、周りから叩かれた。時々一緒に飲みにも行くんだよ、と自慢したときには一人だけいい思いをした罰だと言ってコーヒーを奢らされた。それほど、高木恭臣という人間は人望があるのだ。 本人にその自覚がないのが勿体ないことだが、とにかく普通の社員のままでいることが十倉には不思議だった。そろそろ出世してもいいと思うのに、そんな話が出ているという噂すら聞いたことがない。 どうやら高木に出世願望は元々ないようで、それ以外にも配偶者を得ないというところに問題があるようだった。能力主義になって久しいとはいえ、未だにそんなことを気にする者が上層部にはちらほらいる。十倉も、高木がそういうことで上司から遠まわしな注意を受けているのを見たことはある。そのたびに高木は困った顔をしていたのだが。 「ゲイなら仕方ないかあ」 周りを気にしない性格の十倉は、独り言であっても声を潜めるということをよくしない。その所為で乗っていたタクシーが大きく道を外しそうになり、そこで漸く自分の言葉の攻撃性に気付いて舌を出した。 企業や小売店に売り込みに行く今の職種では、この癖は喜ばれるものではない。高木にもよくそれで注意を受けているのだが、なかなか直せないでいた。 「あ、そうだ」 まだ家までは結構かかる。その内に高木のことをもう少しリサーチしておこうと、十倉は携帯電話を取り出した。500件を越す登録者の中から目当ての人物を見つけ、発信する。 2コールもしないで繋がった電話に、笑顔を浮かべた。その可愛らしさにタクシーの運転手が一瞬ドキっとしたことなんて、本人は全く知らない。 「あ、久し振り。・・・違う違う、絶対嫌って言ってるじゃんか。あんましつこいと殺すよ?」 似つかわしくない物騒な言葉に、タクシーの尻がまた大きく揺れた。 「ちょっと聞きたいことがあってさ。今平気?」 まだ何かを渋っている相手を無視して、勝手に切り出す。外見で騙される者が多いが、十倉とは基本的に相手の都合なんてお構いなしな部分がある。自分が気持ちよければそれでいい、という部分が。 さしずめ、羊の皮を被った狼というところだろうか。いや、迷える子羊を装う悪魔かもしれない。とにかくまんまと教会に入り込んだ彼は、この聖なる地をどう攻略してやろうかと、策を練っている。にっこりと、傍目には可愛くしか見えないその笑顔で。 タクシーの運転手は、二度目だというのにまたその笑顔にうろたえていた。 「おはよーございます!」 「おはよ、十倉くん」 「おっす、今日も元気だな」 オフィスに入るなり声を上げれば、先にいる殆どが返してくる。それも、笑顔を浮かべて。 十倉を気に入らない人がいるとしたら、それはよっぽどの人間嫌いか、その本性を知るかのどちらかであろう。といっても、本人は自分に二面性があるなんて思ってもいないから、なお質が悪い。 そしてこのオフィスでは、唯一彼の本質を垣間見てしまった男、高木。いつもなら笑いながら控えめに手を振ってくれるのに、今日は声すらかけてくれなかった。不思議そうに黒目を動かし、そのデスクへと近付く。そうと知るなり、高木は身を強張らせて顔を背けてしまった。その視界に入るよう茶封筒を出し、にっこりと微笑む。 「はいこれ、昨日の残りです。ホテル代は、僕が出しておきましたから」 「なっ・・・!」 ホテル? と近くにいた女子社員が声を上げた。その所為でざわめき出す周りを十倉がぽけっと見回し、高木は慌てて立ち上がった。 「あ、ああそうだったな十倉! 具合は大丈夫か? まさか酔い潰れるなんてなぁ」 わざとらしい大声だったが、二人が普段からも一緒に飲んでいると知っている人たちは、それが演技だなんて気付かない。それを嘘と知る十倉だけが、不機嫌そうな顔をする。 「何言ってんですか。大体僕はお酒つよ、」 「そういや発注伝票について聞きたいって言ってたっけか? 過去の見せてやるから来いよ」 十倉は眉を寄せた。そんな話知らないと言い掛けた言葉を、ネクタイを掴まれたことで飲み込んだ。凄い力で引かれたら、従うしかない。 「っちょ、苦しい苦しいって高木さん。ねぇってば」 小走りでついていきながら訴えたが、高木は歩調を緩めてはくれなかった。そして非常階段を足早に降りて二階下の倉庫まで辿り着くと、閉めた扉に背中を押し付けられた。痛くはないが、その剣幕に目を瞬かせる。 「何怒ってるんですか?」 「何を怒るって? 当たり前だろ! 朝からあんな大声で・・・嫌がらせなら、別の方法でしてくれ・・・」 「嫌がらせって、」 そんなことを言及されるなんて思ってもいなかったのでムっとしたが、高木が脱力して近くの棚に寄りかかるのを見ると、すぐに溜飲が下がった。 「ねぇ、高木さん」 「触るな」 冷たい言葉で拒絶してから、こめかみを押さえて黙り込んだ。ちらともこちらを見ないことに、なんとなく心を針で掻かれるような嫌な感じがした。 その原因を考えていると高木が重たい溜め息を吐き、見れば少し震えていて、それが怯えからきているのだと分かると少しばかり興奮を覚えた。ぞくりとして、顔を上げさせたくなる。 「そんなにゲイが面白いか」 「え?」 思索に勤しみ過ぎて反応が遅れた。 「俺みたいなのが珍しくて遊ぶつもりなら、やめてくれ。社員にバレたりしたら、俺は死にたくなる」 自分で蒔いた種だけどな、と皮肉る声が震えている。どうやら、相当緊張していたらしい。棚の支えがなければ、すぐにでも倒れそうな脆さがそこにはあった。 そうか、知られたくなかったのか、と十倉は頭を掻く。自分の浅慮さを、今回ばかりは流石に深く反省した。 「あの、すみません。僕、まだよく分かってなくて」 「分かってもらうつもりはない」 早口でそう言うと、高木は手を出してきた。握手でもするのかと思って握り返したら、慌てるように振り払われた。馬鹿か、とその顔が真っ赤に染まる。 「朝預けたやつ、返してくれ。やっぱり自分で出す」 「朝? あ、ああ」 ぽんと手を叩いて納得する十倉に頷くが、一向に出さないことに首を傾げた。焦れて促すと、十倉は両の手の平を上に挙げ、可愛らしく笑うだけで。 「捨てちゃいました」 「はあ?」 表情を窺うようだった高木が声を荒げ、十倉の胸倉を掴んだ。 「捨てたって? なんでだ?」 「だって」 少し踵を浮かせた姿勢で、十倉はきょとんとした。 「あれ出すってことは、高木さんが辞めるってことでしょ? せっかく面白くなってきたのに、辞めるなんて」 特に考えもしないで言ったことに、高木は最悪の展開を想像したらしい。突き放すように十倉を解放し、頭を抱えた。そして苛立ったようにかぶりを振ると、諦めた顔で十倉を見る。 一瞬泣きそうな表情に見えたが、すぐにそれを押し隠した。自嘲するように笑い、扉の前から十倉をどかす。 「お前の気の済むようにしたらいいさ」 どうでもいいようにそれだけ言い、高木は肩を落として出て行った。その後ろ姿に十倉が欲情しているなんて、思いもせずに。 十倉は一見無表情のまま、多くのことを巡らせながらオフィスの通路を歩いていた。手には、今買ってきたばかりのカップコーヒー。一つは自分ので、もう一つは高木のだ。 あれから一週間、十倉は少しばかりつまらない思いをしていた。理由は単純、高木の反応がつまらないのだ。 怯えるならまだしも、何やら諦めきった顔でこちらを見ている。そのくせ、目が合うと途端に逸らしたりするものだから、よく分からない。せっかく飲みの誘いをしても、なんだかんだと言い訳を作られ逃げられてしまう。 まるで腫れ物を扱うようにされ、十倉は若干怒ってもいた。高木は自分のことが好きなんじゃなかったのか。そう思って言葉にさせようとすると、高木は投げやりに肯定するばかりで、最初のようなときめきを与えてもくれなかった。 そうしてろくに話をしないまま一週間が過ぎ、金曜日になった。その夜、なんの因果か二人はまた揃って残業をすることになっていた。 これはチャンス、と十倉がにやついたのは一瞬のことで、高木は必要以上の会話をしようともしない。そうして考えたのが、このコーヒー作戦だったというわけで。 足音を潜めて背後に近付いて声をかけると、高木は案の定びくりと体を緊張させた。 「お疲れ様です、コーヒーでも飲みませんか?」 話しかけても、高木は頷くだけで何も言わなかった。しかし振り向きもしないその反応は予想通りのもので、十倉はうっそりとほくそ笑んだ。 「なんで無視するんですか? ・・・恭臣さん」 「・・・っお前!」 「あちっ」 その呼び方に即座に反応した高木の肘は、カップを持つ十倉の手に当たり、派手に中身を跳ね上がらせた。手には勿論、スーツにまでかかったそれを見て高木の顔が青に染まる。それを内心でぞくぞくしながら、十倉はわざと大袈裟に熱がってみせた。 「ご、ごめ・・・ちょっと、待ってろ」 唇を震わせたまま、相変わらず目を合わせなかったが高木は慌てて腰を上げた。恐らく給湯室にでも行ったのだろう。それを見送ってから高木のデスクチェアに腰かけ、十倉は自分の被害状況を確認してその出来に感心した。 うまいこと、目当ての場所を汚すことに成功した。このスーツは処分することになりそうだが、それは痛くもない損失だった。くすくすと笑い、半分ほど残ったコーヒーを口に含んだ。自分では決して買わない、ブラックコーヒー。 その苦さに舌を出したところで、高木が足をもつれさせながら戻ってきた。 「ほら、こっち向け。・・・染みにならなければいいんだけど」 跪く高木に真剣な顔でスーツの前を擦られ、予想通りの展開に十倉は笑いを堪えるのが大変だった。高木の手が、自らを追い詰めていく。 「・・・っ」 染み抜きに必死で、最初は気付いていなかったようだ。しかし明らかに形を変えたスーツの前から、高木がふいと目を逸らした。 「・・・ごめん」 「え? あーごめんなさい。最近忙しくて抜いてなかったから」 しゃあしゃあとそんなことを言う十倉の股間は、熱を持って布を押し上げている。高木なら必死でそこを擦るだろうことを見越して、わざとコーヒーをかけたのだ。 戸惑いつつも喉を上下させたのを、十倉は見逃さない。くっと喉を鳴らして、高木の顎を指先で持ち上げた。 「咥えますか? 高木さんのおかげでこうなっちゃったんだし」 本当はそうなるように十倉が仕込んだのだが。そんな告白は胸中にしまい、十倉は高木の柔らかい唇を指でなぞった。高木の顔が、泣きそうに歪む。 「そんな顔・・・」 そそる、と呟いた言葉は、どうやら高木の耳には届いていないようだった。 太いものを一杯に含む顔を見ながら、十倉は前回の自分の過ちを思っていた。こんなに物欲しそうな顔を、前回は見逃していたなんて。 「美味しいですか? 恭臣さん」 じゅる、と溢れる唾液で唇をてからせながら、高木は頷いた。喉に当たったのか、苦しそうにえづく。そして滲ませる涙に、十倉は背筋を震わせて悦んだ。 「んっ・・・出ます。全部飲んで、恭臣」 「んんっ」 咄嗟に引こうとした頭を髪を掴むことで抑え、喉に叩き付けた。滲んでいた涙が玉になり、頬を伝う様に十倉はうっとりと顔をほころばせる。 「もっと、吸って・・・そう、零さないで」 高木は唇を窄ませたまま、従順に言葉の通りにした。糸を引いて口を離し、口内に溜まったものを飲み込む。何度かに分けて喉を上下させ、やがて口を開けると苦しそうに呼吸を再開した。 「美味しかった? 不味いわけないよね? だって恭臣さん、僕のこと・・・」 満ち足りた気分で訊いたのだが、予想に反して高木は憎々しげに睨んできた。突然のことに、十倉は狼狽する。 「え、なんで? なんでそんな顔・・・」 「最低だよ、お前」 苦い口調で言いながら立ち上がる高木に手を伸ばすと、ばしりとはたき落とされた。呆然として、その顔を見上げる。 「ど、どうして怒ってるんですか? 僕はただ、貴方を喜ばせたくて・・・」 「喜ぶ?」 は、と高木は軽蔑の色を隠さずに笑った。 「俺が喜ぶって? ああ、嬉しいよ。ゲイで変態の俺は、ごリッパなお前のちんこ咥えて涙流すほど善がっていますほんとどうもありがとうございましたってか? これで満足か!」 傍らのデスクを叩かれて、十倉は目を丸くした。どうやら、いたく傷付けてしまったようだ。だが、何故そんなに怒るのか分からない。 おろおろしていると、見上げた高木の瞳から涙が次々と溢れてきた。ぎょっとして立ち上がった十倉を手で制すと、高木はよろよろと後ろへ下がった。 「・・・も、充分だろ。充分、俺を蔑んだはずだ。頼むから、もう解放してくれ・・・」 顔を伏せて泣く姿に、十倉はいよいよ憔悴した。泣き顔を見たかったが、こんな形で泣かせたかったわけじゃない。絶対、違う。 手を伸ばせば逃げる体を、十倉は強引に引き寄せて抱き締めた。自分より背の高い男がびくりと震え、逃げようともがく。それを強い力で抑え込むと、高木はじたばたしながらしゃくり上げた。 「なん、っなんだよお前! これ以上、俺をどうしたいんだよ・・・!」 胸をぐいぐい押してくる腕も押し潰して、骨の軋む音がするまで抱き締めた。やがて敵わないと思ったのか諦めて力を抜いたのを確認して、十倉は少しだけ体を離す。そして少しだけ背伸びをすると、その唇に自分のを押し当てた。 塩辛い口付けは胸に甘く、甘党の十倉は突然たがが外れたようにその唇を貪った。逃がすまいと囲っていた手を顔に持っていき、角度を変えリズムを変え求め続ける。舌を吸い上げたときに全身を駆ける電流の正体を知りたくて、何度も何度も。 高木は暫くぼんやりとそのキスを受けていたが、理解した途端に目を見開いてその体を突き飛ばした。今度は容易に離れたその腕の届かないところまで下がり、信じられないものを見るようにして口をぱくつかせる。 「お、おま・・・! 何、何すんだよ! からかうにしても、こんな・・・っ」 「あ、よかった。泣き止みましたね」 「は?」 そのことが最高に嬉しいというような顔をされ、高木は目を白黒させた。よろりと傍のデスクから椅子を引き、脱力してそこに座り込んだ。疲れた顔で頬杖を突き、ぶっきらぼうな口調で訊いた。 「お前、もう分かんない。一体どうしたいわけ?」 「どうしたいかと訊かれたら、答えは一つです。恭臣さんを抱きたい」 まるで漫画の一コマのように、高木は突いた肘から顎を落とした。ついでに椅子からも落ちそうになり、酷く間抜けな姿で十倉を見た。その十倉の表情は普段通り平常で、それがますます高木を混乱させる。 「何言ってんだ? あれか? アナルセックスにハマったってんなら、」 「ハマってるとしたら、それは恭臣さんにです。貴方の尻一杯に突っ込んで、散々泣かせた上で善がらせたい」 今しがた聞いた言葉が信じられないのか、絶句している高木の前に近寄る。バランスの悪い体勢の所為で、逃げるに逃げられない。無様に腰を落とし、床に尻を付けたまま十倉を見上げた。 「ねぇ恭臣さん。恭臣さんだってそうして欲しいんでしょう? 僕のことが好きなんですよね? それとも好かれているというのは僕の勘違いで、本当にただ抱いて欲しかっただけなんですか? ただ僕のペニスを、」 「ま、待てって! お前、自分が何言ってんのか・・・」 矢継ぎ早に繰り返される質問に顔を赤くして制止をかけると、十倉はその手を強く掴んできた。じっと見つめる大きな目が、高木の視線を外すことを許さない。 「答えてください。恭臣さんが欲しいのは僕ですか? それとも僕のペニスだけですか?」 真っ赤になって言葉を失った。しかしここで答えなければ、次に何を言われるか分かったもんじゃない。目を逸らしたくてもそれすら許してもらえず、高木はとうとう根負けして叫ぶように答えた。 「お前だよ! お前の・・・十倉大湖の心が、俺は欲しかったんだ!」 もやもやの全てを吐き出すように叫ぶと、ぽろりと涙が零れた。それを見て、十倉はまたですかと笑いながら高木の頭をよしよしと撫でた。 「よくできました。でもまだ、足りてませんよ」 「え?」 「僕が欲しいなら、ちゃんと言わないと。恋愛にだって、順序はあるでしょう?」 ん? と促されて、高木は震える唇を動かした。その間も、涙がぽろぽろと溢れてくる。 「好き、だ・・・十倉が好きなんだ・・・ごめん」 「何謝ってんですか」 目を細めて笑い、ご褒美ですと言いながら、小鳥のように震える唇に口付けた。 薄い胸を背後から布越しに揉むと、内股を震わせながら中をぎゅっと締めてきた。その狭さと熱さに喉を鳴らし、胸の粒を手の平で潰してやる。 あられもない声を上げる顔が見たくて髪を掻き分けたら、高木は机に組むように置いた腕にその顔を埋めてしまった。ぶるぶると震えながら耳を真っ赤にさせるその姿は十倉の嗜虐心を煽るだけで、それでも顔を隠したお仕置きにと、約束を破って腰を動かす。まだ慣れていないからと言っていたのは嘘ではないようで、高木は苦鳴を上げた。 「っだ、だめだって・・・言った、ろ、んっ」 抗議のために上げた顔を髪を掴むことで更に上げさせ、唇を塞ぐ。少し強く舌を咬んでやると、途端に大人しくなって目を閉じる。再び乳首をこねると、今度は顔を伏せなかった。 「ここ、好きですか?」 上がる声に気分を良くして耳元で囁くと、高木は小さく頷いた。 「言ったでしょ、ちゃんと言葉にしてって。僕は経験少ないんだから、恭臣さんがリードしてくれなきゃ」 ぎゅっと引っ張ると、痛がる素振りを見せながらも高木の中は嬉しそうに蠢いた。それを指摘してやれば、真っ赤な顔で唇を開く。 「そこ・・・乳首を擦られるの、好きっ・・・こりこりってされると、あっ俺、おかしく・・・っ」 言われた通りにすると、可愛く鳴いて机に縋り付いた。 こうやって性感帯を聞き出していくたびに、楽しい反面つまらなくもある。一体どこのどいつが、この体をこんなにエロくしたのか、と。 それでつい意地悪をしたくなるのかと思っていたが、それとこれとは別のようだ。言葉で辱めたいのは、単に恥ずかしがる高木を見たいだけだったのかもしれない。 そろそろいいだろうと腰を引くと、高木は一際甘い声を漏らした。これにも少し気分がささくれ、先走りを零し続けている先端を握り込んだ。 「あっ」 「答えて、恭臣」 握ったまま深くを抉ってやり、手の中でそれがひくつくのを感じる。 「ここを、こんなに感じるようにしたのは、誰? その人、殺したい、なあ」 少しずつリズムを上げながら突き動かすと、高木は嬌声を迸らせて腰をくねらせた。意味を持たない喘ぎに混ぜて、誰もしてない、と答える。その答えに十倉は口をへの字に曲げ、亀頭の筋を爪で擦った。その刺激で達しようとするのを、根元を抑えて堰き止める。 「あぁっ! やだ、離して・・・っ」 「恭臣が嘘つくから。僕知ってるんだよ? 長いこと慣らさない限り、ここはこんなに感じるようにならないって。ねぇ、言って? それとも、一人じゃないとか?」 「ち、違・・・っうそなんかじゃ、な・・・ぁあん!」 ごりごりと中を責め立てると、高木はひいひいと泣きながら机を掻いた。いくつかの書類やペンがなぎ倒され、床に落ちていく。 「っじ、自分で・・・してっしてたんだ・・・! 指とか、・・・っとか、使って・・・」 「何? 何を使ったって? 聞こえない」 耳の硬いところを咬むと、手の中でペニスが震えた。しかし強く封じているので、その快感は今や苦痛すら生み出しているのだろう。高い悲鳴を上げて、高木が泣き出した。 「っひぐ、ビンとか・・・携帯よ、のスプレ・・・はぁん! あっあん、とく、らぁ・・・っ」 苛めすぎたのか、高木はぐしゃぐしゃの顔で懇願の声を上げた。手の平も、溢れる先走りで一杯になっている。くすりと笑って、赤くなった目元に口付けた。 「ごめんね、気になったことは何がなんでも知りたいんだ。・・・今、イカせてあげます」 手を少しだけ緩めて、性急にしごいた。中を突くリズムも上げ、徹底的に追い上げる。 「んぁ! あんっあんっあ、イク・・・イク、ぅあああぁ・・・っ」 射精の瞬間にきつくなった肉の壁を無理に擦りながら、十倉は精液を吐き続けるペニスを更に責める。半狂乱になって泣き喚く姿を恍惚として眺め、二射目、三射目を容赦なく吐かせた。もう上がる声は、殆どが悲鳴だ。 もう無理。出ない。許して。それらの言葉を交えながら泣く男の尻を、ぐいと掴んでも揉みしだく。 「まだまだ。苛めたお詫びに、何回でもイカせてあげますよ」 そう言う十倉は、どこまでも楽しそうだ。その顔を横目で見ながら、高木が指を咬む。十倉の宣言に体が震えるのは、恐怖からか。それとも。 しかしすぐに激しく突き動かされた所為で、結局その答えは出せなかった。 十倉のスーツを床に敷き、自分のスーツをかけられた上体で目を覚ました。気を失っていた時間は長かったのか、汗で湿っていたはずの肌はすっかり乾いている。中にも多く出されていたような気がしたが、それも全部出されていた。落ちていた間にやられていたのかと思うとかなり恥ずかしいが、大事にされてる気がして少し照れる。 体を起こすと薄闇の中でパソコンを操作している十倉の背中が見え、そういえばまだ仕事が残っていたんだと焦った。しかし腰から下に力が入らず、どしゃりと崩れ落ちる。その物音で起きたことを知ったのか、十倉がパソコンに向いたまま声をかけてきた。 「寝てていいですよ。あと少しですし、終わったらちゃんと送りますから」 「でも、」 「無理させたのは、僕なんで」 笑いを含む言葉に、顔が熱くなった。恐る恐る視線を動かせば、めちゃめちゃにしてしまったはずの同僚の机が片付いている。高木のパソコンは電源が落とされているし、どうやらあれも仕上げてくれたのだと分かり頭が下がった。 「あの、さ・・・」 「はい?」 「誰に聞いたんだ? その、慣らす・・・とか」 ああ、と十倉は振り向かないまま答えた。 「学生時代の友人です。ゲイなんですけど、させろさせろってうるさい奴で」 「えっ」 驚いて声を上げると、十倉はおかしそうに笑った。 「あいつはタチ? っていうんですかね。僕は掘られたくなないんで、いつも殴って追い返してました。だから安心してください。僕は本当に、恭臣さんが初めての人ですよ」 年下の、それも経験の浅い男に心を見透かされている。情けなくて目を伏せていると、十倉は続けた。 「にしても、失敗したなあ。あいつはゲイだってこと特に隠すようなことしてなかったから、気付かなくて。恭臣さんみたいに隠しておきたい人の方が多いんですってね」 どうやら以前のことを謝っているらしい。そういえばあのときも、まだ分からないというようなことを言っていた。まだ、ということは、いつかは知ろうとしてくれたということだ。 高木は眉を下げて密やかに笑った。研究熱心なところは、仕事でもプライベートでも変わらないらしい。こういうところはやはり、高木の惚れた男だ。 「っし、できたっと。さて恭臣さん、ホテルと恭臣さんちと、どっちがいいですか?」 「は?」 シャットダウンしながらくるりと椅子ごと振り向いた男に、口をぽかりと開けて問い返す。 「どっちって、何が」 「何がって、続きをやる場所に決まってるじゃないですか。なんのために早く終わらせたと思ってるんですか」 「つ、続き・・・?」 「あ、ウチは駄目ですからね。両親もいるし、弟の部屋との壁は薄いんで」 さっさと身支度を整えたかと思うと、放心している高木をひょいと持ち上げた。その体型のどこにこんな力があるのかと、目を疑う。 「ほら、早く決めてください。じゃないとこのままタクシーに乗せますよ」 このまま、と言われて高木は焦った。辛うじて纏わりついているシャツ以外は、靴下しか身に着けていない。それはやめてくれと見上げた可愛い顔が、いたずらっ子のように目を細めて笑う。 「ん? どうします?」 「・・・・・・っ・・・うち、で」 搾り出すように言うと、十倉は満足気に頷いた。 「それじゃあ、缶やビンでオナニーするとこ見せてもらおうかな。いいですよね?」 意見を求めているようで、その実拒否権なんてないのだろう。やっぱり可愛くなんてない、と思いつつも、高木はこの可愛い後輩の野獣じみた本性にも、ドキドキし始めていた。つい、生唾を飲み込んでしまう。 こうして、高木は羊の皮を被った狼に捕らわれてしまった。しかし、そんな不安よりも大きい喜びが胸中にある。なんといっても、初めて恋する相手に振り向いてもらえたのだから。それが体から始まった関係だとしても、なんら構わない。 バレないように泣いたつもりだったが、すぐにバレた。十倉は呆れた顔で、だがそこが可愛いんだと嬉しくなるようなことを言って、高木の目に滲む涙を吸ってくれた。 終。 08.1103 |