『皮被る羊』

 言ってから、高木恭臣は後悔した。
 したところで、既に今の状況は旧の木阿弥、盆に返らない覆水。吐いてしまった言葉は戻らないし、それで壊れた信頼はもう修復不可能なのだ。
 目の前で固まっている男の顔を見ていたら、それまでのことが走馬灯のように甦ってきた。
 できることなら、あの日からやり直したい。こうなると知っていたら、目を閉じてあの笑顔を見なかったのに。
 高木の脳裏に、初めて会ったあの春の日が鮮やかに思い出された。


「大きい湖と書いて、ダイゴです。十倉大湖、本日付で販促部に配属となりました」
 にっこりと笑う人懐こそうな顔に、一目で恋に落ちた。胸を撃ったのは雷か、天使の矢か。どちらでもいい、とにかく高木はその新人に恋をした。
 中学のときの初恋でゲイだと自覚して、28になるまで。何度も恋をしては破れ、傷付いて。
 何度、恋を諦めてきただろう。昨夜だって、飲みながら深夜の通販番組の司会者に向かって誓いを立てたばかりなのに。
 勝手に盛り上がる拍動は止められず、高木は自分がなんと挨拶をしたのかも覚えていない。ただ、どうすれば自分を一番よく見せられるかという一点だけが気になって。
 初心な少女のように、十倉の前にいると緊張した。先輩として教育係に指名されたときは、こっそり倉庫まで行ってガッツポーズをしたくらい。信心深いわけでもないのに、神に感謝までしてみたり。高木の恋は、そうしてスタートを切った。
 十倉は優秀な新人だった。一を教えれば十を知るとまではいかなかったが、とにかく飲み込みが早い。応用も利くし、気配りも良い。ただ問題があるとすれば、周りを気にする思慮深さがないことか。それでも、持って生まれたキャラクターは憎まれないタイプのもので、彼を疎ましいと思う者は一人としていなかった。
 その人気は部署内だけにはとどまらず、社内全域に渡ってファンがいるようで。ことあるごとに指導役の高木は羨ましがられ、高木も気分をよくした。
 反面、苦しい部分もあった。人当たりもよく、見た目にも可愛い十倉の評判は下がることを知らず、特に女性社員からの人気はその辺のアイドル並みといっても過言ではない。
 ちやほやされ、絡んでいるところを見ると心がささくれる。嫉妬の炎は高木の胸で燻り、隠しておきたい気持ちにまで火を点けた。
 一生隠し続け、同じところで仕事ができればいい、という願いは次第にエスカレートし、その笑顔を独り占めにしたいになり、やがては肉欲を伴うものにまで発展した。
 苦しんで苦しんで、夜毎に濡れる枕がしっとりと重くなった次の日。
 なんの悪戯か、二人きりで残業をすることになり。高木は、言ってしまった。
 一度でいいから、抱いてくれ、と。


 滂沱の涙を流す男を見て、十倉は一体何を思っているのか。沈黙に耐えかねた高木が何かを言おうとすると、十倉はその小動物のような真っ黒な瞳で見上げてきた。
「抱いてくれ・・・ということは、僕が高木さんを、ですよね?」
 ああ、無垢な質問が可愛い、なんて胸を震わせている場合ではない。やっぱり駄目か、と肩を落とす。
 高木は、贔屓目に見ても「可愛い」なんて形容されるような外見をしていない。身長は優に180を超えているし、筋肉は薄いとはいえ華奢な体型でもない。容姿も秀麗で、どちらかというと女性に騒がれそうなタイプ。一般論として言えば、ジゴロよろしく相手を可愛がる側にいそうだ。それは、対象が男であっても変わらないような。
 対峙するのは、まだ大学生に毛の生えたような、社中から「可愛い、可愛い」と愛でられている男。たとえるなら、目の開いたばかりの子犬だ。転んでも眠っていても、周囲の人間を和ませる。
 身長は一応170ちょいはあるようだが、それも高木の前では余り意味がない。今だって、少し顎を上げないと目も合わせられないほどだ。
 高木が今までの恋を成就できなかったのは、正にここにあった。何故かいつも、惹かれるのは十倉のような可愛い男ばかり。それなのに、自分は男に抱かれたくて堪らないのだ。
 二丁目やハッテン場などで意気投合してホテルまで行ったとしても、どちらもネコのつもりでは埒が明かない。結果、高木は好みの男との恋愛どころか、肌を重ねてもらうことさえ諦めてしまうのだ。
 十倉の可愛らしい顔を見ながら、高木はそれらのことを思い出していた。相変わらず涙を滝のように流したまま、胸ポケットに入れていたものを服の上から叩いて俯く。
「ごめん、忘れて。ちょっと、言ってみただけだから。駄目なのは、初めから分かっ・・・」
「待ってください」
 突然かけられた言葉に、高木は一瞬涙を止めて十倉を見た。大きな黒目が、探るように揺らめく。
「ちょっと、なんて気持ちでそんなに泣きますか? 高木さん、本気なんでしょう?」
 淡々と、しかし決して鋭くはない言葉に図星を射され、また涙が溢れてきた。それがぼろりと落ちるのに合わせ、かくんと頷く。顔を拭うスーツの袖が、重いほど湿ってきた。
「我慢、するつもり・・・っだったんだけ、どっ」
 しゃくり上げる高木に一歩寄り、十倉はポケットからハンカチを取り出した。それを目元に優しく当ててやりながら、相変わらず小動物のような目で高木を見上げ、笑った。
「いいですよ。期待通りにいくかは分かりませんが、高木さんの気の済むようにしてください」
「・・・嘘だろ」
「嘘なんかじゃありませんよ。高木さんにはいつもお世話になってますし、ある種の恩返しです」
 なんなら今からホテルにでも行きますか、と問われ、高木は気持ちが変わっては大変と、壊れたように何度も頷いた。


「うわぁ。僕、ホテルって初めて来ました。本当に壁が紫色なんですね」
 紫色ばかりじゃないぞ。ホテルに入るなりはしゃぎ出した十倉を見ながら、高木は冷静になった頭で再び後悔していた。勢いで入ってきてしまったが、本当にこんなことをしていいのだろうか。幸せで、罰が当たりそう。
「初めてって・・・十倉は学生時代一人暮らしか?」
「いえ? 恥ずかしながら、今も昔も自宅通いですけど」
「じゃあ、今まで一体どこ、で・・・」
 間が持たなくて始めた話題だったが、高木は問いながらはっとして口に手をやった。
「もしかして、お前・・・」
「童貞ですけど?」
「出よう」
 間髪入れずにそう言って手を引くと、意外に強い力で歩みを止められた。情けない顔で振り向き、十倉を見やる。
「お前、何考えてんだよ! 初めての相手が男になるって意味、ちゃんと分かって・・・っ」
「そんなに変わるもんなんですか?」
 無垢な瞳で問われ、高木は唇を引き結んだ。変わるに決まってんだろ、という言葉が喉に絡まって出てこない。十倉の人生を狂わせてしまうのではないかという不安と、初めての相手になれる悦び。その二つの感情が高木の中でぶつかり合い、均衡を保っていた。
 結局、十倉の無垢さを盾に、お前がそう言うのなら、と自分に都合のいいほうを選んだ。
「とりあえず、シャワー浴びて来い」
「一緒に入ったりはしないんですか?」
「な・・・っ」
 ばっと赤くなった顔に、十倉は首を傾げた。その視線を見ていることができなくて、高木は鼻を押さえるようにしながら俯いた。
「これ以上俺の心を乱さないでくれないか・・・頼むから」
 一緒になんか入ったら、それこそ暴走して何をしでかすか分からない。十倉が入った後に入るというだけでも、こんなに体が高ぶるのに。
 また何かおかしなことを言われる前にと十倉を浴室に押し込み、そのスーツを奪ってハンガーにかけた。自分のもかけようというとき、かさりという音に一瞬動きを止める。
 胸ポケットからそれを取り出し、眺めて自嘲する。
「一身上の都合・・・ね」
 確かに俺の個人的な問題だよな、と高木は手にした辞表を元の位置に押し込んだ。


 無駄に高ぶる体を持て余しながらそわそわと浴室を出たところで、高木は胸を痛める光景を目にした。待っている間の時間潰しなのか、十倉は大抵のラブホテルになら付いているアダルトビデオを、無感動に見ていたのだ。
「十倉・・・」
 話しかけると、漸く気付いたようにその呑気な顔で振り向いた。そしてあっと声を上げると、申し訳なさそうにテレビを消す。
「ごめんなさい、やっぱり嫌ですよね」
「いや」
 いなくなっているよりは、全然ましだ。しかし十倉はもう一度頭を下げると、両手を開いた。バスローブ姿の胸が少しだけ覗いており、下半身が疼く。
「で、僕はどうすればいいんですか?」
 なんか思っていたよりも男前だ。胸が高鳴ったが、高木は押し隠してネクタイを手にして近付いた。それを十倉の目に巻きながら、ベッドに上がらせる。
「何もしなくていいよ。お前は、好きなアイドルでも思い浮かべてろ」
 十倉の記憶には、普段の自分の姿だけ残っていればいい。こんな、男の上で悦ぶ自分なんて見られたくなかった。
 ヘッドボードに立てた枕に寄りかからせ、完全に視界を塞げたかどうかを手をかざして確かめる。なんの反応もないと見ると、高木はその唇に己のを近付けた。あと少しで触れる、というところで唾を飲み込み、必死で体を離す。
「・・・ほんと、ごめんな」
 馬鹿なことにつき合わせている。それが分かっているからこその謝罪に、聞こえていないのか十倉は答えなかった。しかしその方が好都合、と高木は眉を下げてバスローブの前を寛げた。
 う、と一瞬目を逸らす。夢にまで見た体の、その実物が目の前にあった。よく鼻血を噴かなかったものだと思いながら、その肌に手を這わせる。滑らかな触感に背筋が震え、ちゅっと軽く唇を当てた。くすぐったいのか、十倉が身を捩じらせて笑う。
「なんか変な感じです」
 その言葉は行為に慣れていないのだと言外に語っており、高木は背徳の欲望に目が眩んだ。汚れていない少年を犯すような心地。年増の女にでもなった気分だ、と自嘲の笑みを浮かべる。
 とにかく、こうなってしまったからには一生の思い出にするつもりで精神誠意尽くそう。できるだけいい思いをさせて、萎えることのないように。ここまできてやっぱり駄目でした、なんて言われたら、立ち直れそうにない。
 きゅっと唇を咬んで下腹部に手を伸ばし、触れたものの感触に一瞬息を止めた。恐る恐る視線を動かしつつバスローブを捲り上げ、そこにあった光景に目を瞠った。
「デカっ」
「え? 僕のってデカいんですか?」
 余りのことに思わず声を漏らした自分を呪いたくなる。出来る限り、相手が男であると悟られたくないのに。
 もう声は絶対出さないようにしよう、と固く誓い、それに口を付けた。
「え、高木さ・・・?」
 名前を呼ぶな、アホ。
 言ってやりたかったが、誓い云々より大きすぎて声なんて出せなかった。目一杯含み、自然開きっ放しになる口から漏れる唾液を片手で伸ばしていった。空いている方の手でバスローブを脱ぎ、ベッドの端に投げる。
「ん、っふぅ」
 この童顔にこれは詐欺だ。それでも想い焦がれていた相手のものをしゃぶるのなんて初めてで、高木はその事実だけでむくむくと欲望をもたげていく。
 一度手を離し、さっき浴室でくすねてきたものの封を開けた。小包装の、プレイ用ローションである。
 それを手の平に垂らすと、頭を動かしたまま膝を立てて突き出した尻の間にふんだんに塗りたくった。その冷たさと、寒気を伴う快感にくぐもった声を漏らす。太股の内側を伝っていくのさえ、今の高木には強い刺激だ。
「んん、うく・・・っ」
 自分でもよく弄るそこは、指の二本程度なら簡単に飲み込む。それを広げるように抽出させながら、腰をくねらせた。
「あ、あの・・・イキそ、なんですけど」
 十倉の掠れた声に、高木はいいとでも言う代わりに強く吸い上げた。親指で根元を強く擦ってやりながら、唇で挟んでしごき上げる。可愛い声を上げて、十倉は一度に大量の精液を噴き出した。
「ぅあ・・・っ」
 その声に興奮を覚えながら、舌の上に溜まっていくのをなんとか飲もうとする。しかし勢いが強いのと量が多いのとで、高木は咳き込みながら口を離した。まだ吐き続けているものが口から抜けた瞬間に最後の一噴きをし、高木の顔半分を白く汚す。
「だ、大丈夫ですか? なんか、凄く気持ちよくって・・・」
 手探りで顔に触れてこようとする手を制し、それを指で掬い取っては口に入れた。苦味と、独特の芳香に眩暈がする。
 全部奇麗にしてから手でしごくと、十倉のものは簡単に硬さを取り戻した。
 その精力の強さに驚きながらも、そこにはそれ以上の悦びがある。手早くゴムを付けようとして、そのサイズに断念した。太股に垂れていたものを少しだけ移し、その体を跨いだ。
「ぅんっ・・・」
 熱い。それに想像していた以上に進まなかった。奇麗に筋肉の付いた腹に手を乗せ、覚悟を決めて体重を一気にかける。
「・・・・・・っ!」
 少しも入らない内に、痛みに竦んで動きが止まった。震える唇を血が滲むほど咬み、脂汗を額に浮かべる。
 無理、かもしれない。せっかくここまできたのに、と泣きそうになる。
「・・・高木さん? 無理なようなら、」
「っ・・・触るな!」
 暫く動かないことに、流石の十倉も心配になったのか。腰に触れてきた手を、高木ははっとして振り払った。その所為でまた少し肉を押し割られる痛みに、高木の額から汗が粒になって流れた。
「へ、平気だから・・・これくらい、なんとも、」
 そう言って装うが、腰を下げれば生じる引き裂かれるような錯覚に、体の方が危険信号を出して勝手に止めてしまう。自分でもこれ以上無理なのは分かっている。それなのに、欲しくて堪らなかった。
「あの・・・」
 十倉の手が、遠慮がちに高木の太股に触れた。目隠しの下にある瞳がどんな光をたたえているかが容易に想像できる。
「苦しいのでしょう? 僕にできることがあったら、言ってください」
「・・・な、まえ」
「え?」
 苦痛に歯を鳴らして、高木は小さく呟いた。
「名前、呼んでくれ。さっきと言ってること矛盾しまくりで、ほんと悪いけど・・・」
「恭臣、さん?」
「あっ」
 耳に甘い声が、腰骨を震わせる。ゲンキンなもので、たったそれだけのことで耐えられそうな気がする。それは全くの気休めでもなく、ず、ず、と少しずつだが腰を進めていくことができた。その間も十倉の声は自分を呼び、幸せな涙で視界がぼやけた。
「恭臣さん。・・・恭臣」
「っあ! だめ・・・も、いい・・・!」
 ずぬ、と半分まできたところで呼び捨てにされ、高木は震えながら喉を反らせた。喘ぐように空気を咬み、残りを一気に押し込んでいく。
「はぁ・・・っ! あ、ああぁぁ・・・」
 侵略される圧迫感に知らず声を上げ、そのことに気付いて慌てて口を塞いだ。
 太さと熱さに、涙を流す。指や人工物では決して届かないところまで、みっしりと征服される悦び。目を閉じて、その形を覚えようと全神経を集中させた。明日から蔑まされようとも、もう二度と会えなくなろうとも、この記憶さえあれば生きていける。
 いや、もうここで死んだって構わない。そんな陶酔でもするような気分で、漏れそうになる吐息を必死で喉に戻した。
「萎えちゃってるじゃないですか」
「え?」
 突如現実に戻された言葉に、高木は目を開けた。その視線が、小動物の瞳とかち合う。
「苦しいからですか? だから無理してるんじゃないかって・・・」
「お、おま・・・何外してんだよ! こんなの見て、ん!」
 暴れた所為で痛みが生じ、高木は慌てて拾ったネクタイを握り締めてそれに耐えた。その手からするりとネクタイを抜き、十倉が汗の垂れる頬を撫でる。
「やっぱり、初めてのセックスで何も覚えてないのはどうかなって。駄目ですか?」
「駄目に決まってんだろ! お前が萎えたりしたら、元も子も・・・」
 額に浮く汗を指で拭ってやりながら、十倉が呑気そうな顔で笑った。ぐっと下から少しだけ腰を揺らす。
「とりあえずまだ、萎える気配はありませんよ?」
 楽観的な物言いに、高木は呆れながらも胸が掴まれるように痛むのを感じた。止まっていた涙が、またぼろぼろと噴き出し、十倉の腹に落ちる。
「ああもう、また泣いて。意外と涙脆いですよね、恭臣さんは」
「だから、もう名前はいいって」
 名残惜しいが、見られながら名前を呼ばれるなんて困る。乱暴に目を擦り、もう自棄だとばかりに腰を動かし始めた。
「っん、っふ、ぅ・・・んん、」
 腹に手を置き、自分のいいところを思い出そうとしながら腰を動かす。しかし、余りの大きさに少し動くのにも大変な労力が入り、またどっと汗が湧くだけで。
 それでも必死で動かそうとする高木の集中を、十倉の声が乱した。
「なんで声殺しちゃうんですか?」
「・・・男の喘ぎ声なんて、んっそれも、こんな可愛くない奴の聞いたって、キモいだけだろ」
 自分の言葉に自分で傷付く。それを顔の皮一枚で隠して口にやろうとした手を、不意に掴まれた。え、と思う間にもう片方も捕えられ、背後で一まとめにされる。それを括るように巻かれた感触に漸く事態を把握し、高木は目を丸くした。
「おま、何して・・・っ」
「僕は聞きたいと思ったんです。隠すなんて、許しませんよ」
「え、ちょ・・・待て、待てって!」
 今の笑顔はなんだ。それを考えるより先に体を後ろに倒され、高木は更に焦った。一瞬で立場が逆転し、突然のことに抵抗もできない。
 漸く押し倒されている事実に気付いたときには、両手は動かせなかった。それがさっきのネクタイで縛られていた所為だと知り、背中に敷いたそれをぎちぎちと動かした。
「あ、腕痛いですか? 多分、こうすれば・・・」
 高木の抵抗に違う解釈を付けた十倉は、両の太股の裏を掴むと顔の横に付くほど倒してきた。背中が半分くらい浮き、結合部の見える格好に高木はいよいよ顔を真っ赤に染める。それを見下ろして、十倉は輝かんばかりの顔で笑った。
「いっぱい、声出してくださいね。僕、恭臣さんの声も泣き顔も、気に入っちゃった」
 ぐちゅ、と繋がった部分を揺すられて、高木はざっと顔を青くした。十倉の態度に、恐ろしいものしか見えない。
「っや、嫌だ! 遊ばれるなんて、冗談じゃ・・・」
「やだなあ、恭臣さん。恭臣さんが、抱かれたいって言ったんですよ?」
 にこやかに言われて、愕然とした。十倉は、自分という玩具を見つけた子供だ。逆らえないのを知られているから、強くも出られない。
 青くなって黙り込んだのを了承と見たのか、十倉は腰を動かし始めた。
「ああ・・・恭臣さんの中、熱くてうねうねしてて、凄くいいです。恭臣さんは? 恭臣さんは、気持ちいい?」
 ぐ、ぐ、と抜くことはせず奥だけを抉るように突かれて、高木は唇を咬んで頷いた。その返事に満足気に笑い、十倉が律動を続ける。自分の動き一つで高木の体がひくついて悦ぶのが、心底楽しいようだった。
「ちょっと、ちゃんと声出してくださいよ・・・ここ、感じるんでしょう?」
 ごり、と肉のしこりのようなところを責めると、高木の先端から透明な汁が糸を引いて垂れた。緩慢に続ければ性器がその存在を主張するように揺れ、焦れているのがよく分かる。
「こんなところが感じるなんて、それってやっぱり恭臣さんがゲイだからですか? それとも元々?」
 笑いを含む質問に、胸が引き裂かれた。自分で招いたこととはいえ、からかわれるなんて最悪だ。
 それでも高木の体は欲望に正直で、先端で揉むようにされたら声なんて抑えようもなかった。鼻から抜くように出していた声が甘い吐息に変わり、やがて咬みすぎて赤くなった唇から嬌声が次々に飛び出した。
「・・・! ばか、やめろ!」
 目まぐるしい快感の波間で、十倉の手が性器に触れようとしているのを見つけた。声を出して抗ったのに、十倉は笑うだけでそれに従おうとはしない。ぎゅうっと搾られ、高木は甲高い声を上げて鳴いた。
「僕の質問に答えてくれないからですよ。離してほしかったら、ちゃんと言って」
 拗ねた子供のように言うなり、突き上げるリズムに合わせてしごいてきた。そこから火花のように散る快感に首を反らせて、高木がぶるぶると全身を震わせる。
 中から外から同時に責められる甘美な刺激に、理性なんてかなぐり捨てて喘いだ。
「あっは・・・っあ! やめ、やめろ十倉!」
 ぐりぐりと先端を弄られると、そこはこぷりと大量の先走りを溢れさせた。そのぬめりを利用して割れ目を擦られ、目の眩むような快感に狂ったように首を振る。
「ひぅ・・・っう、やめてくれ! 言う、なんでも言う、からぁ・・・っ!」
「んー・・・もういいですよ。それより、もっと乱れて欲しいかなーなんて」
 漸く馴染んできたのか、少しくらいなら抜いても痛がらなくなった。というよりは、湧き上がる快感のほうが強すぎてもう痛みなんて感じていないのかもしれない。
 どちらでもいいか、と十倉は深く考えようとはせず、激しく突き動かしながら高木の性器をメチャクチャにしごいた。元々狭かったところが更にぎゅっと収縮し、高木の口から艶かしい叫び声が上がる。
「いやぁ! あっあっあんっんぅ! っひ、出る・・・出る・・・ぅ!」
 びくびくと全身を痙攣させて吐き出したものは、体を曲げていた所為で顔にまで飛んだ。しかし射精後の乱れた呼吸を整える間も与えられず、十倉が激しい抽出を繰り返す。
 一度極まったおかげで敏感になったそこは、柔らかくその激しさを受け止める。ぐちゃぐちゃと卑猥な音が耳からも高木を犯し、今までにない興奮とそこからくる恐怖に高木は泣き叫んだ。
「もうだめ・・・っ苦し、やだ、もっと・・・ゆっくり、」
「僕はこのほうが気持ちいいんで」
 汗の浮いた顔で可愛らしく笑い、出したことで高木の腹をひたひたと叩いているものを持ち上げた。ひっと高木が怯えるのも無視し、親指で袋をたゆませる。
「まだ、出そうですね。僕がイクまで何回出せるか、試してみましょうか」
「な、何言っ・・・ひぃっい、もういやだ・・・っ」
 更に体を折られ、深く抉ろうと密着させられる。途切れない快感に、高木はすっかり子供のようになって泣きじゃくった。その顔を見ながら、十倉がうっとりと微笑む。
「知らなかったなぁ・・・恭臣さんが、こんなに泣き虫だったなんて」
 指先に涙を乗せると、それを見せ付けるように舐めた。ぞくぞくと、恐怖としか思えない痺れが高木を襲う。
 何が起こっているのかよく分からない。素直で仕事のできる、しかしどこか抜けていた後輩はどこへ行ってしまったのか。自分を責める男は全然知らない表情をして、それでも高木の心を高ぶらせた。
 もう、夢でもなんでも構わない。好きな男の顔をした体に抱かれている事実だけが、今の高木にとっての全てだった。
 何度目かの射精で沈むように意識を失うまで、高木は涙や涎でぐちゃぐちゃになりながら、その熱を一身に引き受けた。


 誰か分かるように説明して欲しい。
 湯を張っていない湯船でシャワーを被りながら、高木は呆然と膝の上に乗せた手を見つめていた。その手首には、痛々しい鬱血の痕が残っている。
 さっき漸く外してもらったとき、力を入れすぎた所為か暫くは痺れていて動かせなかった。同じような現象が、腰にも起こっている。
 十倉があんなにサディストだとは思わなかった。今思い返しても、背筋が凍る。初めてだと言う割に慣れた腰使いをしてみせたし、体力もある。末恐ろしい限りだ、と嘯いた。
 しかし、無茶苦茶されたおかげで大した未練もなく諦められそうだ。優しく扱われたりしたら、決心が鈍ってしまう。
 先に出た十倉はもう帰っただろうか。急げば、終電にも間に合うだろう。
 一人残される寂しさを想像して覚悟まで決めていたのに、十倉はそこにいた。ペットボトルの水を飲みながら、またビデオを見ている。
 いないと思い込んでいたので、高木は慌てて目を擦った。また泣いているとは、思われたくなかった。
「とく、」
「あ、遅いですよ。訊きたいことがあったのに」
 プツンと電源を消し、ソファから飛び降りた。スラックスしか穿いていない半裸の姿は高木には刺激が強すぎて、髪から滴る水を気にする素振りで俯いた。
 そんな高木の正面に近寄り、十倉が何かを視界に差し入れた。その白いものの正体に驚き、顔を上げる。
「これ、なんですか?」
 きめ細かい肌への誘惑も、一瞬で吹き飛んだ。取り替えそうと伸ばした手が、避けられて空を掴む。
「そんなに慌てるってことは、これも本気なんですね?」
 顔を背けた高木の前に回り込み、十倉がくすくすと笑う。
「何この世の終わりみたいな顔してんですか。僕にバレたら困るようなものでしたか?」
「ちが・・・」
 ぱたぱたと絨毯にまた涙が落ちた。唇も足も震えて、もう立っていられない。しゃがみ込んで、額を床に付けるほど下げた。
「本当に、ごめん・・・辞めて済むようなこととは思ってないけど・・・もう、無理なん・・・ぁ」
 一緒にはいられない。そう込めて言った言葉は、下に入り込んだ手に顎を掴まれて途切れた。持ち上げられ、年甲斐もなく泣いている顔を笑われる。その顔の目の前で辞表をひらひらされ、高木は胸を痛めた。
「これだけ、覚悟してたってことでしょう? それを貴方は、ごめんの一言で終わらせてしまうんですか?」
「う・・・」
 やっぱり、やめておけばよかった。十倉に軽蔑されるくらいなら、押し隠したままさっさと辞めてしまえばよかったのに。
 ぐすぐすと謝罪の言葉を繰り返す高木の頬に、細い指が触れた。殴られる、と身構えた高木の、しかし予想していた衝撃は訪れず。涙を拭うような仕草に、不可解だという顔を返した。
 それを見て、十倉がさもおかしそうに噴出す。
「違いますよ、謝って欲しいわけじゃない。・・・全く、頭いいくせに馬鹿なんですね」
 ごしごしと慣れない手付きで涙を伸ばしていきながら、十倉は真っ直ぐに視線を重ねてきた。
「順番がおかしいって話です。普通、こういうときは一番最初に何か言うべきなんじゃないんですか?」
「だから、ごめ・・・」
 また謝ろうとする唇に指を当て、十倉は首を振った。
「人を好きになったんなら、まずはそれを伝えなくちゃ」
 十倉の物言いに、高木は目を丸くした。それをにっこりと見て、十倉の黒い目がくるりと輝く。
「きちんと順を追いましょう。はい、告白して?」






終。
08.1101