第八話 『花嫁の日常』 「おれが、おまえをまもる。だからぜったい、18までにかえってこいよな」 幼い口調で、そいつは言った。紫色の瞳を、キラキラさせて。 なんで忘れてたんだろう、なんて感傷的になる必要はない。だって俺は、元々覚える気なんてなかったんだから。ガキの言うことをまともに聞いてやるほど、あのときの俺に余裕なんてない。 こんな村、さっさと出て行きたかった。畑や山ばかりで、住んでいる人に面白みは全くない。時間の流れにそのまま乗り、諾々と日々を生きているだけだ。こんなところに死ぬまでいるなんて、耐えられなかった。 俺の楽しみはお菓子を食べることだけだった。スナックでも、お袋が時々作ってくれた簡素なケーキでも、なんでも。 作り出したのはいつからだっただろうか。もっと美味しいものを食べたくて、食べてもらいたくて。 勉強して都会の高校に受かったときは嬉しかった。これでもっと、美味しいものが作れるって。奇麗な世界が、広がっている気がして。 千早さんに会ってからは、最高だった。この人についていけば俺の手はもっと動くようになる。あんなダラダラした生活ではない、充実した生活が送れるようになるんだ。 まあ結局はこの村に戻ってきて、しかもダラダラした生活を送るようになってしまったんだけれども。 抱きついているラズの黒髪を眺め、俺は自嘲の溜め息を吐いた。ん、とラズが漸く顔を上げる。 「落ち着いたか? これ、取って」 目の縁が少しだけ赤い。眉根を寄せて布の結びを解きながら、そこからぽたりと涙が一粒落ちた。 「何、泣いてんだよ」 からかうと、ラズは頬を膨らませはしたが拭うことはしなかった。ぽたぽたと零し続ける様に薄く笑い、解放された手で撫でてやる。 もう片方も外され、指を組んで固まった筋肉を動かした。そうしてから両手を広げると、ラズは体をぶつけるみたいにその中へ収まった。その背中をあやすように叩き、俺も安堵の溜め息を吐いた。 「・・・気にしてんのか? 約束を、守れなかったこと」 薄く笑いながら言うと、驚いたように顔を上げる。 「思い、出したの?」 「ああ」 頷くと、ラズは一瞬だけ喜んだがすぐに暗い表情に変わった。体を離して、ごめんと呟く。 「なんで謝るんだ?」 「ディアに、聞いたんだろ? 俺が、自分の権力を利用したって」 「でもそれは、俺が帰ってこなかったからだろ? お前が俺のことを想ってしたことじゃないのか?」 額を合わせると、ラズは小さく頷いた。 「・・・ガキのとき、少し遠出して迷ったんだ。そこでリューに会って、すぐ、気付いた。甘い匂いが、ほんのり香って」 ラズは俺の格好が裸なことを思い出し、毛布を引き上げると自らも一緒に潜り込んだ。しかしいつものようにへばり付きはしなかった。少し離れたところで俺を見つめ、頬に手を伸ばす。 「父さんに、そういう人間がいることは前から聞いてたし・・・18になったら危ないってのも、知ってた。本能的に欲しいとも、思った。でも、」 「でも?」 「リューの目を見ていたら、そんなの忘れてた。外に出てしたいことについて、嬉しそうに語って・・・」 そんなこと、言ったのか。多分だが、うるさいガキを黙らせるために難しいことばかりを言っていたんじゃないだろうか。あのときの俺の性格を考えれば、予想がつく。 それがラズにはどう映っていたのか。真剣な顔で、俺を見つめてくる。 「全身が震えた。リューを欲しいって、本気で思った。これは、匂いに釣られたからなんかじゃない」 信じてもらえるかは分からないけど、とラズは眉を顰めた。その眉間に指をあて、ぐりぐりと押してみる。 「それで? お前は俺のこと、好きなの嫌いなの?」 「・・・好き」 「よし、よく言った。俺はそれが聞きたかったんだっての」 両手を伸ばし、頭を抱え込んだ。髪を掻き回すと、その額に唇を当てた。次に瞼に当て、頬にもする。 顔中にしていたら、流石に恥ずかしくなったのかラズは首を振って払おうとした。それをからかって更にしたら、とうとう怒られた。可愛い奴。 「っんだよ! 俺は、リューが18になってからの7年間、ずっと心配してたのに!」 「それなんだよなぁ」 頭を抱えたまま、天井を見る。 「イーリ様の結界を出たら、俺を守護するものはなくなるんだろ? それがなんで・・・」 独り言のようになってしまったが、ラズは腕から抜け出すと枕の下に手を入れた。そこから出された馴染みのポチ袋に、首を傾げる。 「俺が気に喰わないって言った理由、話してなかったろ。・・・これには、強力な護符効果の呪がかけられている」 「は?」 「俺が思うに、リューの師匠ってのは優秀なエクソシストだったんだと思う。だからその人は、リューにこれをあげた」 「な、に言って・・・大体千早さんとは、俺が高校卒業して偶然入った店で知り合ったんだぜ?」 もう18になってた。それでも無事でいたことには、説明が付けられないじゃないか。 俺の疑問はラズも考えていたらしく、それについては仮定だけどと前置きをして説明してくれた。 「悪魔は基本人間界に興味ないからね。運よく、見つけられなかったんじゃないかな」 うわ。なんて楽観的な。まあ、だから助かったんだけれども。 つーか千早さんは褒美と称してこれを俺にくれたのか。俺を、護るために。なんだか嬉しくなっていたら、ラズは苛々した溜め息を吐いて俺から袋を取り返した。枕の下に戻し、そっぽを向く。 「ははーん。お前、怒ってたというより、拗ねてるな? 俺を護るなんて言ったのに、千早さんにそれを取られて」 「悪いか!」 「悪いなんて言ってないだろうが」 背を向けているラズに後ろから抱き付き、その首に鼻を埋めた。 「いいじゃん。俺は無事で戻ってきたんだし。今日はお前に助けてもらえたし」 服の隙間から手を入れ、俺とくっ付いている所為か少しばかり熱いものに触れる。揉むと、ラズは小さく呻いた。 「しようぜ。あいつに触られた所為で、中途半端に高ぶってんだよね」 しごき上げると、それはすぐに硬くなった。しかしラズはそれを嫌がるように俺の手を掴み、首を振る。 「どうした? したくない?」 それは強く否定し、しかしこちらを見ようともしない。少しムっとして責める手を強めると、ラズは小さく震えながら掠れた声で抗議した。 「だって俺、止められない! ディアに触れられてんの見たとき、血が、昇って・・・っ」 首の後ろに咬み付いて黙らせた。玉を揉みながらしごき、滲み出た先走りを伸ばしていく。何度も手の平でひくつき、ラズの息が上がっていくのが面白い。やっぱり俺も、男なんでね。 「あぅ・・・っリュー! リュ・・・!」 一際大きく膨らみ、それを認めて強く搾るようにしごいた。泣くように俺を呼び、ラズが果てる。びゅるびゅるとたくさん吐いたものを全て手の平で受け止め、喘鳴を吐き続けるラズの肩に顎を乗せた。 「止めなくていいよ。感じたのは本当だし、お仕置きなら、甘んじて受けるよ」 驚いたようにラズの体は跳ね、ぐるりとこちらに向けられた顔を見ながら挑発するように指に付いたものを舐め上げた。それを見てラズの喉が上下することに笑い、布団を剥いだ。残ったものを胸になすり、笑う。 「俺はお前らにとってのご馳走なんだろ? ん? 喰わなくていいのか?」 いつもは単純馬鹿のくせに、悩むと長いからな。いい加減焦れてキスしてやろうとしたら、肩を掴まれてシーツに縫い付けられた。隙を突いた動きに驚いて固まっているうちに両手を頭の上でひとまとめにされ、さっき解いたばかりの布で縛られた。 「へ? ラズ?」 あれ、と思う間に残った布をベッドに固定され、完全に動かせなくなった。そうしてからラズは漸くにやりとし、俺の唇を塞ぎにかかる。 「っちょ、待てよ! これ、なんのマ、」 「お仕置きして欲しいんでしょ? だから、してあげる」 にいぃっと笑われ、俺はまた失敗したと思った。こいつは、時々変なスイッチが入る。今までにも何回かあったが、こうなると満足するまで離してはくれなくなる。 その予感に、体の最奥が震えた。恐怖じゃなく、悦びでだ。 馬鹿みたいに優しく慎重なセックスも悪くないが、悪魔の本能のまま犯されるように無茶苦茶されるセックスも、結構興奮すると知ってしまったからだ。 「ひぅっん、あふっ、あん、も、出る・・・っ」 びゅるっと音がしそうな勢いで精液が飛び、腰を高く上げられている所為で皺の寄る腹に当たって顔まで跳ねた。その腹にはもう既に二発分の精液が溜まっており、さっきから俺のちんこがびたびたと叩いては卑猥な音を上げている。 ラズが掻き回しているケツからも、白いものが泡を作りながらぷちゅぷちゅと漏れ出していた。ラズが吐いたものと、ラズが口にふくんで流し込んだ俺のものだ。 散々舐められて緩くなっていたそこは、そのおかげで更にゼリーのようになってしまった。随分激しく突かれているというのに、きついとは感じない。どころか、ぐずぐずになった粘膜は悦ぶばかりで、俺は自らも腰を振って求め続けた。 「っん、リュー、きれい。自分の精液顔に受けて、嬉しいんでしょ?」 「あああっ! だめ、触ん、なぁ・・・っ」 揺するように袋を揉まれて、また少し吐き出した。ラズが笑い、ぐっと顔を近づけてくる。 胸から鎖骨、首にまで到達するかという白濁を掬い、だらしなく開いた俺の口に流し込んだ。そのまま二本も指を入れ、ぐちゅぐちゅと舌の上で掻き混ぜる。苦しくなって必死で喉に押し込むそれは、生臭さと一緒に妙な甘みをも含んでいた。 「っは、はぁ・・・ラ、ズ・・・」 「ん?」 糸を引いて出て行く指が、また胸の精液に触れた。伸ばされるそれは、そんなことあるわけないのに酷く美味しそうなものに感じられる。また舌の上に乗せたくなる、まるで麻薬だ。 「もっと・・・突け。俺が、おかしくなるくらい。俺が・・・お前のちんこ以外じゃ、感じなくなるくらい」 腰を押し付けながら言うと、ラズは喉を鳴らした。そして目を閉じ、くつりと笑う。 「ほんっと、タチ悪い・・・」 「なんだ、我慢したのか。つまんねぇの」 からかうと、ラズは顔を赤くして腰を使い始めた。また、俺ばかり追い詰められていく。 「はん、あ、そこ・・・いいっ」 「ここ? またイク? イっちゃう?」 回数を重ねるごとに、俺の体はラズの形に馴染んでいき、ラズは耐久力がついていった。セックス中の余裕が、俺にはどんどんなくなっていく。 「っああ、ラズ! ラズ、ラズ・・・ぅ・・・!」 壊れそうなほど軋むベッドと、もう痛くて痺れる手首。でも俺の頭の中は、もっとわやくちゃだ。 内臓がおかしくなるんじゃないかってほど揺すぶられ、ラズが二回目の射精を俺の中にしたとき。それが全身に広がっていくような錯覚に見舞われながら、そのまま滑るように眠りの中へと落ちていった。 「・・・っん、んぬーっ」 随分深く寝ていた気がする。そう思って伸びながら見た窓は、案の定カーテン越しでも分かるくらいの陽光を浴びていた。俺はカーテンを上げようとしてベッドを降り、すぐにその場にしゃがみ込んだ。 「あの、馬鹿」 ドロドロと内股を垂れる熱い感触に眉を寄せる。 ゴムを付けたり外で出したりする脳のないラズは、後処理のほうも忘れることが多い。 腹を壊すこともあるんだからと何度怒っても、三回に一度くらいしかしてくれない。起きていれば自分でできるのだが、如何せんラズに付き合っていると意識が飛びがちだ。25の男に、17の若い精力は持て余す。 怒りに任せて首でも絞めてやろうかと思ったが、ベッドにはラズがいた名残しかない。またイーリ様に呼ばれたのだろう。俺が起こさないのにいないってことは、それしか考えられない。 「ったく、仕方ねぇな」 ベッド脇に座ったままシーツを剥ぎ、適当に丸めてケツに当てる。力を抜けばずろずろと内を滑りながら流れ出る感触に、ぶるりと震えた。 俺の体内で温められたそれは、外気に触れると一層甘い匂いを漂わせる。これが、一人で処理したくないもう一つの理由だ。 「っ、はぁ・・・ん」 出されたものの匂いにまで感じる浅ましい体。以前では考えられなかった反応に、当惑しながらも変な満ち足りたものを感じる。 今まで何とも繋がっていなかった自分が、確かにラズと繋がっていた証。 とはいえ、出すたびにエロい気分になるのはなんともいたたまれない。ラズの絶倫を非難しようにも、こんな体では説得力がない。結局は半分以上、俺が求めているんだ。 掻き出して、指に付いた精液を戯れに口にふくんだとき。窓の外に知った気配を感じた。本当に、最近感覚が冴えている。 下だけ履いてカーテンを上げると、その向こうにあった青い目が驚いたように丸まった。それを無理やり引き入れて、正面に構える。 「・・・いいのか? また何かするかもよ」 「そのつもりなら俺はもう倒れてんじゃないのか?」 自分と同じくらいの高さにある目を見つめ、嘲笑する。ディアは眉を下げて、自分から目を逸らし苦笑した。 「あんたって、やっぱり変わってる。ただの人間じゃないって感じ」 「ただの人間じゃないんだろ? 魔界の王子様が無理やり奪いたくなるほど」 乾いた笑いで返すと、ディアは少し下がりながら降参するように諸手を挙げた。苦しそうに、声を吐き出す。 「敵意を剥き出しにするのはやめてくれ。あんたに冷たくされるのは、結構応える」 「はあ?」 「あんたの匂いだけで、大抵の悪魔はあんたに擬似恋愛感情を抱く。・・・少しでも好きな奴に冷たくされるのは、あんただって嫌だろ?」 「そうは言われてもな・・・」 されたことを思えば、敵意を向けるなというほうが難しい。溜め息を一つ吐いて、やれやれと顔を背けた。その視線の端で、ディアが俯いた。 「・・・謝りに、来たんだ」 「昨日の兄さんに言われて?」 「ヴィ、ヴィーは関係ない! わる、悪いと思ったから来たんだ!」 焦るような言い方に少し驚いて、つい視線を戻した。端正な顔が、赤く染まっている。 もしかして、と思う前に強い風が吹いた。その風が俺の前髪を巻き上げ、一瞬目を閉じた隙に美しい黒髪が俺の前に立ち塞がる。とはいえ、俺がその背に隠されることはまずない。 「何しに来た!」 獣だったら全身の毛が立っていただろう。怒りのオーラに、ディアも少し怯んでいた。 「今日はお目付け役もいないみたいだからな! 何されても、」 「おちつけ、ラズ」 手の平で下に押すように叩くと、その体をどかしてディアに手を差し出した。ラズが信じられないという顔をしていたが、無視して握手を促す。 「謝りに来たんだろ? これで仲直り、いいか?」 ぱっと顔をほころばせて、ディアはその手を握った。直後にラズがそれを手刀で切り離し、痛いほど服で擦られた。 「何してんだ、お前」 「こっちの台詞だ! リュー、なんで許しちゃうんだよ!」 「まあ結局は何もなかったし。それに、ラズの友達とは俺も仲良くしたいし」 「友達なんかじゃないって言ってるだろ!」 「ディアも仲良くしてやってくれよな」 「リュー!」 ラズを無視してディアに笑いかけたら、漸くその硬い表情が緩んだ。しかしラズに睨み付けられ、慌てて元に戻す。それをじっと睨んだのち、ラズはその背中を押して窓の外に追いやってしまった。バルコニーに出し、指を突き立てる。 「ケーキは一切れしかやらないからな!」 バン! と閉め、カーテンまで降ろす。 それを見て、俺は溜め息を吐きながらその体を横にずらした。カーテンを再び上げ、窓を開ける。 「ヴィエストに、よろしく」 にっこり笑って言うと、ディアは真っ赤になって目を背けた。そのすぐ後に黒いもやだけを残し、消える。くすくすと、思わず笑いが漏れる。 「・・・何笑ってんだよ」 声に振り向いて、別に、と答える。 「ラズはほんとガキだと思ってな」 言うと、ラズは頬を膨らませて俺を睨んだ。そんな顔をしても、可愛いだけだぞ。 拗ねて尖ったその唇に軽いキスをして、風呂に誘う。何をしてやれば、機嫌が治るかな。楽しい予感に、頬が緩むのを抑えられなかった。 第一幕:終。 |