第六話 『花嫁の決断』 最初に見えたのは、奇麗な紫色だった。次に見えたのは、鮮やか過ぎて逆に毒々しくもある赤色。それがラズの目に映った自分の色だと気付くまで、暫くかかった。 「あ、れ・・・ラズ? おま、動くのか? ・・・あいつらは」 訊くと、その紫だか赤だか分からない目からぼたぼたと涙が落ちてきた。それを拭うこともせず、ラズが怒鳴る。 「リュ、お前・・・撃たれてんだぞ! 分かってんのかよ!」 「あ、そうだ・・・け?」 言われてみれば、腹の辺りが馬鹿みたいに熱い。それなのに全然痛くないから、相当ヤバいんだと思う。 「さす、がに。これは舌じゃ、治らない、か」 冗談のつもりで言ったのだが、ぐじゅ、とラズが鼻をすするからその通りなんだろう。ふぅと息を吐き、昇りかけている月を眺める。 なんとなく思い出してきた。銃声とほぼ同時に腹に衝撃があって、背中に庇ったラズがよく分からない叫び声を上げて。紫の光が広がったかと思うと、凛も男たちも倒れたんだ。そして、少し遅れて俺も。 「これ、死ぬよなぁ・・・」 「ば、馬鹿言うな! 今グウが父さんと母さんを呼んでくるから・・・」 ぎゅう、と頭を抱えられる。 「俺の前で死ぬなんて、許さない・・・!」 許さないって、お前。こんなところでも暴君なんだな。 でもこれは無理だろう。自分のことだからよく分かる。背中がぐしょぐしょなのって、草の夜露でもなければ俺の汗でもないんだろ。手足の感覚だってもう怪しいし、視界もだんだん霞んできた。 お前もこれで新しく可愛い嫁さん見つける気になるだろ。そう言いかけた俺の真上で、ラズが突然自分の手首を咬み切った。 「ラ・・・っ? お前、何して・・・」 バタバタっと顔に雫が落ちる。その血が溢れる傷口を俺の口元に寄せ、ラズが呻くように言った。 「飲んで。飲めば、代謝が変わる。そうすれば、俺と父さんで治せるから・・・」 「治せ、」 「でも、リューの時間を止めることになる。人から外れたものになるから、年も取らない」 ああ、榊先生が昔と変わってないのはそのためか。思いながらラズを見ると、その通りだと言うように頷いた。 「リューが俺のものになるまでは、したくなかった。こうしたら、もうリューは他の人と同じ時間を生きられない・・・」 それはつまり、リューやそれ以外の時を永遠に生きるものと一緒になるしかないってことか。もしくは、一生一人で生きるか。 「恨んでいいよ。そんなことより、リューがここからいなくなるほうが、俺は嫌だ・・・っ」 悲鳴のように言うと、ラズはその傷口を唇に押し付けた。生温かいものが口腔に溢れ、舌の上に溜まっていく。 錆臭い。しかし、不思議と気持ち悪くはなかった。まるで乾ききった体に水を取り入れるように、俺はそれを飲み下した。 三日間、俺は寝込んでいたという。 俺を助けるために力の殆どを使ったというラズは目覚めたときにはおらず、代わりに榊先生からことの次第を聞いた。 ラズが大量の力を放出して気絶させた凛たちは、イーリ様が記憶を弄ってから遠いところまで飛ばしたという。城のことも、凛に至っては俺との記憶もあやふやにさせたらしい。最悪病院送りかもね、と榊先生は恐ろしいことを笑顔で言いのけた。 あれを飲んだことで、俺の中にどんな変化があるのかは正直分からなかった。先生は中学校で教鞭を持てているし、そんなに生活は変わらないと思うのだが。 そう言うと、先生は少しだけ悲しそうな顔をした。これは、何年も経たなければ実感できないだろう、と。 「僕はイーリ様がいたからまだよかったけど。この状態で一人だったらと思うと、絶望する」 「じゃあ・・・やっぱ俺は、一つしか選択肢がないのか」 「嫌なの?」 榊先生の問いに、俺は苦笑いで誤魔化した。 「こういうのは本人に直接言いますよ。・・・ラズは?」 「顔、見せられないからって。それに瀬能くんも、まだ寝てなくちゃ」 ラズの血を摂取したところで、俺自身の血はまだ充分に作られていないのだという。確かに、起き上がるのはちょっと辛いかも。 毛布をかけて、額を撫でられる。今は外見的には同じくらいの年齢だけど、やっぱり先生は先生だ。結構、安心する。 「・・・お父さん、か」 「ん?」 「いや、なんでもないです」 思い込みの激しいラズのことだ。今頃すげー落ち込んだりしているのだろう。馬鹿な奴。もう少し、自惚れておけばいいのに。 久し振りにあの夢を見た。バス停で、あのガキと並んでいる夢だ。 「やくそく、して」 幼い声が耳に届く。俺は聞いているのかいないのか、そっぽを向いたままだ。 「一生、まもるから。リューのことを、おれがまもるから」 だからやくそくして。ぜったい、・・・るって。 声が遠い。違う、俺が遠ざかっている。 ガキの紫色の目だけが、やけに深く残った。 「ラズ・・・?」 ぱちりと目を開け、暗い天井を見上げた。 約束って、なんのことだろう。ぼんやりする頭で体を起こすと、部屋の隅に何かの気配を感じた。目が見えなくてもなんとなく分かる。 「いるんだろ? 来いよ」 暗闇をじっと見ると、その気配が微かに動いた。もう一度呼ぶと、漸くそれは少しずつ近付いてきた。 「ずっと、いただろ」 「・・・今、来たとこ」 「嘘つけ。先生がいたときから窓の外にいたの、知ってるぞ」 はったりではない。薄ぼんやりとだが、ラズがいるのが分かっていた。 ラズは否定も肯定もしなかったが、俯いたまま顔を上げようとはしなかった。それに手を伸ばすが、すっと避けられる。 「・・・ありがとうな、助けてくれて」 言葉に、ラズの体がきゅっと緊張した。それにくすりと笑うが、ラズは気付かない。 「なんか不死になったみたいだし、これで晴れて・・・」 「やめろよ!」 俯いたまま怒鳴った。驚く俺の前で、ラズが全身を震わせる。 「そうだよ、晴れて俺はお前を手に入れたんだ! 怒ってんだろ? お前、もう・・・普通の体じゃ、」 「うん。だからさ、お願いがあるんだけど」 ラズが怯えるように口を閉じた。馬鹿だなあ。お前、悪いほうにしか考えられないのか? 「俺と、結婚してください」 一瞬の沈黙のあと、ラズが驚いたように顔を上げた。その丸い目に、けらけらと笑う。 「ははは、驚いてる驚いてる。お前ネガティブすぎんだ・・・ってあれ? ちょっと待っ、ごめ、あっち向いて・・・」 なんか胸が苦しいっていうか熱いっていうか。心臓うるさすぎ。そういえば俺告白なんて初めてするんじゃん。つーか一足飛びでプロポーズだし。ああもう、こっち見んなって言ってんのに。 黙りこくっているラズの視線が痛くて毛布を被ってしまおうかと思ったら、そこで急にラズは動いた。両手で挟まれ、痛いほど抱き締められる。 「リュ、リュー」 また泣いてんのか、お前は。おかげで少し落ち着いてきた。背中をさすって宥めてやり、くすりと笑う。 「なあ、返事。返事は?」 「・・・ごめん」 「はあ?」 おい待てここまできて断る気かよ。 体を剥がそうとしたが、更に強く抱き締めてくる。 「だって、そんな体になったからだろ? 嫌がってたのに、俺がこんなことしたから・・・」 「・・・どこまでネガティブなんだよ、お前」 無理やり引き剥がして、その鼻を摘んでやる。わざと痛むよう弾いて、ぽかんとしている顔を両方から叩く。 「ベッドに上がれ」 「え?」 「いいから、俺を、跨いで上がれって言ってんの」 厳しく言うと、迷いながらもそれに従った。その体重が全てかかる前に体をずらし、膝立ちするラズの前を寛げた。 「え、えぇ? リュ、何す・・・」 「フェラすんだよ。少し黙ってろ」 爪を立て、一瞬動きが止まった隙にそれを口にふくんだ。変に柔らかいくせに、無駄にデカい。ちょっとムカつきながら、舌を動かした。 「リュ・・・リュー・・・っ」 戸惑いながらも、しっかり硬くしやがる。予想はしていたが、こうなると奥まで咥えるのは厳しいな。口を離して、代わりに左手を添えた。 「なんで、リュー、なんでっ」 「したくなったから。初めてだし、下手くそでも勘弁しろよな」 「へ、下手なんか・・・っ」 やば。舐めてるだけなのに、俺のほうが感じてきたかも。こっそり右手を下に入れると、案の定そこは既に熱を帯びていた。擦ると、もう出せそうだった。 「リュ、出ちゃう・・・出るから、離して・・・!」 「やらよ」 泣きそうな顔で訴えるラズの先端だけ唇で挟み、舌で尿道をくじりながら扱いた。自分のも同じようにして、滲み出る先走りを伸ばしていく。 「んぅ、っふ、んん!」 「リュー! リュ、だめぇ・・・っ」 握ったものの太さが増し、直後びたびたと喉に当たるものがあった。俺のも、ほぼ同時に爆発する。甘い疲弊に、腰が痺れた。 「ん、く・・・」 生臭いそれを、喉を上下させて飲み込んだ。そんなはずないのに、うっすらと甘みがあった。悪魔のだからか、それとも、ラズのだからなのか? ちゅるりと吸い上げ、奇麗にしてやろうと思ってまた舌を這わせた。しかし頭を抱えたラズに、無理やり引き抜かれる。 「何、何してんだよ!」 「俺が本気なの、分かってもらおうと思って。分かった?」 にやりと笑うと、ラズは顔を真っ赤にして体を震わせた。縮こまって、俺の胸を叩く。 「そんな、そんなの・・・ありえないだろ。リューが、俺と結婚してくれるなんて・・・」 「結構前から、俺はOKしてるつもりだったんだけどな」 震えてる頭を撫でてやり、背中をさする。 「お前可愛いし。この間だって、そう思ったから足開いたんだぜ」 「・・・俺のこと、好き?」 「だからそう言ってるだろ。分かったら・・・んぅっ」 キスされた。性急なそれはやっぱり拙かったけど、俺は笑いながら口を開いて舌を受け入れてやった。ぎこちないそれを絡めて、ちょっと咬んでやったりする。 「んん、んっ? ちょ、そこは・・・っ」 慌てて口を離して抗議したが、遅かった。下着に手を差し入れたラズが、目を丸くして俺を見る。気まずさに苦笑いすると、白く汚れた指を顔の前に持ってきた。 「自分で、したの?」 「・・・悪いか」 「うん、悪い」 そう言ってその指を舐めると、体を下にずらしてじっくり見ながら下着ごと服を脱がせていく。薄暗い闇の中で、その白さは目立つ。下着に閉じ込められて温まったそれをとっくりと眺め、ラズは舌を伸ばした。 「勿体無い、だろ」 猫の子のように丁寧に舐め取り、毛に散ったものまで吸おうとしたときには、もうすっかり張り詰めていた。しかしラズはそれ以上刺激を与えてはくれず、もどかしさに腰が動く。 そんな俺の状態を知っていながら、ラズはやけにのんびりと服を脱がしていくだけだ。 「ラズ、ラズ、早く・・・」 「まだイカせない。体力落ちてんだから、また気絶されたら困る」 だったら今日はやめないか。そんな言葉も無視し、全て脱がすと今度は自分の服も脱いだ。すっきりと締まった、しかしまだ幼い部分も感じさせる体が、月明かりに晒される。 「今日は、ちゃんと慣らしてあげる。だから手伝ってね」 言うなり太股を胸に付くほど折り曲げ、それを俺に持たせた。自分で広げる格好に顔が熱くなったが、我慢して広げておく。痛いのは、嫌だ。 俺の姿を楽しそうに眺めた後で、ラズは舌に唾液を溜めてべちゃりとそこに当てた。ぞくぞくっと背筋が振るえ、甘い予感に息が漏れた。 「気持ちいい?」 舌でぐりぐりと掘られ、膝の裏を抱えたまま頷いた。歯がかちかちと鳴り、力を入れた指が痙攣する。 「凄く、柔らかい。俺の舌も・・・指も」 「ひぁ!」 ずるっと長い指が潜り込み、その粘膜を擦られる感覚に高い声が漏れた。それに気を良くしたラズが、中の指と挟むように動かしながら親指で外の皺を伸ばした。びくびくと腰が揺れ、涎を垂らしてよがる。 「すっかり飲み込んで、ひくひくしてる」 「言う、な・・・っは、はぁん!」 ヤバい。指一本で、何もかも漏らしてしまいそう。一本、二本と指が増やされていくが、痛いとは少しも思えなくて。それどころか甘い痺れがどんどん湧いてきて、収縮させては自分から飲み込もうとしている。もっともっと、と腰が揺れる。 「いい声。ここ、好き?」 「っふ、ふぅ・・・っ」 がくがくと頷くと、ラズは紫の目を一層輝かせて喉を上下させた。この悪魔に、俺はどれだけ美味そうに見えているのか。 「もっと太いので、擦ってもいい?」 その問いに、俺は顔を背けてシーツに押し付けた。震える唇にくすりと笑い、ラズが指を引き抜く。 「恐い?」 指の代わりにあてられたものに、血が冷える。さっき咥えたおかげで、その大きさはいやにリアルだ。 「大丈夫だよ。悪魔とのセックスは、痛いなんて感じないから。ずっと、気持ちいいだけ」 そうは言われても、恐いものは恐い。緊張する俺に、ラズはくすくすと笑った。 「リューってば、大人の癖に俺なんかが恐いんだ?」 「ば・・・ってめえなんか恐くねぇよ! そのちんこが俺は・・・ぁっ」 みち、と先端が皺を広げた。今度は俺が、息を詰めることになる。 「同じだよ。俺が恐くないなら、これも平気」 「ふざ・・・けんな! てめ、ガキのくせ、にっ」 嘘だろ。あんな太いのに割かれていくってのに、あるのは苦しいまでの圧だけなんて。しかもその熱さが、指でされていたときの快感をどんどん増長させて。 ぱしぱしと目の前を白いものが散り、一際高い声が上がったかと思うと、俺はもう達していた。だらしなく精液を腹に落とし、力の抜けた手が膝から落ちる。 「リュー、大丈夫? まだ全部入ってないよ」 くすくすと笑われ、俺は口を尖らせた。 「手、こっち」 落ちた手を首に回されたので、俺は意趣返しのつもりでそれを引き寄せてキスしてやる。そのまま足でラズの腰を固定し、自分から飲み込んでいく。 「っん、んふ・・・」 ラズも力を入れ、ぱちんと肉が音を立てた。奥まで届くその熱さに、ぶるりと体が震えた。 「・・・っは、全部、入った・・・」 信じられないような声を漏らして、ラズがそこを覗いた。暫くそのまま見つめ、そして不意に涙を零す。 「何、泣いてんだよ」 「だって、嬉しくて。もう、俺のなんでしょ?」 ワガママで、意地っ張りで。我を通したがる性格の癖に、こいつの中心はどこまでも俺なのか。なんだか得意な気分で、笑いかける。 「そうだな。俺のバージン奪ったんだから、それなりの責任は負ってくれよ」 「え?」 結合部を揺するようにして擦り付け、それで眉を寄せる顔に変な高揚感が湧く。 「しっかり幸せにしろって、言ってんだ」 じゃなきゃ抜いてやる。言うと、ラズは慌てて体重をかけてきた。馬鹿、苦しい。 「する、絶対する。悪魔の契約は、絶対だもん」 「あ、そ。それは心強い」 言って、その黒い髪をつんと引く。 「じゃあ、まずはよくしてくれよな。俺が溺れて、お前だけでいいやって思えるくらい。お前でいっぱいにして」 不敵に笑いながら言うと、ラズは小さく声を上げて肩を震わせた。同時に奥の壁を熱いものが濡らし、出したのだと分かる。 「・・・お前」 「リューが、悪い」 顔を赤くして、恨めしそうな目をする。 「そんな可愛い顔、反則だ」 だから、可愛いのはお前だっての。美的センス疑うぜ。 黒い髪を撫で付けて、すりよりながら目を閉じる。 「それじゃあもう一回。今度は一緒に、な?」 ラズの目が妖しく光った。あれ、ちょっと待て。なんか、水を得た魚みたいな顔してないか。 ひやりと背筋を震わせた俺の予感通り、この後のラズはまるで野獣だった。止めようにも声は届かず、ラズの衝動に任せて俺の体は前後するだけだ。 最後は確かに一緒にイクことができた。ただ、ラズが二回目なのに対し俺はもう何度目かさっぱり分からない状況で。 正直言うと、そのときのことすら俺はきちんと覚えていなかった。 続。 |